第15話 実践訓練
次の休校日――
キールはミリアとともに王都からやや離れた森へ来ていた。
このあたりは、それほど強力な魔物も現れないため、街道から少しそれたとしても特に危険はない。王都周辺は王国軍がほぼ魔物を狩りつくし、今ではごく小さいものしか存在していないのだ。
二人は森の中を進み少し開けた場所を見つけると、そこに「荷物」を下ろして、早速始めることにする。
(しかし、なんだあの荷物? やけにおおきいが……)
キースはミリアが持ってきた荷物を少々訝しんだが、まあそれもまた後で判明するのだろう。
「じゃあ、早速始めましょ、ここなら誰も見てないわ」
ミリアはそう促した。
「よし、じゃあいくよ。――火炎!」
キールは正面に右手を伸ばして勢いよく叫んだ。
即座に右のてのひらの直前に炎の玉が生成される。次は左手だ。
「――水成!」
次は左のてのひらの直前に水の玉が生成された。
「いいわ、その調子よ! そのまま魔力を調整して!」
ミリアの指示が飛ぶ。
「――よし、いける。――突風×2!!」
かざした両手の掌から勢いよく風が巻き起こり、キールの前方へ押し出される!
炎と水のふたつの球が勢いよく手のひらから放たれ、正面の巨木にぶつかる。
先に着弾した炎の球が巨木の幹を焦がし、送れて着弾した水の球がこれを鎮火した。成功だ。
「すごい! ほんとに錬成「4」をやってのけるなんて!」
「ありがとう、ミリアのおかげだよ。でも、これじゃあ実戦ではまだまだだ。魔力の調整と集中に時間がかかりすぎている。実戦でこんなにまごまごしてたら、その間に切り殺されちゃうよ」
「なにいってんのよ。魔術師の中でも錬成「4」が可能なのは千人に一人もいないのよ? あなた、魔法の訓練はじめていったい何年のつもりなのよ? まだ、たったの数か月でしょ? それ以上は望みすぎというものよ」
「ははは、たしかに……」
「まあいいわ。やっぱり素質だけはほんと化け物よね。いまさら驚かないけど――」
「そうだ、ミリア。お礼と言っては何だけど、君に渡したいものがあったんだ。はい――」
そう言ってキールは懐から一冊の本を取り出してミリアに差し出した。
「え? なに? わたしに、くれるの?」
「ああ、君に必要なものかもしれないと思って、ね」
ありがとうとお礼を言いつつ、その一冊の本に目を落としたミリアの目が大きく見開かれてゆく。
「こ、これって……」
「『魔術錬成術式総覧』。エドガー・ケイスルの書だ」
エドガー・ケイスル――太古の魔術師の一人と称される。彼の錬成は「3」だった。錬成「3」の魔術師は過去に枚挙をいとまないが彼だけは別格だとされている。その錬成術の多彩さは現在過去の魔術師の中にもそれを超えるものは誰一人として存在していない。彼は錬成「3」という制限の中にあってなお、最強魔術師の一人と目されている。彼の錬成はそれ程緻密で多彩な組み合わせを持っておりその錬成の復元はおそらく不可能であるとも言われているほど難解である。
「七色の魔術師……」
ミリアは思わずつぶやいた。
「そう、それそれ。――いやね、たまたま見つけちゃったんだよね。でもさすがに僕には難しすぎるっていうか、細かすぎる? って感じで、ここまで緻密な錬成はさすがに勉強にもならないって思ったんだ。で、よかったら君なら何かの役に立てられるんじゃないかと――おぅわっ!!」
ドサッ――!
ミリアがいきなりキールに抱きついたため、キールはバランスを崩して後ろへ倒れ込んでしまった。とっさにミリアの体をかばって抱きとめてしまったためやや強くミリアを抱きしめる形になってしまった。
倒れたままミリアは動かない、ただなんとなく震えているようにも感じた。背中がやや痛い。
「ミリア? 大丈夫、かい?」
「――うん」
「どうしたんだよ。最近ちょっと、なんていうか、変? な感じだけど、なにかあった?」
「――ううん」
「――。ならいいんだけど……」
「ありがとう。私、がんばるから――」
「あ、ああ、ミリアならなれるさ、七色の魔術師に――」
「それ《《も》》、がんばる――」
(「も」って言ったよね? 今。後何をがんばるんだ? まあ聞き違いかもしれないからききながしとこう――)
「あ―――! もう! びっくりしちゃって、おもわず抱きついちゃったじゃない! この借りはいつか返してもらうからね! 覚えときなさいよ!」
(な、なんだぁ――、借りってなんだよ、貸しの間違いじゃないのか?)
「こんな美人に抱きつかせておいて、まさか貸しだろう? なんておもってないわよね?」
「ははは、あ、いえ、ごちそうさまでした」
「わかればいいのよ! さ、さあ食事にしましょ――」
そう言ってミリアはふいと背中を向けて荷物の方へと歩いていく。その胸にしっかりと『魔術錬成術式総覧』を抱いて。
食事はミリアが用意したものだった。館の給仕の人たちが用意してくれたものかと思っていたのだが、どうやらそうではないことが一目瞭然だった。
なんというか――、まぁ、そういうことだ。
でも、その見た目に反して味はなかなかのものだった。これは朝から給仕係の方々もご苦労されたことだろう。ありがたいことだ。
「ん? おいしい! すごいこれ、ほんとにおいしいよ!」
「あ、ありがとう――」
うつむき加減のミリアがなんとなく照れ臭そうに見えるんだけど、気のせいかな。それにしても改めてみてみると、やっぱり強烈な美人だなぁとキールは思った。さっきの体の感触を思いだしそうになって、振り払う。でも、いい香りだったな。
「これでもう少し――」
キールは、思わず口にしてしまった。ヤバい!
「もう少し、なに?」
「いや、何でもない――です」
その帰り道、ミリアが別れるまで一言も話さなかったことは言うまでもない。




