第九十八話 一時的な海水温低下で浜にうちあがった魚が結構いたって? あの程度の流氷でそこまで被害が出るのか?
三魔将の一人で南部の家族量を支配していた超魔怪将軍ブリザードドラゴンの討伐が終わって数日が経過した。
魔族側で何か動きがあるかとおもったが、南方から追加で汎用戦闘種などを送り込まれる事も無く、オスヴァルドがあの浜の近くに派遣した斥候からも追加で情報が入る事は無い。
何か問題があるとするなら……。
「一時的な海水温低下で浜にうちあがった魚が結構いたって? あの程度の流氷でそこまで被害が出るのか?」
「氷が溶けぬ様に沖合で何度も氷結系の魔法を使ったのではないかと思われます。うちあげられた魚も比較的海水温の異変に弱い種ばかりでした」
「頭のいい魚は氷から遠ざかるだろうしな。で、どのくらいの被害が出たんだ?」
「小魚が数百匹ほどですな。大型の魚は沖に逃げたと思われます」
その程度の被害で済んだんだったらいい方か。鯨クラスの何かがうちあげられたんだったら大変だ。後始末も含めてな。
【クジラの場合は役に立つのでは?】
海に沈めてシャチの餌が正解の可能性はある。うちあげられた鯨なんて誰も食わんだろ。
それにアレは放置すると爆発して更に厄介な事になるしな。
「魚に関しては邪魔だったらそのまま畑にでも埋めとけ。集めて堆肥にしてもいいが、昔はイワシを肥料として使っていたと聞いている」
【一度発酵させて堆肥にした方が安全な気がします。イワシを肥料として使っていたのは江戸時代でしたか?】
そんな昔だったか?
流石に前の職場の時は農業にはそこまで手を出さなかったしな。マジックバッグを使えば堆肥の分解速度を速められるけど、今はそんな事に使える時間経過の速いマジックバッグは余ってない。
堆肥に使うくらいだったら石鹸を一つでも多く仕込むところだ。
「承知いたしました。しかし、本当に三魔将を倒されたのですね」
「想像以上に弱体化していたな。アレだと封印されている時空大魔怪皇帝サンダーボルトも通常の魔怪種程度の実力しかないだろう。この世界の人間にとっては良い事だが」
「この世界? リューク様は勇者と違ってこの世界の人間ではないのですか?」
「ガワはな。中身は別ものなんだ」
転生しているから魂も殆どこの世界の人間と言いたいところだが、死産して魂が消滅した肉体を利用してこの世界に生まれ落ちたから魂は元のままなんだよな。
だからこそ前の世界で得た力の殆どを引き継げた訳で、魂が別物だったらこのブレスも使えない。
【私はマスターの魂にリンクしていますので、完全に転生してもおそらく資格さえあれば使用可能です】
ああ、心に勇気を持っているかどうかか。
その点に関しては問題ないだろうな。
「何か秘密があると思っていましたが、リューク様は魂だけ勇者なのですか」
「そんなところだ。勇者というには闇が強いが」
「正直に言わせていただければ魔族以上の闇ですな。しかし、光の強さはそれ以上です」
「俺は闇のどん底にいたが改心したんだ。親友でライバルのあいつのお陰でな」
あいつとの決戦の前。俺はすでに自分が間違っていたことも力だけでは何も解決しない事も分かっていた。
だがあの時の俺は自分では引き返せない所に来ていたんだ。
そんな俺に正面から立ち塞がり、そして全力をもって俺の心を叩き直してくれた。
「よき友をお持ちだったのですね。羨ましい限りです」
「さて、あいつは今どこで何をしているやら」
行方不明になった後は完全に音信不通だしな。
前司令が放置していたって事は、そのままでも問題がない状況だったんだろう。
「三魔将の撃破の件。他の領主様方に知らせなくてもよろしいのですか?」
「そこまで急ぎって事は無いだろう。南部に警戒しているのはいつもの事だし、緊急の対策本部を設置している訳じゃないしな」
「レナード卿はしているのでは? アルバート卿はそこまででは無いと思いますが」
「ああ。リチャーズの所はうちと同じ様に領地が南方と隣接しているからな。あの内海の位置から考えるとほとんどうちの問題だが」
魔族領と隣接しているといっても、深刻なのはフカヤ領だけなんだよな。
南方の領地を持っているとはいえ、リチャーズの奴の領地はあの内海とは直接つながっていない。断崖絶壁の岩が海を隔てているので、あいつの所から上陸するには空でも飛んでこなけりゃ無理だ。
「お二方の領地は元々別の者が支配していた場所ですので」
「そういえばそうだったな……」
その魔族の一族は滅んだとか言ってたしな。人類と魔族の遺恨はどっちの方が大きいのやら。
魔族側と交渉するにしたって領土問題になるとこっちもさすがにそこまで譲歩できない。この領地を返せと言われたら最悪戦争に発展するだろう。
「三魔将が弱体化していたとはいえ、倒すのは苦労されたのでは?」
「あの程度の能力じゃ、あいつが十人くらいいても何とかなる。正直、汎用戦闘種を大量に仕向けられた方がこちらは苦労するだろうな。汎用戦闘種を百人集めてもこちらが負ける可能性はゼロだが」
「リューク様の力は我々の想像以上でしたか」
「魔怪種や三魔将用の力だからな。普通の人間と戦う為には作られてないぞ」
もし仮に五年位前にこの力が使えているとしても、両親の敵討ちにこの力を使ったかどうかは微妙なところだ。
たしかに野盗を倒す事はあの辺りに平和をもたらす為には必要な事だっただろう。しかし、相手が人間なのにブレイブの力を使うかどうかは考え所だな。
【もう一つの力を使っては?】
ああ、ゾーク・ダースの力を使うのはありかもしれないな。
ブレイブの力は誰かを守る為の力だが、ゾーク・ダースの力はそうじゃない。
悪事に使わなければ、あいつも文句は言わんだろう。
「力の正しい使い方を知っておられるのは良い事です。流石は我が主ですな」
「俺の領民に手出しをしてきた場合は遠慮なく使うし、魔物や魔獣が襲ってきた時も容赦なく使うぞ。こちらから攻める時にはあまり使いたくないだけだ」
「もし仮に魔族と戦争になった場合はどうしますか?」
「戦争の原因次第だ。双方に言い分はあるだろうが、どちらが先に手を出したかとどちらに正義があるかだな。人族側に原因がある時は流石にあの力は使わん」
その時は携帯型魔導砲も使いたくはない。
魔族側に正義があった時、俺は極力戦闘に参加しないしフカヤ領がその戦争に巻き込まれないように努力する。
南方から攻めてきた時には戦いは避けられないだろうが、こちらに手出ししてこない限り極力戦闘は避けたい。
人的被害が出た場合は容赦しないが……。
「リューク様がこの国の王であればどれほど良い事か……」
「王になれば背負わ無けりゃいけないモノが多すぎる。俺の力は誰かを守る為にあるが、王になればこの力を戦う為に使わなければならない事もあるだろう」
「たとえそこに正義が無くてもですか?」
「多くの命を救う為だったらその時は修羅にでもなる。だが、あくまでそれは誰かを、何かを守る為の戦いだ。それに戦争に正義が無い事など珍しくも無い」
小競り合いから発展して大きな戦争になる事も珍しくはない。
俺は神じゃないし、その時どちらに正義があるかなんてわかりっこないからな。
「あくまでも誰かを守る為ですか?」
「ああ、その為の力だ。時空大魔怪皇帝サンダーボルトの力は真逆だろう?」
「奴らの力は全てを奪う為の物ですな」
「この力はあくまでもあいつらを倒す為に用意されたものだ。魔族をはじめとするほかの誰かを殺す為の力じゃない」
オスヴァルドとはいい関係でいると思うし、これから先もできればこの関係を続けていきたい。
しかし、この地は元辺境伯の一族が切り取った土地とはいえ、元々オスヴァルドの領地だ。
オスヴァルドがほかの魔族に担ぎ上げられてどこかで旗揚げをした時、俺はどうするべきか……。
「リューク様であれば魔族と人族が共存できそうなのですが……」
「この領地から始めるのがいかもしれないな。俺は別に魔族だとか種族にはこだわらないし、適材適所で活躍できればいいと思っている」
「ドワーフ達とも仲良くできておりますしな」
「魔導耕運機の部品の量産の件はドワーフたちに本当に感謝しているさ。まだ魔導耕運機は他の領地には売り出していないが、十分な数が用意出来れば売り出してもいい」
自走式にするとそこから戦車に発展する可能性がある。
アレはあくまで耕運機であり、畑を耕す以外の能力は持たせようとは思わないしな。
あの状態から戦車の足回りや砲塔まで開発できる奴は、耕運機を見なくてもそのうち開発するだろう。
「あの魔導耕運機を独占しませんので?」
「危険の無い便利な物であれば使うべきだろう。食料が増えればいろいろと余裕が生まれる」
その先に平和な世界があればいいんだが……。
一人でも多くの人を救うには、食糧問題は避けて通れないだろうし。
「人族はそこまで賢明ですかな?」
「わからん。しかし、少なくとも食料が無い状況より食料がある方が戦争なんてしないだろ?」
「そこは真理ですな」
食わせる食糧が無いから他国を攻めて、そこから食料を奪うのと同時に自国民を戦闘で減らして食糧問題を解決なんてことも多い。
国民を飢えさせる国家運営をしているのが間違いなんだが、そこを反省する王はほぼいない。
俺も領民を飢えさせないように色々やらなければな……。
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