第13話 晩餐
「――ル! キール! ごめん! 待たせ……て、って、キール? どうかしたの?」
不意に女の子の声でキールは正気に戻される。
「――あ。ああ、ミリア――、大丈夫なんでもない、よ?」
そう答えつつも、いましがたの現象に困惑していた。
(今のは、何だったんだ……?)
そばに寄ってきた長髪の女性は、キールとキールを囲んでいる2人の男を見て、不穏な空気を感じたのだろう。
「あなたたち、この子は私の連れなんだけど、まさか私の連れに何かしたんじゃないでしょうね――」
「こ、これはこれはお嬢様、まさかお嬢様の御友人などとは思いもよりませんでした。いえ、なんでもありません。では、またね、君――」
そういってエドワーズは踵を返した。
「え? え、いいのかよ? 親父?」
「うるさい! 黙ってついてこい、この愚か者が――!」
「あ、ああ……」
(まさか、ハインツフェルト家と所縁があるのか――? そうだとすれば少し厄介だぞ……)
エドワーズは背を向け立ち去りながら、苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
「なにあれ? キール、知り合いなの? あの親子と」
ミリアが怪訝そうな顔で聞く。
「ん、ああ。息子の方は、ね。高等学院の頃からの知り合いさ。父親の方は、知らない――」
と一応答えておく。
そうだ、キールはあの父親のことを知らない。知らないはずなのに、「知っている」。どういうことだ? ちょっと、理解がついていっていない。
「そう。じゃ、いきましょ。早く買い出しして、キールのお料理いただくんだから」
「ああ、そうだね。いこう」
そう言って二人は並んでマーケットの方へと歩みだした。
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「ああ――、おいしかったぁ――」
「そうかい? それは良かった」
「もうお腹一杯――。館の料理はね、それはとてもおいしいんだけど、なんていうのかな、こう、料理にだけ集中して食べられないっていうのかな……、かたくるしい? ってかんじで――」
そうなのだ。実際、貴族の晩餐は堅苦しい。わざわざドレスに替え、大仰な大テーブルに並んで座り、順番にしか料理が出てこない。前菜、スープ、サラダ、その後やっとメインプレート。これが出てくるまでにすでに20分以上かかることもある。
食事は家族の団らんだと父は言う。しかし、本当にこれが「団らん」なのか? ミリアは少し疑問に思ってはいる。やれ、今日の講義はどうだったなり、やれ、今の政情での問題点はどうだなり、そういう話をかわしながら食事を進めてゆく。
純粋に料理を楽しむというのとは何か違っているように思う。
その点今日は完ぺきだった。好きなものが、いつものだだっ広いテーブルではないが、二人が挟む、直系1.2メートル程の丸テーブルの上に所狭しと並べられ、どこにでも手が届く距離に置かれている。二人の前には少し広めの木製プレートが一枚ずつと、これも木製のカトラリーセットが一組ずつあるだけだ。
並べ終わって席に着くと、キールがこう言った。
「さあ、好きなものからどうぞ――」、と。
順番に、ではなく、好きなものから食べていいというわくわくは、おそらく目の前のこの男の子にはわからない興奮だろう。
「――ただし、気を付けて。プレートは一枚しかないからね?」
といったキールの言葉の意味を理解するのがやや遅れたミリアの食後のプレートは、まるで、絵の具をひっくり返したような状態になっていたのは言うまでもない。
ミリアは自分とキールのプレートの状況があまりに違うことを、少し恥ずかしく思わなくもなかったが、彼はただ明るい笑顔で笑っているだけだった。もしこれがお父様なら、大目玉全開で雷鳴が響き渡るところだろう。
しかしそんな楽しい時間もあっという間に過ぎ去ってゆく。食事が終われば、今日の予定はこれで終わりだ。さすがに夜も更けてきた、館へ戻らなければそれこそ外出禁止どころでは済まなくなる。
「キール、今日はありがとう。わたし、こんなに楽しい年末祭は生まれて初めてだった――」
「どうしたんだい、急に? なんか、君らしくないね――」
「キール、わたしは……」
「――あっ! そうだ、忘れてた、あぶないあぶない。今日渡しそびれたら何もならないところだったよ、はい、ミリア、いつもありがとう、これからもよろしくね――」
そう言ってキールはポケットから一つの小さな石を取り出した。
「え? わたしに、くれるの?」
「何の飾り気もないただの石だけになっちゃったけど、ミリアに持っててほしいんだよね」
「これ、え? これって、え――!? アダマンタイトじゃない!!」
「さすがミリア、ご名答。アダマンタイト原石だよ」
「どうして、これを私に?」
「僕はまだまだ原石だ。これから精錬してどれだけの輝きを放てるようになるか、全くの未知数だ。でも、魔法を探求することはあきらめない。いつか必ず、その輝きを手にして見せる。そして、君にはそれを見届けてほしいんだ。これはその、決意表明さ――」
ミリアはその手のひらの半分ほどの大きさの小石をぎゅっと握りしめ胸に抱いてこう言った。
「ええ、必ず見届けるわ。途中で逃げ出したりしないように、腰にロープでもまいておこうかしら――」
「ははは、それは、さすがに勘弁……」
何となく彼女らしさを取り戻したようでキールはほっとした。
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キールは館のそばまで送ってくれた。ここまでの帰り道、ミリアはとても幸せな気分だった。何を話したか全く覚えていない。でも、とても幸せな時間だったと確信できる。
「来年もまた――」
唐突にミリアがこぼした。
「ん?」
「あ、いえ、その――」
「ああ、来年もまた一緒に過ごせたらいいね。僕もこんなに楽しい年末祭は初めてだった。やっぱり、誰かと一緒ってのはたのしいね」
「そうね、でも来年は、原石じゃなくって、小さくてもカットしてるやつが欲しいわね?」
「え? ははは……。やっぱ、だめですか――」
「あったりまえでしょ? 原石のまま身に付けるわけにはいかないのよ? ちゃんと身に付けられるものを頂戴!」
「はい、がんばります――」
と言った瞬間だった、ミリアが1歩キールに近づくと、不意に、キールの頬にキスをした。
「ミ、リア?」
「こ、これは、その、お礼よお礼! 勘違いしないでね! じゃあ、私もういくから……、今日はありがとう、キール。とても楽しかったわ……」
「あ、ああ。また学校で――」
そうしてミリアは館のほうへ走り去っていった。キールも引き返し始める。
(そうだな、アダマンタイトの方はともかく、魔法の方はもっと修練しないと――。いつまでたってもミリアに追いつけないままでは何もならない――)
キールはまだ喧騒冷めやらぬ街の中を歩きながら、決意を改めていた。




