第16話 暴漢
キールはいつも通りミリアとの勉強会の後、帰宅する途中だった。下宿宿へ帰るには大学から王都の門を抜ける必要があり、その門の手前は商店街になっている。商店街にはあまりいい思い出がない。ここを通り過ぎて、門をくぐれば王都郊外だ。キールの下宿宿はそこから少し先にある。
少し足早に門へ向かってる途中だった。不意に路地から飛び出てきた影にキールは捕まれ担ぎ上げられた。
あまりにも不意のことだったため、なすすべもなく担がれたキールはじたばたと体を揺すってみるが埒があかない。しばらく担がれたままその男の肩に乗っていると、いきなり地面にたたきつけられた。
ぐはぁ――!
背中からまともに地面に投げ出されたキールは思わず悶絶した。
いったい何が起きている? 状況を把握しようと顔をあげた瞬間だった。その顔面に強烈な衝撃が襲う。――蹴られた!? とにかくこのままでは思うようにならない、蹴られた反動で後ろに回転しながら、距離をとる。そしてその反動で、素早く立ち上がると、身構える。
「くっ! 何をする!」
そう言いながらやっとのことで周囲の状況を把握する。正面には見たこともない男が立っていた。体は裕に190センチはあるだろうか。自分よりも10センチ以上背が高い。体は強靭に鍛えられているように見える。顔は……よくわからんがブ男だ。
「ほう、起き上がるかよ? 悪いな、にぃちゃん、仕事なんで、な!」
言うなり男は右手拳を突き出してくる。
キールはその拳を受け止めるような仕草で迎え撃つ。と同時に、その左掌の中に小さな炎を生成した、――通常魔法「火炎」。
バシィっとその拳を受けた次の瞬間だった。大男の右手拳に激痛が走る。
「がぁあぁぁあ! て、てめえ何しやがったァァァ!?」
大男が右手拳を抑えて叫ぶ。その拳の表面が焼けただれている。
「何しやがるは、こっちのセリフだ。誰に頼まれた? 言え!」
「いうかよおぉぉ!」
男はそこからさらに左拳を突き出す。寸でのところでかわしたが、そこへ男の右足から繰り出された蹴りがキールの横腹へめり込んだ。
「ぐあああ!」
キールはそのまま数メートル転がった。息が苦しい――。
「おぅらああ!」
男は唸り声をあげて、襲い掛かると、倒れているキールに馬乗りになる。
「へへへ、てこずらせやがって、捕まえたぜ、覚悟するんだな――」
「ふっ、この馬鹿が。離れていればよかったものを、《《俺》》に近づくとはなぁ!」
キールは上になっている男の口を右手で覆った。――通常魔法「水成」。
男の口の中に突然水があふれ出す。いきなり口の中に大量の水を押し込められた男は水を大量に飲み込んだ。
「げぇっ! げほっげほっ!! な、がはぁっ、なにが――」
男は完全にむせこんで体をくの字に折り曲げている。
「終わりだ――。時間をかけすぎたな――」
男はキールの声を最後まで聞くことはなかった。
男は深い闇に包まれた。まわりから囁き声がする。
「――せ、――ろせ、――ろせ」
金属がこすり合わさるような嫌な声だ。その声がどんどん増えていき大きくなってゆく。
「ころせころせころせころせ、殺せ!ころせ!ころせ!」
(う、うるさい! やめろ! やめてくれ! もうやめてくれぇぇぇ!)
男は大声で叫んだつもりだったが、その声は音にはならずかき消えてゆく。
「きしししし。お前は馬鹿だ、手を出してはいけない方に手を出した、我が主に手を出した。その罪は万死に値する――。このまま闇にひきずりこんでやるぅぅぅぅ」
(ああああ、やめてくれぇぇ、お、おれは、た、たのまれただけだぁぁ――)
(誰に頼まれた?)
(エドワーズ! エドワーズ・ジェノワーズだぁ! ゆ、ゆるしてくれぇ、ころさないでくれぇぇ!)
「むりだむりだむりだむりだ――、しねしねしねしね――!」
(あああああぁァァァ――)
男のまわりから完全に世界が消え去った。男の意識はそのまま闇の中へと落ちていった。
キールの目の前で男は膝から崩れ落ちた。気を失ったようだ。なんとか「幻覚魔法」の発動が間に合った。
「くそ、死ぬところだったぞ、こいつ本気で僕を殺す気だった? それにしてもエドワーズって、ルイの父親だったよな、なんでそれが俺を狙うんだよ?」
(そりゃ、お前、あいつが人殺しだって知られちゃまずいからだろうが……)
キールは急激な頭痛に襲われた。
「がぁっ! な、なんだ、頭が割れる……!」
(まぁおちつけよ、俺はお前の敵じゃねーよ、俺はお前の中にいる――。リカルドを殺してくれたら出て行ってやる――、考えとけよ、相棒――)
「お、お前は誰だ!? なんで僕の中にいる!」
(今は時間がねーんだよ。またそのうちな、相棒……)
ふぅっと頭痛が去るとその声はもうしなくなった。
何だったんだ今のは? 前にもなんかこんなことがあったな、僕に何が憑いているんだ? わからない。エドワーズに殺されかけて、リカルドを殺せ? 何がどうなってるのか見当がつかない。
取り敢えずはここを立ち去ろう。この男のそばにいるのを見られたら厄介だ。
キールは足早にその場を去り、家路についた。




