第九十話 とりあえず化粧水の増産分は終わった。これの在庫がキレるとそれ以上にキレる奴が馬鹿みたいにいるだろうしな
この話で第三章は完結となります。
楽しんでいただければ幸いです。
ギルベルトの村を訪ねてから今日で三日。ブリトニーの奴はまだ戻ってきていないのでオスヴァルドの奴がその情報を持っているかは知らない。
魔族は念話が出来るし長距離通信が可能なので情報は入手している可能性はあるが、今も普通に今まで通り俺の補佐をしてくれている。
今は商会の工房で錬金術の機材をフル回転させて化粧水を量産しているところだが、ようやく馬鹿みたいに生産した化粧水を専用の小瓶に移し終えたところだ。
この瓶に移し替える作業位は他の商会員に任せてもいいんだが、なかなか代替えが効かない商品なんで責任をもって俺が機材を使って詰め替えているだけだったりもする。
「とりあえず化粧水の増産分は終わった。これの在庫がキレるとそれ以上にキレる奴が馬鹿みたいにいるだろうしな」
「お疲れ様です。リューク様にしか作れぬ以上仕方の無い事ではありますが」
「流石にこれの調合はファネッサにも任せられないだろ? 以前頼んだら無理だと断られた」
「無理ですね。材料の精製水などの生産は可能ですが、その化粧水に加工するのは無理でしたので」
ファネッサに何度説明しても化粧水の調合は不可能だった。
というよりも、錬金術の機材を使用する際に魔力だけじゃなくてかなり大量の氣を使うのが問題の様だ。
ここまで高出力の氣を何とかできそうなのが俺くらいで、他の錬金術師たちにも同水準の化粧水の生成ができない。つまり、この化粧品に関しては他から販売されることが無いという事だな。
「こんな時間になったが何とか仕事は全部片付いた。化粧水の生産は時間ギリギリまでやりたかったから満足だ」
「もうすぐ夜の十時ですな。儂はともかく、ファネッサには上がって貰ってもよかったのでは?」
「女性にこんな時間まで働いて貰うのは悪いと思っているよ。保湿剤の生産もお願いしてたしな」
「かまいませんよ、おかげで明日は休みを頂きますし」
ファネッサには無理をさせたから明日は代休をとって貰う事にした。
保湿剤はうちの商会で一番消耗が激しい材料のひとつだが精製できる者は意外に多い。今日無理をして貰った理由は、明日新しく導入する機材でシャンプーや保湿クリームなどを大量に生産する為だ。新型の魔導モーターや魔道ポンプを組み込んであるので以前よりも素早く商品化させることができる。
「オスヴァルド、この後時間はあるか?」
「時間ですか? ございますが」
「酒と肴は用意するから熱燗で一席どうだ?」
「よいですな。手持ちの清酒が少なくなっておりましたので……」
この間女神鈴の報酬として樽で渡しただろう?
見かけによらず酒豪とは聞いているが、あの量をこの短期間で呑みつくせるのか。
「オスヴァルドは湯会を贔屓にしていたが、去年新たに仕込んでいた酒がある。湯来月夜だが、湯につかりに来て見上げる月夜という銘でな」
「なるほど、燗をする為の清酒ですな」
「そのまま飲んでもいいんだが、燗にするとより美味い酒だ」
既に火入れまで済ませているうえに、すでに樽酒としていくつも保管してある。
俺が造らせているのは基本的に純米酒だが、その中でも湯来月夜は吟醸酒でも造るのかというくらいに限界まで磨いた米で仕込んだ最高の逸品だ。元々は湯会を造っていた醸造所に無理を言って作らせたんだが、出来た酒を飲んだ杜氏達は俺の言った事が正しかったと理解したみたいだな。
人員も増やしていたのでそれなりの量は仕込めたが、人気次第では今年植える米の作付けに大きく影響しそうだ。
◇◇◇
場所を俺の執務室に移しての酒盛り。
酒の肴はカラスミや海鼠腸など俺が作り方を教えて港町クキツで作られるようになった珍味だ。
その他にも鱧の湯引き、鯵のなめろうといった魚のつまみと、山鶏の焼き鳥を並べた皿、山鶏の皮の味噌煮、それとシンプルな湯豆腐などを用意した。
「まずは一献」
「恐れ入ります。……良い酒ですな、湯会も燗にすると豊かな風味を味わえましたが、この湯来月夜はその上を行きます」
程よく燗をした湯来月夜をオスヴァルドのぐい呑みに注ぐ。こいつの場合湯呑でも構わないんだろうが、出来れば猪口辺りで楽しんで貰いたいところなんだがな。
これは自前というかオスヴァルドお気に入りのぐい呑みで、手によくなじむんだとか。
「そうだろう、この酒を仕込む前に杜氏達と揉めたからな。今後は湯会と同規模で湯来月夜を仕込んでくれると約束してきた」
「相変わらずお命じになりませんので?」
「実際に酒を仕込むのは杜氏達や醸造所の連中だからな。頭ごなしに命じて無理やり造らせてもいい物なんてできないさ」
「ドワーフたちの時もそうでしたが、リューク様は無理強いをしません。それが出来る力と権力を持ちながら、いつでも対等の立場で交渉されますな」
「力を持つって事はそういう事さ。それを理解せずに力を振りかざした挙句、自滅する馬鹿のなんと多い事か」
前世では力の使い方を間違っていたこともあるが、あいつに教えて貰ったおかげで俺は正道に戻る事が出来た。記憶を戻した以上もう間違える事なんてないさ。
こんな言い方をしてくるという事は、あの村の事を聞いたんだろな。
「アンドロシュ村の事を知られたと聞いておりますが、あの村をそのままにするとも聞いております」
「ああ、その認識で間違いない。ギルベルトの所のマルテちゃんと約束したから、クッキーや焼き菓子は定期的に届けて貰いたいんだが」
「オープンダンジョンの事もご存じでしょう? アレを手に入れようとは思いませんか?」
「思わないな。あの森に先に住んでいたのは奴らの方だし、元々あの辺りはオスヴァルドの領地だったと聞く。俺が手出しをするのは筋が通らないだろう?」
元々ここは魔族領だしな。
切り取った領地は流石に返せないが、まだこちらに組み込んでいない領地まで所有権を主張するのはおかしいだろう。
ただ、俺の領地の中に住んでいる以上は最低限の生活位保証してやらないといけない。
「その事も聞いておりましたか。リューク様の事です、今まで儂らがしてきた事もお見通しでしょう?」
「呪いの一件か? 青肌病もその一つだな?」
「それも知られていましたか。なぜそれを?」
「感染経路も感染源も発症条件も不明の病気なんてある物か。元々完熟した赤茄子の実には解毒効果のほかに呪詛の緩和にも効果がある。言い換えれば、アレは禍々しい魔素の浄化能力を持つ木の実って事だ」
調べてわかったんだが、赤茄子の実は元々そこまで高価な実じゃないし、もっと多くの木がいろんな場所に生えていたそうだ。
流れの商人が高額で身を買い取り始めて高騰が始まり、その商人が未熟な実まで買い取り始めたのでやがて木の数が減って実の数も極端に少なくなって以前の様な価格で安定したという話だった。
「魔族の商人が各地で買占めと廃棄を繰り返し、赤茄子の木と実が少なくなった機を見計らって仕掛けた策でありましたが、リューク様に防がれてしまいましたな」
「理由を聞いてもいいか?」
「青肌病は呪いではなく、禍々しき魔素とある種の条件が揃った時に発症する病です。赤茄子の実をはじめ、いくつかの浄化作用のある物を食べていれば防げたのですが……」
「赤茄子の実は食えんだろう? 薬として使うにもかなり気を使う実だぞ」
俺は実際に調合した訳じゃないが、薬効が強すぎて調合にかなり気の使う薬と聞く。
効果のかなり低い葉を使った防虫薬があれだけ効果があるんだ、相当に毒性が強い事はわかっている。
「山桃苺の実などにも同様の効果があります。昔はよく食べられていたそうですが……」
「あの実もそうだったのか。青肌病を発症する前に山桃苺の実を食べていれば発症しないのか?」
「年間にひとつ程でも食べていれば発症しないでしょうな。元々青肌病は発症率の低い病です。その為に呪いなどといわれていたのでしょう」
そういえばこの辺りには山桃苺もかなり少ない。
それが原因で金毛長兎が滅多に見つからなかった訳だが、俺がいたあの村の荒れ地にはまだいくつか木が残っていたからな。
「各地で山桃苺の木も切り倒したと?」
「枯らしただけですな。木にだけ作用する毒や魔法もありますので」
「ロドウィック子爵家にだけ出していたという脅迫状。それに魔族の呪いの件だが……、元領主という事だったら意趣返しという事か?」
「儂の領地は元々ロドウィック子爵領だけですじゃ。他の二家の領地は別の魔族の領地でしたので」
「その魔族は?」
「残らず滅ぼされました。奴らは新魔王派でしたし、仲も悪かったのですが……」
なるほど。それでロドウィック子爵家にだけ脅迫状が届いていたわけだ。
呪いとはいったい……。
「もう一つ聞いてもいいか? 答えたくなければ答えなくていいが、呪いとはなんだ?」
「三魔将の一人が持つ魔呪具、人を生きたまま石に変える呪いをかけるそうですな。儂らの言った呪いは青肌病の事で、石化の呪いは別の者の仕業ですじゃ」
「どこかからか新魔王派が侵入していたという事か」
「儂らもその者を探しております。人族の事は恨んでおりましたが、無差別に襲う真似はしませぬので」
「青肌病の件は欲の皮の突っ張った人族の自業自得という事か。毒麦の件も一枚噛んでいたんだろう?」
「お見通しでしたか。あの領地拍を平和的に追い出すには、ああするのが一番でしたので」
これだけ広大な領土だ、代わりの領地拍を任命するには時間が掛かると考えたんだろうが、まさかすぐに代理で三人も送り込まれるとは思わなかったんだろうな。
追い出した後で少しずつ魔族の支配地を広げるつもりだったんだろうが。
「これからどうする? 俺としては今まで通りに仕えて欲しいと思っているが」
「よろしいので?」
「ああ、問題ない。領内にある他の魔族の村でも、必要な物があれば言ってくれ。極力都合する」
「彼らは税金を払いませんが、よろしいので?」
「今まで通りの取引で何か役に立ちそうなものがあれば適正な価格で交渉してくれ。もちろん、向こうが差し出しても困らない程度にな」
女神鈴などは向こうには利用価値がないだろうし、余っている分を売って貰う分には問題ない。
切裂猪将の肉や素材なんかは冒険者ギルドでも欲しがるだろうが、あれが無ければギルベルト達は食料が不足するし、素材なんかも加工して有効活用しているんだろうからな。
「援助を口にした上で、価値のある物を根こそぎと言わぬのがリューク様らしというか」
「それでは強盗と変わらん。向こうが出してもいいと思う物を、出せるだけで構わないさ」
「リューク様であれば、このまま儂の領地をお任せしてもいいかもしれませぬな」
「ギルベルトの奴もそんな誤解をしていたな。ブリトニーと俺が結婚して、この領地を継いだと勘違いしていた」
「ほう、それはいい考えですな。少々薹のたった孫娘ですが、人族の年齢に換算すればそこまで歳の差はありませんぞ」
魔族を嫌ってる訳じゃないし、ブリトニーの事も嫌いって訳じゃない。
だが、今の俺の立場で魔族を嫁なんかにしたら、面倒な事態がさらに面倒な方向に向かいかねないからな。
「今は領地経営を軌道に乗せる事と、三魔将の件で手一杯さ。色恋沙汰はもう少し落ち着いてからでいい」
「時間はあります。じっくりと考えていただければ……」
「そうだな。この地に暮らす全ての者に平穏が訪れる事を祈って乾杯といくか」
「それと、新しい領主様の誕生にも……。人族、ドワーフ、魔族。これだけの種族を纏める領主などリューク様が初めてです」
「手を取りあえる者とそうでない者。いずれ他の連中にも理解ができる日が来ればいんだが……」
手を組めない敵や、絶対に倒さないといけない相手は存在する。
俺に言わせれば時空大魔怪皇帝と超魔怪将軍は絶対に許せぬ敵であり、手を組む事などあり得ない敵だ。
人族や他の種族間でも同じような相手はいるだろうし、無責任にそいつらと手を組めとか仲良くしろとは言わないさ。
「多くの種族と手を取りあえる新しい領主様に乾杯……」
「乾杯」
新しい領主か。
種族や人種。国籍を超えて仲良くする事は可能だろうが、お互いに何処まで譲歩できるかだよな。
今回の一件だってオープンダンジョン産の素材などを全部提供しろとか言えば、流石にアンドロシュ村の連中も俺を敵とみなしただろう。
俺がそこまで切羽詰まった状況じゃなかったのと、それどころじゃない仕事を山ほど抱えているからあの村にかまっている暇がないだけだ。
だが今の俺はブレイブ。このブレスを身に着けている以上、この力は誰かを傷つけて何かを奪う為には使えない。
だからできるだけ穏便に、みんなが手を取りあえる領地を目指して進んでいこう。幸いにして頼りになる仲間は多いしな……。
読んでいただきましてありがとうございます。
誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。
 




