第九十二話 今回は魔族対策の会合と聞いていたのですが、私の聞き間違いでしたかな?
久しぶりにリチャーズやゴールトンと会合を開く事になった。
議題はもちろん南方から迫る三魔将をはじめとする汎用戦闘種の事で、城塞都市トリーニや周辺地域をどうやって守るかだと聞いていた。そう、聞いていたんだよ……。
俺は参謀としてオスヴァルドを連れて来た訳だが、なぜかリチャーズは次女のヴィクトワールを連れてきているし、ゴールトンはクリスティーナを連れて来た。その二人は魔族対策の会合に必要なのか?
「今回は魔族対策の会合と聞いていたのですが、私の聞き間違いでしたかな?」
「いや、今回は間違いなく魔族対策の会合だ。特に南方に領地を持つ我がレナード子爵家とフカヤ子爵家は今回の件を深刻に受け止めねばなるまい」
「フカヤ卿が独身なのが問題なのだよ。もう十七と聞くし、そろそろ結婚してもおかしくない年齢だ」
「破綻した領地の立て直しと、商会の運営で手いっぽいでしてね。この上魔族との戦いがあるので時間がないのが実情です」
そこは事実だし、本気で三魔将を倒すまでは時間的な余裕がない。
今でも限界ギリギリまで睡眠時間を削っているんだ、これ以上他の事に割く時間なんてないぞ。
「アーク商会は化粧水をはじめとする理美容品の売り上げが凄まじいと聞く。ソールズベリー商会が扱う魔導エアコン以上だろう?」
「製造工程が複雑で人件費や材料費の掛かる魔導エアコンに比べれば利益率は高いですな。単価は劣りますが、販売数で言えばかなり差がありますので」
「石鹸やシャンプー。我が領内で生産しているコンパクトにはめ込む紅をはじめ、今や貴族の美容品を独占していると聞くが」
「アルバート卿の化粧筆もそうですが、付属する関連品で出る利益も相当な物だと思いますが?」
「十分におこぼれには預かっているな。うちで加工しているコンパクトもわざわざ材料やデザインを指定してくる念の入りようだ」
各地の貴族は紅を入れるコンパクトの生産にお抱えの細工職人を使わずに、わざとレナード子爵家のソールズベリー商会やコランティーヌ商会に注文を出してくる。
少しでもこちらと仲良くして優先的に理美容品を回して貰おうという算段だ。流石に化粧水はコランティーヌ商会とローズガーデン商会にしか卸していない上に、他からの注文はすべて断っているのであきらめているようだな。
「城塞都市トリーニに限れば税収は十分で、他の貴族領に比べればはるかに恵まれている。魔導砲の整備や城壁などの整備も完璧で、街道に至るまで数年前とは比べ物にならない状態だ」
「おかげで他の貴族領からの移民が殺到している状況だ。そのほとんどはアルバート子爵領の街道沿いにある開拓村で受け入れられている。街道沿いの宿場町としては考えられぬ規模だ」
「毎日高速馬車や輸送馬車が走りまくっておる状況だからな。宿が多い事は良い事だぞ」
「ほんの二年ほど前までは街道すら荒れていたんだが……」
予算が潤沢にあるという事は本当にいい事で、当然支払われた賃金は各地で消費されることによって経済活動を生む。
懐に余裕があれば化粧品や石鹸は無理でも、少しでもおいしいものを食べようとしたり子供の教育などに金を使う。大きな食堂や学校が各地で建設され、服や靴などを売る個人商店などが増えていく。
最終的に教会が出来れば完成だが、わずか一年でそこまで大きくなった町が街道沿いにすでに五つ位あるそうだ。
「三年無税が大きいのか、開拓村には移民が押し寄せる状況だ。そこから城塞都市トリーニに人が流れて来るのは税金を取り始める二年後だろう」
「もう少し早めにこちらに人員を回して貰いたいのですが……」
「無理強いはできぬのであきらめろ。あの辺りの村で何かできる事があればいいんだが」
「冒険者の養成がお勧めですな。あの辺りを開拓する場合、最終的に魔物問題は避けて通れませんので」
この辺りから魔族や魔物の脅威が減ると、他の貴族が攻めてくる可能性もあるけどな。
この辺りで無いのは金山位だし、少し大きめのダンジョンが見つかればそのあたりも解消されそうだ。金に関しては他の貴族から巻き上げればいいし、その為の特産品や商材などはたくさんある。
「その問題は既に手を付けている。街道周辺に現れる魔物討伐の為に冒険者を集めているそうだ」
「北方はそれで問題ないのでな。問題は南だ」
「三魔将を常に警戒していますし、攻めてくれば即座に対応が可能です」
そろそろ本人が攻めて来てもおかしくない筈なんだがな。
ジンブ王国方面の情報はまだ入っていないし、向こうで動きがあればオスヴァルドが報告してくるだろう。
「流石だな。それで話を戻すが、いつまでも独身でいられるとそのうち王家から誰か送り込んできそうなのでな」
「パラディール公爵家の四女ラナエル様が既に領内でローズガーデン商会の支店を立ち上げていますが」
「その件があったか。まだモーションはかけて来ておらぬのだろう?」
「私も多忙ですので、そのあたりは理解していただいておりますよ」
「魔族の件が片付けば何かしら動きがあるだろうな。その前にこちらで何とかしておきたいところなのだが……」
いや、クリスやヴィクトワールと結婚しても、結婚できなかった片方から不満が出るだろ?
それとも何か? ひとりは本妻でもう一人は第二夫人でもいい訳か?
「どちらにしても問題があるのでは?」
「フカヤ卿に問題が無ければ二人とも嫁として迎え入れて貰えれば問題はない」
「まだ若いし経済的な問題も無かろう?」
「どちらかと言えば気持ちの問題です。アリスやカリナもいますし」
候補としてはブリトニーもいるしな。
ブリトニーの場合は魔族との橋渡しの意味もあるし政略結婚の色が濃いが、この辺りの事を考えれば一番いい選択肢ではあるんだ。この国とはいろいろ揉めそうだけど。
「貴族になれば、個人の感情よりも優先される事が多くなる。結婚するのであれば、早いうちにしておかないと本気で王族が接近してくるぞ」
「無理にクリスと結婚しろとは言わんが、王都の連中がこの辺りに口出ししてくる隙を晒すのはよくないと思うのだ」
「この辺りは魔族領と隣接する領地ですよ? その中でもフカヤ領は魔族とエルフの領地と隣接していますし、領内にはドワーフの集落もあります。こんな辺境に嫁がせようとは思わないでしょう?」
「いや逆だ、フカヤ家に姫を嫁がせて近場の領地に転封させる可能性は高い」
王都は暮らしやすいんだろうが、俺としてはこの辺りの方が都合がいい。
せっかく建てた商会のデカい工房はあるし、化粧水なんかの生産も原材料の入手もここの方が都合がいいしな。
「他の誰かにここを任せても、また逃げ出すだけだと思いますが……」
「フカヤ卿以外だとそうだろうな。儂らにしても回して貰った魔導具やシステムの利権が無ければここまで領内を整備できぬ」
「あの忌々しい城壁が忌々しいままだっただろうな。街道の整備も行えず、結果として街道沿いに村もできぬだろう」
「魔導エアコンや氷製造システムの導入は成功したと思っています。この辺りに莫大な利益をもたらして、結果としてこの地に住むほとんどの人間が恩恵を受けていますし」
「その頭脳と能力が王家の連中にバレているんだろう。化粧品の件もそうだが、既に無視できぬくらいには方々に知られておる」
「そういう事だな。結婚の件は考えておいてくれ、面倒事になる前にな」
パラディール公爵家の四女ラナエルは十四歳くらいだったか?
歳の割にしっかりした娘だった気がするが、まさかあの歳で政略結婚とか考えないだろう。
それにしても魔族問題や婚姻問題か。商会の仕事と三魔将の件で手一杯なのに、この上さらに面倒事なんて御免だぜ。
読んでいただきましてありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです。
誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。




