第九話 さて、とりあえずは毛皮の現金化か、今から冬になるしそろそろ需要も出て来るだろう
頭犬獣人との戦いは村側の一方的な勝利に終わった。というか、こっちは罠を仕掛けて矢の雨を降らせただけなんだけど、事前の準備がどれ大事なのかは全村人が理解しただろう。
倒した頭犬獣人は魔石を抜いた後で穴に落として集めて焼いた。こいつには他に金になる素材は無いし、肉も食えないからな。当初予定していた首を並べる計画は、衛生上よくないと考え直してやめたんだよな……。
頭犬獣人襲撃でよかったことと言えば、パン焼き業務から俺がほとんど開放された事かな? 今後は十人くらいでローテーションを組んで、村で食べるパンを焼くらしい。
さて、無事に頭犬獣人の襲撃を撃退した次の週、俺は一旦トリーニに戻ることにした。目的は散々溜め込んだ白毛長兎の毛皮の現金化。それに虎牙蔓などの売却の為だ。
白毛長兎の毛皮については隠し玉というか、普段は決してお目にかかれないようなものが手に入ったので、かなり高額で取引されることが期待できる。
今回はまだ和紙の現金化はしない。アレに手を付けるにゃ、まだまだ準備が足りないからな。
「さて、とりあえずは毛皮の現金化か、今から冬になるしそろそろ需要も出て来るだろう」
この時期を選んだのは白毛長兎の毛皮が一番値上がりするからだ。
逆に春先に白毛長兎の毛皮なんて持ち込んだら、買取価格は五分の一程度には落ちる。何事にも売り時ってものがあって、それを逃せば買い叩かれるだけだからな。
目的は貴族街に近いわりと大手のサングスター商会。俺のこんななりでもギリギリ追い出したりされない商会だが、ここより格式の高い商会だと今の俺じゃ門前払いだ。
俺が向かったのは新規で取引を行う窓口。流石にこの時期は毛皮だけじゃなくて、いろんなものが持ち込まれてるみたいだな。
アイテムバッグを持っていない連中は背中に大きな籠をしょっているが、そこにいくつも麻袋が詰め込んである。あの中に何が入っているんだか……。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「白毛長兎の毛皮の買取をお願いします。最低でもこの品質の物を二百枚ですが」
「これ……、このクラスの毛皮を二百枚ですか?」
「はい、このマジックバッグに入っています。ここに並べる事も出来るのですが、邪魔になると思いまして」
受付窓口はそこそこ広いけど、冒険者ギルドじゃないから流石に毛皮を二百枚も並べるだけのスペースなんてない。
それにほかの毛皮ならともかく、この品質の白毛長兎の毛皮をそんなに雑に扱いたくはないだろう。この毛皮、この辺りじゃ信じられない位の高級品だしな。
「少々お待ちください」
「わかりました。お手数をおかけします」
別に虚勢を張る必要はないし、丁寧に対応するに限る。
それすらできないバカは案の定、別の窓口で持ち込んだ商品を買い叩かれてたりするけどな。あいつらは一度商売ってものを勉強しなおした方がいい。
「お待たせしました。こちらの部屋にお願いします」
「すみません。失礼します」
「こちらにお掛けください。飲み物はワインでよろしいですか?」
「はい、お手数をおかけします」
ワインか……。この辺りの水はそこまで悪くないが、商談でお茶代わりに出すとなるとワインを出すしかないよな。場末の酒場じゃあるまいし、流石にこの規模の商談の場でラガーブクやエールブクは出さない。
ワインに手を付けるかどうか迷ったが、商談前なので一応控える事にした。この程度では酔いはしないが、用心に越した事は無いからな。
「お待たせいたしました。私が毛皮の取り扱い責任者ワインバーグです。本日は良質な白毛長兎の毛皮を大量にお売りいただけると聞きました」
「初めまして、私はリュークと言います。とても栄養状態の良い白毛長兎の狩場を見つけまして、すべてこの品質の毛皮が揃っています」
「……素晴らしい。その名の通り絹の様な美しい白く細い毛です。ここまで高品質な物はいままで見た事がありません」
そうだろう、あの荒れ地はいろいろとおかしい。山鶏の数も異常だが、白毛長兎の生息数もはっきり言えば異常だからな。
よっぽど餌が豊富なのか、あそこまで栄養状態のいい白毛長兎なんて他ではありえない。
「出来るだけ傷が付かないように仕留めていますが、何処か気になる事があればお願いします」
「狩りの腕も相当ですな。ほとんど頭部を一撃ですか」
「毛皮が目的ですので、出来るだけ傷が付かない様に仕留めています」
「本当に素晴らしい……」
おそらくこの毛皮の売り先は王都だろう。流石にこの品質の毛皮で作った商品は、この辺りの貧乏貴族に買える代物じゃない。
この辺りを管理するレナード子爵家でも、こんな高級品で服を仕立てる余裕なんてないだろう。余裕があるとすれば西南側を支配するロドウィック子爵家位か? あそこは羽振りがいいしな。
「それと、ほんの五枚ほどですが繁殖期のメスに極稀に起こる金毛現象の毛皮、通称金毛長兎もあります」
「金毛長兎があるのですか!! アレは滅多に起きないと聞いていますが」
「私が調べた限りでもかなり栄養状態がよく、外敵の少ない場所でしか起こらないと聞いています。実際目にした時はこの目を疑いました」
マジックバッグから一枚だけ金毛長兎の毛皮を出した。
白毛長兎が金毛長兎に変化する条件は詳しく知られていないが、色々と憶測が飛び交っている状況だ。
金毛長兎の毛皮は一枚で白毛長兎の毛皮百枚に勝るといわれている。流石にこのクラスの毛皮になると王族以外で身に着ける事は無い。
「素晴らしい。本当に素晴らしい。私が毛皮の取り扱いを始めて二十年、初めて実物をこの目にすることが出来ました」
「その価値を理解できる方でしたら、五枚ともお売りしたいと思います」
「五枚全部ですか?」
「はい。全部です」
金毛長兎の毛皮を一度に五枚だ。おそらくサングスター商会設立以来の大取引になるのだろう。
ワインバーグの顔から完全に営業スマイルは消え、真剣な表情で買い取り価格をはじいてるようだ。ここでおかしな対応をすれば俺が別の場所塗りに行く危険性すらある。
「まず初めの白毛長兎の毛皮二百枚ですが、一枚を千スタシェル。二百枚で二十万スタシェルで買い取ろうと思います」
「品質には自信がありますが、そこまで高値で買い取っても大丈夫ですか?」
「はい。王都で売る事を考えれば、問題ない買い取り価格です」
二十万スタシェル。こあの村で暮らすのであれば普通は一生安泰な額だ。そこまで贅沢もせずに慎ましく暮らせばだけどな。
支払いは大金貨か金貨だろうが、金貨なんて割と大きめの商会か貴族くらいしか手にした事の無い貨幣だ。
「それと、こちらの金毛長兎の毛皮ですが、五枚で百万スタシェルでいかがでしょうか?」
「サングスター商会さんとは今後も取引があると思いますので、その額でお願いします。もしまた見つかる事があれば間違いなくこちらにお持ちしますよ」
「そういっていただけるとありがたい。支払いは金貨の方がよろしいですかな」
「お手数ですが金貨三枚分だけ銀貨でお願いできますか。細かい支払いに苦労する事もありますので」
「わかりました。百二十万スタシェルを金貨百十七枚と銀貨三百枚でご用意します」
本当だったら偽金貨や偽銀貨の心配をしなけりゃいけないんだが、今回に限っては問題ないだろう。
これだけのお取引に贋金なんて使えば商会の信用は地に落ちるし、それが発覚すればこの商会は間違いなく取り潰しになるからな。
しばらくすると大きな台座に乗せられた金貨の山と、皮袋に詰め込まれた銀貨が運び込まれた。
銀貨はともかく、流石に金貨は本物だと見せる必要があるからだろう。
「こちらになります。ご確認ください」
「皮袋まで用意していただけるとは。ありがとうございます……。間違いないと思いますのでそのまま皮袋に詰めてください」
「確認されないんですか?」
「私は信用した相手は疑いません。それに、サングスター商会さんがそんな真似をする訳がありませんので」
偽金貨なんて使っただけで死刑になりかねないしな。このクラスの商会が支払いに混ぜる訳はない。そこんところはちゃんと信用してるぜ。
それに枚数だって同等以上に信用に直結する。ここで僅かな額を惜しんで枚数を少なく渡したりすればどうなるか、その位は理解しているだろうからな。
「お若いのに大したお方だ。これだけの金貨を前にして緊張もされていないみたいですが」
「金は使って生かしてこそ。ここにこの形であるうちは、そこまで価値がある訳じゃありませんよ」
俺が考える計画の、元手の元手に過ぎないからな。
こんな額で動揺してたら、本当の目的を達成する前に心臓がいかれちまうぜ。
「本当に凄いな。今後もぜひこのサングスター商会を御贔屓に……」
「今後、毛皮などはすべてこちらに持ち込ませていただきます。一年に一度程度になると思いますが」
「毛皮の時期から考えればそうなるでしょうな。他に何か商品があれば声をかけていただけると助かります」
「その時はよろしくお願いします」
と言ったが流石に和紙はここには卸せない。
アレは取り扱いを間違えるととんでもない事になるからな……。
これで当面の資金はできた。後はいろいろ街で買いあさった後、いったんあの村に戻らねえといけない。俺の旗揚げはもう少し後だ。
読んでいただきましてありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです。
誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。