第14話 新学期はじまる
年も明け、新学期が始まった。
やはり大学はいい。とくにこの年明けの学期は厳密に言うと“新”学期ではない。大学の学期は前期と後期の2学期しかなく、冬休みというのは年末年始休講といって講義自体がないだけで学期中であることに変わりはない。
そのため、学期初めの履修登録(どの講義を受けるか決めること)や新しい教科書(たいていはその講義の専任教授が書いた本、これで儲けてる?)などへの出費などがない。
キールはいつものごとく、王立書庫へ向かう。ミリアもそのうち来るだろうか?
相変わらず、本は読んでいる。魔導書(魔法の呪文が書かれているわけではなく、その実践理論や実用理論などの学術書)や政治学や農学なども当然読むが、別にそればかりを読んでいるわけじゃない。それに、読んでも次から抜けちゃうからね。そういう本は読むというより、覚える、理解する類の本なので、どうも僕には不得手のようだ。
それよりもだ。
『ベン・ハーシー冒険譚全集』、『ある魔術師の征東記』、『海王記全集』、『東武諸国戦乱記』などなど、枚挙にいとまがないファンタジー小説群の爽快さよ。どれも感動、驚愕、涙腺崩壊の連続だった。
すでにここに入学して、どれほどの本を読んだか知らないが、8割がたはこの類の方だ。
だが、相変わらず詳細を事細かに語れるほど記憶しているわけじゃない。
ただ、満足したのは事実だ。
キールは思っている。
本を読むことは、食事をとることと同じだ、と。
つまり、人が食事をとった後、どこにその栄養やエネルギーが行ってしまうのかはわからない。体全体に吸収され、体が勝手に必要なように分別してそれぞれの成分を体のどこかへ運んでいる。そしてそれは間違いなく自身の体の一部となっているのだ。
本を読むというのもこれと似ているように思う。
たしかに読んだ、感動もした、考えさせられることも多い。だが、その経験は自身の記憶として記録されるものではなく、何となく体のどこかに染み渡っていくような感覚に近い。
こういったものは、ある瞬間、自身の“身”となって自分を助けてくれるものだろうとキールは考えている。
「――あんた、それ、勉強にならないじゃない?」
ミリアが呆れてふぅっと息を吐く。
「まぁ。それはそれ、勉強は勉強――。ってことで、はい、その本閉じて!」
「えー!? 今からいいとこなのに~?」
「私が来るまでどれだけここにいたのよ? もう充分でしょ! ま、さ、か、ノーとは言わないわよねぇ?」
「は、はい――。でも、あと、1ページだけ……」
「だめ! さあ、今日の講義始めるわよ」
そう言ってミリアはキールの本をぴしゃりと閉じた。
二人はあの秋の日以来講義が終了後にここで集合して、魔法の勉強をしている。王立書庫の中には個室もあって、一つのテーブルといくつかの椅子が備え付けられている小部屋がいくつも用意されているのだ。小部屋の大きさは一人用から10人用ぐらいまでさまざまあるが、2人用もある為、キールはいつもこの2人用の部屋を借りている。そしてそこにミリアがやってくるというわけだ。
王立書庫のこのシステムはさほど人気でもなく、たいていいつも部屋には空きがあるし、空調も整っているため快適だ。
今日も彼女の講義が始まる。
彼女のおかげで、魔法というものに対する理解はどんどん深まっている。知識も増えてきた。
この王立大学において現在魔法が使えるものはミリアの知る限り、自分とキールの2人だけだ。
というのも、本来魔法使いは国家魔術院に登録して、この保護を受ける。それは、いわば「希少種」である彼ら魔法使いは国家の財産であり、他国から見れば脅威となるためだ。
そして、今この国において、魔術院に登録している魔法使いで、この大学にいるのが彼女、ミリアだけだからである。
ミリアは幼少のころからその才覚を見出され、家系も貴族であるから、即座に魔術院へ登録、教育を受けてきた。いわば、エリートである。
その魔法ランクの高さと頭脳の明晰さを買われており、将来を嘱望されている。
ミリアの年下にも数名の魔法使いが登録されているが、その者たちはまだ、高等学院にも入っていない。
なので、ここで魔法の勉強をしていたとしても、あからさまに魔法書を広げて大声でやらない限りは、バレることはない。むしろ、他の生徒たちが少なく、近くに寄ってくるものもいないため、とても都合がいいのだ。
キールの魔法に対する理解は深まった。
それは独学でやっている時とは格段に違いを見せた。あの秋の日の後すぐ、キールは通常クラス魔法の「火炎」を発動させたほどだ。
そもそも、高度クラスの「幻覚魔法」が扱えるのだから、通常クラスの基本魔法を発動させられないはずはないのだ。
要は、理論が理解できていなかっただけだった。あと、『基本魔術書』をもっていなかったことも大きい。
この『基本魔術書』は国家魔術院が初等魔術師教育のために作っている本で、国家魔術院でしか手に入れることができないことになっている。つまり、魔術院に登録しなければ手に入れることができないということだ。
この制度は各国とも同じ制度を取っているため、この世界における魔法使い資格者は、魔法使いとして国家魔術師を目指すか、魔法使いであることを隠して生き延びるかの二択を迫られることになる。
たいていの場合は、魔術院へ登録する方を選ぶだろうが、国家魔術師登用の基準は錬成「2」以上である。錬成「1」の者は、国家魔術師として登用されることはなく、『基本魔術書』は付与されない。
つまり、魔法を使うことは出来ないが、国家魔術院の監視対象者としてなにかにつけて行動に制限がかかることもあるというわけだ。
現在この制度についてはいろいろと各国でも問題が起きているが、それはまた後述に譲るとしよう。
「ねぇ、キール。その……、今週の休校日なんだけど、ね。つきあって、くれない、かな?」
今日のミリアの魔法講義が終わって、帰り支度をしている時だった。何となく歯切れが悪そうにミリアがキールに問う。
「あ、ああ、べつにかまわないけど? なに? どこいくの?」
「ま、魔法の実践訓練よ。しばらく空いたから、ほら、やっとかないと、ね――」
「あ、ああ、そうだね」
「じゃあ、そういうことで、また明日――」
そう言うとミリアはそそくさと立ち去ってしまった。
(なんだあれ? なんか変だったな、ミリアのやつ――)
そうキールは訝しんだが、それ以上気にも止めなかった。




