第23話 記憶の男ヒルバリオ・ウィンガード
キールは繁華街の騒ぎを見届けると、自分の下宿宿に戻っていた。
どうやら、あまりにもうまくいきすぎてしまった。さすがに足が着くことはないだろうし、自分の仕業だという証拠もない。しかしあまり後味のいいものではない。
自室の机に向かい、少し落ち着こうと紅茶をすすっている時だった。
不意にまたあの頭痛がキールを襲う。
「ぐぅっ……!」
『おいお前、よくやったな。あいつ、リカルドを始末してくれたんだな――』
「僕は……、僕がやったんじゃない!」
『それは無理な言い訳ってもんだ。だが、別に悔やむことはないし、気に病む必要もない。あいつらはお前を殺そうとしてたんだからな』
「でも、死んでしまったのは事実だ……」
『ああ、そうだ。お前が殺したんだ。直接的ではないにしろ、お前の行動が招いた結果だ。それは受け止めるしかない――』
「くそっ。なんで僕が狙われなきゃならないんだ? お前のせいじゃないか!」
『ああ、だが俺はお前なんだよ。とは言ってももう俺はここにいる理由がなくなった。ここに留まる力が薄れ始めている』
「消えるのか?」
『そうだな相棒。少し寂しい気もするが、これも仕方ない。神には逆らえんからな――』
「神?」
『ああ、おまえも何回か会っている。その男にな』
「え? どういうことだ?」
『そうだな。俺の願いをかなえてくれたんだ、少しお礼をしてやろう。俺はお前の前々世の意識だ、おれはリカルドに殺されて、別の世界に転生した。その時に「膨大な魔法の素質」というものを選んだのさ。だが、転生先は魔法のない世界だった、そこではその素質は無意味だったのさ。だが、前世のお前もひょんな事故で死んだ。そしてまた転生したんだよ、たまたまこの世界にな』
「なんだって?」
『まあそういう事なんだからあまり深く考えるな。余計に頭が痛くなるぞ? で、その時にお前は「本の虫」という素質を選んだのさ。その素質のおかげで、今お前の目の前にある『真魔術式総覧』に出会ったというわけだ――』
「それで、僕にはその二つの素質が宿っているというのか?」
『そのとおりだ。まあせいぜいこの人生を楽しめよ? ああそうだ、お礼と言っては何だが、おまえが魔物と対峙しても負けないようになったら、俺の故郷を尋ねるといい、俺の記憶はお前の記憶のどこかに埋もれてしまっている。がんばって見つけてみるんだな。もしかしたら、俺にまた会えるかもしれないぜ? まだ財宝は残っているはずだ。俺にはもう必要のないものだから、お前にすべて譲ってやるよ。じゃあな相棒、結構楽しかったぜ――――?』
「おいお前の故郷って、どこなんだよ!?」
キールが問いかけたが、もうその声の気配は消えてしまった。
頭痛も収まった。
この男、たしか名前は……。
キールは自身の記憶の底を探るように意識を集中してみた。
――ヒルバリオ……、ヒルバリオ・ウィンガード――。
(それが僕の前々世――?)
――ウィンガード家……。貴族か?
いずれにしてもこのまま放っておくのは気分が悪い。こうなればその「神」とやらに会って話をきかなければ収まらないともいえる。
エドワーズが死んで、殺し屋も死んだ。なのになぜだかすっきりしない。むしろ、より深い闇に引きずり込まれたのではないかとさえ思う。
キールは目の前にある「総覧」に視線を向けた。
もしあいつ、ヒルバリオの言ったことがすべて真実だとすれば、僕がこの本に出会って、自分の素質に気付いたことも納得できる。そして、ミリアよりも素質が高いというのもそうなのかもしれない。
しかし、殺し屋が単独であればよいのだが、もし集団であるなら、あんな魔法使いの殺し屋集団が存在するかもしれないということだ。それとリカルドは何らかのつながりがある。そして黒ずくめの男は「事故」で死んだ。リカルドの依頼を受けた直後にだ。
すっきりしない理由がはっきりした。
この先キールは、黒ずくめの仲間たちに狙われるかもしれない危険があるということだ、それが引っ掛かっていたのか――。
(こりゃあ、正真正銘本格的に魔法使いの道から抜けられなくなったようだ。それに、もしかしたらミリアにも危険が及ぶかもしれない――。今回の事件が魔法がらみだというのはすぐに判明する。そうなればおそらく王国魔術院が動くだろう。あの人が動くかもしれない、『氷結の魔術師』ニデリック・ヴァン・ヴュルスト――。さすがに今の僕が太刀打ちできる相手じゃない……)
さあて、どうするか――。
出来ることなら、何ごともなく王立大学だけは卒業したかったが、もしかするとそれももう長くはないかもしれない。
とにかくだ、まずはウィンガード家について調べるところからだな。それしか手掛かりはないのだから――。




