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作者: 丸猫

長谷川裕子は、今年高校2年生になり、受験勉強を言い訳に部活に行かずに、塾に行く日々を送っている。6月の中旬、部活に行かなくなってから2か月が経ち、一人で帰るのに慣れ始めた日。裕子は激しい通り雨に降られて、古びた薄いトタン屋根の家の軒下で雨宿りをしていた。朝の天気予報では、薄く小さい雨雲がかかっていた。そのため、走れば大丈夫と考えていたが、結果はご覧の通り、雨宿りしなければならないほどの激しい雨であった。

「はぁ~、傘持ってくるべきだったな~」

 深いため息をついた裕子は、朝の判断を後悔しつつ、一人で止むのを待っていた。学校にある傘を取りに戻ろうかとも考えていたが、ここは学校と塾のちょうど中間であり、取りに帰る気力よりめんどくささが勝っていた。

 近くには、傘を差して帰る学生達がおり、集団で喜々として笑っていたり、バッグが濡れないようにして自身が濡れていたりしていた。そんな姿を見ながら、暇を持て余しポケットからスマホを取り出した。その時、

「ヤバいなこれ」

そんなことを言いながら、男子生徒が左にある高校の方から駆け足で入ってきた。見たところ、同じ高校の制服であり、背中に黒のバッグを背負っていた。学年は、それぞれで特徴があるわけではないので判断できなかった。そんなことを考えつつ、スマホを開こうとしたら、彼の方から

「凄い雨ですね」

という言葉。

「・・・」

独り言かと思い、無視をしてスマホを開き見ていた。そしたら続けて、

「すみません、いつ頃止むか調べてもらえませんか?俺の携帯、ネットにつながっていないため調べられないんです。」

彼をみると、右手を顔の近くに上げ、申し訳なさそうに頭を少し下げていた。彼の左手には今では珍しいガラケーを持っていた。

「・・・はぁ」

知らない人に良くそんなこと聞けるなと感心しつつ、スマホを使い調べた。調べてみると、あと10分ほどで止むらしい。

「あと10分ぐらいで止むらしいですよ」

そう彼に言うと、

「ありがとうございます」

と感謝を言われた。それを会釈で返しつつ、再びスマホに目を移した。横目で彼を見てみると、トタン屋根から流れる雨水を眺めていたり、目を閉じて考えていたりしていた。そのまま会話のない沈黙が続き、カタカタと心配になるような薄いトタンの音が鳴り続いていた。再び彼が話し始めたのは、それから2,3分した後のことであった。

「同じ高校なんですね」

「え?」

裕子としては、突然の言葉でありこの雨音のため、あまり聞こえておらず、彼の方を見て聞き返してしまった。彼は、雨のなか歩いている学生を見ながら

「いえ、自分と同じ高校なんだなと思いまして」

再び質問を聞いて、裕子としては長い沈黙の後でそれか?という飽きれと質問に対するどうでもよさを感じつつ

「そうですね」

と簡単な相槌を打ってしまった。するとすぐに彼は、

「何年なんですか?」

と決まっていたかような質問をした。裕子は、先程反応してしまった後悔しつつ、無視する勇気もないため、

「2年です」

すぐさま彼は、

「自分も、同じ2年です。後、自分は文系なんで8組だけど、何組なんですか?、」

とさらに質問してきた。

「3組です」

先程と同じ口調で返した。

「3組ですか、それだと理系のクラスですね。結構はなれてますね。」

と言った後、そのまま彼は黙ってしまった。裕子の高校は、2年生になる時に、理系と文系に別れる。

裕子は、次は「〇組ですか。〇〇先生でしたよね。あの先生・・・」とか「〇組ですか。俺隣のクラスなんですよ」みたいな質問に繋げてくるだろうと考えていたのだが、そんな事はなかった。再び訪れた沈黙。特に話すこともなさそうだったので、視線を彼の方からスマホに移し開こうとしたとき、彼をどこかで見たことがあるような気がした。確か、裕子のクラスで数人の男子としゃべりに来ていたし、名前は知らないが少し話しかけられたような覚えがあった。ただこんな雰囲気が違うような。もう少し軽い感じだった。確認するために視線をスマホから彼に戻し、いまだに生徒を見ている彼の横顔を見た。確信はなかったが、覚えている顔であった。裕子は、彼に直接聞こうか迷っていたが、勇気を出して聞いてみた

「あの、以前どこかで会いましたか?」

彼はこちらを向き、裕子の顔を少し見た後

「いえ、会ったことないと思いますよ」

と言われた。

「ちなみに、3組の方に来たことないですか?」

「一度もないと思いますよ、3組の方に友人もいないですし」

この答えに裕子は、

「鈴木啓太って知ってますか?」

鈴木啓太とは、裕子のクラスにしゃべりに来ていたときに話していた、3組の男子である。

「鈴木啓太・・・、あぁ~啓太とはよく話してますよ」

「彼、3組の人ですよ」

「あ、そうなんですね。てっきり隣のクラスの人かと思ってました。よく自分のクラスに来るので」

鈴木啓太を知っているのに、クラスを知らないなんてことあるのか?という疑問を持ちつつも、

「本当に3組に来たことないんですか?」

と確認のためにもう一度訪ねた。

「はい」

変わらない答えだった。

「周りに似たような顔の人とかっていますか?例えば双子の兄弟とか知り合いの知り合いが同じような顔の人とか」

ほぼないような可能性の質問をした。

「いないと思いますよ。自分の知る範囲では」

当たり前の答えであった。

「そうですか、なんか一方的な質問ばかりして、すみませんでした」

と質問を切り上げた。彼も「いえいえ」と言い、再び雨の中歩く生徒を見始めた。裕子もスマホを開き、雨が上がる時間を確認した。あと5分くらいで止むらしく、その時間を意味もなくSNSを見ては閉じ、見ては閉じを繰り返していた。何も会話をしなかったが、裕子としては先ほどのことを考えて、ああでもないこうでもないと自問自答を繰り返すぐらい気になっていた。やがて、答えのない問答に疲れ、関係ない人だったと考えるしかないと思い、そのまま考えるのをやめた。

 その後だんだんと雨が収まり始めたとき、彼が、

「では長谷川さん、俺はお先失礼します」

と言い、すぐに先ほど彼が来た左の道に走っていった。

「あ・・・」

反応の遅れた裕子は、そんな声を出してしまった。彼のバッグが揺れながらだんだんと離れていく。そのバッグの左ポケットには、黒い筒状のモノがあった。裕子はその後ろ姿を見送り、彼について何もわからないまま、そのまま塾へと行くため右の道に向かった。


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