第24話 辺境の貴族領
キールは王立書庫で、『王国貴族名鑑』を開いていた。
まったく、この書庫は本当に便利だ。王国中の情報がここに集約されていると言っても過言ではない。
ただし、自分が必要な情報を手に入れるためには、書庫の扱いに熟練していなければならない。
この王立書庫には司書が数人配置され書籍の管理にあたっているが、彼らですらここにあるすべての書籍を網羅しているわけではない。書庫には書籍在庫一覧があるにはあるが、残念ながらすべての書籍が登録されているわけではない。抜けているのだ。
あまりにも数が膨大であるうえ、設立からすでに数百年たっているともいわれているこの書庫には、知られざる書籍がまだまだ山のように眠っている。
記憶の中の男、ヒルバリオ・ウィンガードはキールの前々世だと言っていたが、エドワーズと面識があったというから、それほど古い記録ではないだろう。
『貴族名鑑』を開き、ウィンガード家を探してみる。
それは程なく見つかった。
ウィンガード家――メストリル王国北方のケルヒ領管轄、爵位は男爵。クルシュ歴324年12月、当主キリアス・ウィンガードは魔物の侵攻を防げず敗北、死亡。同時に、後継者ホード・ウィンガード、その子、アリエス・ウィンガードも死亡。キリアス・ウィンガードの次男ヒルバリオ・ウィンガードは行方不明となる。これにより、ウィンガード家は存続不能とみなされ、爵位は返上。家名は断絶。
(本当にあった……)
クルシュ歴324年と言えば、今から42年前ということになる。現在はクルシュ歴366年だ。
キールはさすがに長く息をつく。
あの男の言ったことがある意味間違いないと証明されたことになる。
ヒルバリオの話は何度か夢の中でも見ていた。さすがにただの夢だと思いたかったが、ヒルバリオの声のことやエドワーズの執拗な追跡などから察するに、ただの夢と片付けられなくはなっていたのは事実だ。
初め、夢は断片的で意味を成すようには思えなかったが、よくよく思いだしてみると妙に生々しい鮮明さを持っていた。
黒いどろどろとしたものに飲み込まれてゆく夢では、誰かに向かって大声で叫んでいた。
華やかで煌びやかな小さいながらも裕福な暮らしを思わせる屋敷。
かわいい男の子と庭でかくれんぼをしている様子。
夜中に響き渡る怒号や悲鳴、なにものかのうめき声。
さびれた酒場で周りの人に声をかけるが相手にされない中、一人の男と出会い、次の瞬間にはどこかの森で野宿している様子。
魔法の詠唱をして隠し扉を開くとそこはまばゆいばかりの財宝が並べられている部屋だった。
どれも、まるで本当に体験しているかのような感触やにおいを伴っていた。
(やっぱり、ただの夢ではなかったということか。記憶の奥底に眠る前々世の魂の記憶が夢に現れていたのか?)
「ケルヒ領――、魔物――」
次はそれについて調べることにする。魔物との争いの記録は『王国魔物出現討伐記録』にあるはずだ。
(324年――ケルヒ領……)
ケルヒ領解放戦――クルシュ歴325年。前年12月に魔物の侵攻によってケルヒ領領主、キリアス・ウィンガード男爵が死亡してより1か月後の1月に、王国兵団および魔術師部隊を投入、元領主屋敷を占拠しねぐらとしていた魔物の一団を掃討し、ケルヒ領の開放に成功。そののちケルヒ領はこの掃討戦で功のあった、メストレー男爵家に管轄を移す。メストレー家は領地内に新屋敷を建築しこの任にあたることとなる。
(つまり、旧屋敷はそのまま放置されているという事か?)
キールはヒルバリオの話と夢の断片をつなぎ合わせながら思案してみた。
ヒルバリオはウィンガード家の次男で、家督は兄が継ぐ予定だった。兄には幼い子供がいたようだ。つまり甥だな。突如魔物に侵攻され父と兄と甥は死亡したのだろう。ヒルバリオはおそらく辛くも逃げ延びた。しかし、落ち着いたころにはすでに魔物討伐隊が派遣され、領地はメストレー男爵家に移ってしまった。もう領地を取り返すことは難しいと言わざるを得ない。せめて屋敷にある財宝だけでも回収しようと画策したヒルバリオはエドワーズ、つまりリカルドと出会い二人で財宝の一部でも持ち帰ろうと試みたのだ。しかしそこで潜んでいた魔物に襲われ、リカルドはヒルバリオを見捨てて生き延びたというところだろう。
(また俺に出会えるかもな――)
とヒルバリオは言った。
つまりは彼はまだそこにいるという事なのだろう。変わり果てた姿で。
これでおおよその話は繋がった。エドワーズがキールを狙ったのはおそらくこの記憶の断片をキールの中に見て取り、危機を感じたためだったのだろうと推測できる。
そこまで考えをまとめ、『討伐記録』を閉じた時、個室の扉がノックされる音が響いた。ミリアだろう。
キールは「どうぞ」と声をかけ、扉を開けるのを許可した。
かちゃりと音がして、ミリアが姿を見せる。
いつもなら、元気な声で挨拶をして入ってくるところだが、今日は少し、いや、随分と様子が違う。
「キール、あなたの仕業なの――?」
開口一番ミリアはキールにそう切り出した。




