第20話 あの場所でふたたび
キールは本を閉じ、顔を上げた。結局、魔法関連の勉強は思うように進まない。さすがにもう少し身を入れてやらないと、その内ミリアに愛想をつかされかねないとも思う。
大学書庫の窓から見える空はすでに帳が降り始めている。そろそろ帰らないと。そう思ったキールは荷物をまとめ書庫の自習室をあとにした。
商店街はまだ立春祭で賑わっていたが、それも王都の門を出るまでの間だ。それを越えれば急に静寂に包まれる。日はもう既に落ちて、辺りは暗闇に包まれている。街道沿いにところどころに設置されている街燈に小さなろうそくの火がともされている程度だ。
下宿宿までの間にはぽつぽつと民家があり、その家々から洩れる灯りで真っ暗というわけではないので、手探りで歩かないといけないなんてことはないが、やはりこういう月の出るのが遅い日は、この時間帯はとくに暗く感じる。
しばらく進むとあの納屋のところに差し掛かった。毎度ここを通るたびにあの日のことが思い起こされるが、今となってはいい思い出だ。
と、その時だった。今夜もその納屋の後ろに何かを感じたキールは慌てて魔法感知を発動させた。すると相手もそれに気づいて姿を現した。
全身黒ずくめのそいつからは紛れもない魔法痕跡が見て取れた。
「ほう、やはりそうか――」
その男はキールに向かってそう言った。
得体のしれないそいつからはこれまでに感じたことのない圧力を感じる。なんというか、「射すくめられる」と言った方がいいか、そんな奇妙な緊張感だ。
「僕に何か用ですか――?」
キールは平静を装いそう問い返した。
「へへへ、いっぱしの口をききやがる。ここじゃあ、お前も手の内を存分に披露できないだろう。こっちにこい。俺はここでも構わないんだがな。そこは配慮してやろう――」
そう言って男は納屋の裏手に向かって歩き始めた。
よくよくここの納屋とは縁が深いものだ。こんなことならそのうち燃やしてしまった方がよいかもと本気でキールは考えながらも、その男に続いて納屋の裏手へすすんだ。
「やはり俺の睨んだとおりだった。お前、魔術師だな?」
「――」
「まあいい。故あってお前にはここで死んでもらう――短い人生だったな……」
そう言った瞬間、男は右手を前に突き出し、詠唱を開始した。
――「火炎」か。
そう即座に察したキールは「水成」を発動、双方の魔法はほぼ同時に発動し、互いの中間地点で衝突し相殺された。
「ほう、なかなかの反応速度だ、ならこれならどうだ!?」
次の詠唱は「土盛」。
おそらくこちらの足を絡めとって動きを封じるつもりだろう。
「土盛」は「岩石」+「物理移動」の複合術式である。つまり相手は錬成「2」以上の魔術師ということだ。
キールは素早く行動を開始した。相手の術式が発動する前に距離を詰め、速攻で魔法を発動する――通常魔法「火炎」だ。
黒ずくめは詠唱を止められず距離を縮められ、キールの発動させた「火炎」に対抗する魔法を打てなかった。慌てて身を転がして距離をとり、「火炎」の直撃を交わす。
その直後、もともとキールの居た場所に土が盛り上がる現象が起きた。やはり「土盛」だった。
「くっ、はえーじゃねえかよ?」
「もう止めませんか?」
キールは手を下げて男にそう言い放った。
「なんだと?」
「たぶん、あなたは僕に勝てないですよ?」
「――何をこの小僧が! なめるなぁ!」
男は「物理移動」を発動、ほぼ同時に「火炎」を使った。
瞬間移動のように男は高速でキールに接近し、至近距離で「火炎」をキールに放つ――。
「ははは! 終わりだ小僧!」
黒ずくめの男、ゲオは渾身の魔力を込めてキールの体に「火炎」を撃ち込んだ。
完全に手ごたえがあった――。
目の前でそのガキ、キール・ヴァイスは業火に包まれる――。
そいつは炎に包まれながら叫んでいた。そして泣きわめき命乞いをする。
しかしゲオは耳を貸さなかった。
やがて声も出せなくなったころには真っ黒な灰と化していた。
「へっ、俺様をなめるからこういうことになるんだ。もう遅いがな――」
そう言ってゲオは残りの報酬をもらうべく、王都の方へと歩み始めた。




