第17話 前世の記憶
キールは下宿宿に戻るなり、自身の書庫を漁った。確かあったはずだ、どこだったか――?
たしか――、黒っぽい装丁だったような……。
どれだ……? どれだ――。
「これか! 『多重思考概念理論』! たしかここに――」
あった――。
「多重思考の可能性と前世の記憶の相関に関する考察――」
“ごく稀にではあるが、人は前世の記憶をその記憶の一部として秘めて生まれてくることがあると言われている。大抵の場合、それは夢の中に現れることが多く、また、ごく稀に既視感という形でも現れる。その程度であれば、実生活に特に支障をきたすものでもなく、誰にでもあることともいえるため気にする必要はないのだが、これがその記憶の中の人物が話しかけてきたり、場合によっては意識を奪われることもあるという――”
これに間違いない。あいつははっきりと僕に話しかけていた。しかも頭の中に声だけが響くような形でだ。幻覚作用だけで済めばいいが、精神まで乗っ取らっれるようなことになったら、僕は僕ではなくなるかもしれない。対策はないのか? もしくは追い出す方法は――?
“前世の記憶が非常に強烈な信号として残る場合の対処はなかなかに難しい。思念の強さが記憶の強さに比例するからだ。この場合、その記憶を魔法的処理によって消し去るか、もしくは、その思念の根を断つかしか方法はないものと考える”
「魔法的処理? 何のことだ?」
“ただし精神に影響を及ぼす魔法術式は高度魔法に位置し、現在世界に存在する魔術書にその処理法が書かれているものはなかった。偉大なる魔術師ボウンの書であればあるいは可能かもしれないが、その魔術書は世界に二つとないものであり、現在その在処は不明である”
「魔術師ボウンの書……、『真魔術式総覧』――?」
キールは「総覧」を取り出し、パラパラとページをめくる、どれだ? どれだ――!?
「ダメだ……、やっぱりまだ解読できない。この中にあるのだろう、でもどれがそれか見当がつかない――」
キールは「総覧」を閉じ、床に突っ伏した。
クソッ、この本によれば、目的を達すれば消えるかもしれないとあるが、まさかルイの父親を殺すなんてできない。いや、殺すことがどうというんじゃない、あんなやつなど、殺すほどの価値もないってことだ。そんな奴を殺して人殺しとして生きていくなどまっぴらだ。なんとかしなければ――。それに今日のやつを差し向けてきたってことは、ルイの父親が僕を殺しにかかってるって考えた方がいい。やられる前に何とか手を打たないといけない。
キールは思考をぐるぐると回転させるが、その答えはなかなか出なかった。
******
翌日、ミリアはいつもの通りキールを迎えにあの納屋のあたりまで来ていた。
ミリアはいつものように声を掛けようとして、その言葉を飲み込んだ。明らかにキールの様子がおかしい。
「どうしたのキール? なんか、その、顔色が悪いわよ?」
ミリアがさすがに気にかけて問う。
「あ、ああ。おはよう。大丈夫だよ、大丈夫さ――」
「全っ然、大丈夫じゃないでしょ!? 何があったの? それとも私のことが信用できない!?」
「ミリア、ありがとう。――わかった。放課後、話すよ。もう少し頭を整理したい――。ごめんね、心配かけて」
「いいえ、何を水臭いこと言ってんのよ? じゃあ放課後、ね?」
「ああ――」
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放課後、キールとミリアはいつもの大学書庫の個室にいた。
キールはおもむろに一冊の書籍を取り出して、向かいに座るミリアの方へ押しやる。
「これって……、あんたがたまに開いてる本でしょ? いつも読んでる姿しか見てなくて中身までは知らないけど、たしか、冒険小説の類だったわよね?」
ミリアは訝しげに本を手に取る。
「開けてみて。そして黙って閉じて――」
「え? なによ気味悪いわね。ただの小説――」
ミリアは開いた瞬間に、そこに書かれているのが小説でないことに即座に気が付いた。装丁と中身が全く別のものだ。
「――どういうこと? これ――」
「そのままさ、それもここで見つけたんだ。大学入ってすぐの頃にね。そのまま持ち歩けないから少し細工をしてたんだよ」
「ふぅ――。……で? 私は何をすればいいの?」
ミリアは本を閉じ、大きく息を吐いた。心を落ち着けてゆっくりとキールに問い返す。
彼女ももうこのくらいのことで驚いている場合ではない。相手はキールなのだ。これまでも散々驚かされてきた、ある程度のことまでは納得できる。
「これの解読を手伝ってほしいんだ。この中に僕が必要なものがある筈なんだ――」
「いったい何を探してるのよ?」
「記憶消去術式――」
「は? なにそれ? そんな術式、聞いたことないわよ?」
「ああ、おそらく人類史上「この人」しか知らないと思われる術式だ。伝説の魔術師ボウンしかね――」




