第八十八話 いえいえ、部外者には聞かせたくない話や合わせたくない相手はどこにでもいますので。こちらこそ間の悪い時に来て申し訳ない
大事な来客があるという事なので俺はギルベルトの家の一室で待たせて貰う事になった。
その大事な客とやらがブリトニーなのはわかっているので、別に隠れる必要はないんだがな。というか、あいつ俺が此処にいるのに気配で分からないのか? ちょっと気が緩み過ぎじゃないのか? 最近は盗賊ギルドの仕事なんて本気でしてないみたいだし。オスヴァルドだったら数キロ先で気が付くぞ。
ブリトニーはたまに味醂のウォッカ割やスクリュードライバーを飲んで悪酔いした挙句、その現場を目撃したオスヴァルドに説教をくらってる姿を見た事もあるので、以前の様な凄腕の盗賊ギルドの刺客といったイメージは欠片も無い。気を抜いた生活をしてたらすぐああなる奴だったんだな……。
「せっかくこんなところまで来られた時に申し訳ありません」
「いえいえ、部外者には聞かせたくない話や合わせたくない相手はどこにでもいますので。こちらこそ間の悪い時に来て申し訳ない」
「そういっていただけると助かります。私は守備隊長をしていますギルベルトの妻でクラリッサ。この子は娘のマルテです」
「マルテです」
母親の真似をして自分の名を告げた少女。見た感じまだ幼女といえそうな年齢だろうによく躾がされているようだ。
魔族の家、森の中なのであまり広いいスペースを確保できていないんだろうが、こじんまりとしていい感じの家だな。
さて、ここで雑談をしてもいいんだが気になるのはブリトニーが此処に来た目的だ。いつからあいつらがこの村に来ていたのかと何をしているのかくらいは知っておいた方がいいだろう。
この娘を懐柔するのが一番の近道か、子供にはやはり甘いお菓子だよな。
「マルテちゃんか。今はこんな物しかないんだが……、この子、何かアレルギーとかないよな?」
「アレルギーとはなんですか?」
「食べられない食材や特定の食材を口にすると体に変調が起こったりすることだ」
「聞いた事もないですね……。この子もそんなことはないですよ」
今までアレルギー持ちなんて見なかったけど、この子がそうじゃないとは限らない。
ガキの頃は周りにそんな奴はいなかったが、もしアレルギー持ちで口にできない食材があれば真っ先に死んでるだろうし。あれこれえり好みして生きてけるほど甘い世界じゃないかったしな。
という事はこの子には何を食わせても大丈夫か、ブレスのアイテムボックス内にクッキーやフィナンシェがある。子供には甘い焼き菓子がいいだろう。
「クッキーとフィナンシェだ。突然邪魔をした迷惑料じゃないが食べてくれ」
「これは……、見た事もないような食べ物なんですが」
「形の変わったパンみたいなものさ。少し甘くておいしいぞ」
「甘くておいしいの?」
「ああ、こっちのはサクサクしてて、こっちの長細い方は少し柔らかいぞ」
両方とも俺が作った焼き菓子だが、クッキーの方も乾燥させた木の実を入れてあるから一味違うぜ。
砂糖じゃなくて麦飴を使ったから少し甘味は弱いけどな。
「おいし~っ!! こんなにおいしいモノ食べたの初めてだよ!!」
「私もひとつ……。これはおいしいです。パンとはかなり違うようですが……」
「パンも焼き方と材料次第で全然形が変わるけどな」
断言してもいいが、この世界では食パンは出てこない。
一応レシピは渡してあるので城塞都市トリーニに限っては売られている可能性もあるが、アンパン程度の大きさのちょっと固めのパンが一般的だ。
あのパンの正式名称は知らないが、この世界でパンといえばあれを指すのは間違いない。王都でも売られているかどうかは知らないけどな。
「お兄ちゃんこれ美味しいよ!!」
「ん? ああ、俺の事か。それはよかった、まだたくさんあるから遠慮せずに食べていいよ」
こんな小さな子が俺の事をお兄ちゃんなどと呼んでくるとは思いもしなかった。
そういえば俺もまだ十七だし、お兄ちゃんでも十分に通用する歳なんだな。
【転生詐欺ですよね~】
そこうるさい。中身は完全におっさんでも、姿はまぎれもなく十代の少年だ。
「この村は食料は意外にあるのですが、木の実や肉類は豊富でも穀物類が常に不足していまして……」
「オープンダンジョンで入手できる物でしたらそうでしょう。肉類も限られる物だけだと思いますが」
「お肉は鳥さんと豚さんが多いの。たまに何か教えて貰えないお肉もあるけど」
「山羊か羊かもな。割と肉に癖があるし……。後は兎系」
多分本当は蛇とかカエル系だろうな。
あの辺りの魔物の肉も食えるし、オープンダンジョン内だったら出現してもおかしくはない。
「そのあたりはちょっと教えられませんけど、本当にたまになんですよ」
「剣猪の肉が一番安定して美味しいんじゃないかと思いますけどね。煮ても焼いてもおいしいですし」
「煮るの? お肉を?」
「煮豚や東坡肉はこの辺りでは作らないのかな? 調味料も無い気がするし」
醤油が無いとどっちも難しいしな。
後は甘味を付けるのに必要な砂糖類もこの辺りだと入手が難しいかもしれない。米飴や麦飴も穀物が豊富に無いと作りなくいだろうし。
「普段は焼いて終わりですね。塩や香辛料はそこそこあるのですが、砂糖などは殆どありませんし」
「穀物もそうでしたけど、砂糖なんかの入手はどうしているんですか? オープンダンジョン産の宝物でも売って換金です?」
「いえ、昔からこの村を訪ねて来て下さる方にお願いしているんですよ。この村で不要な宝物は食料と交換していますが」
「昔から? この村は二百年以上前からあるんですよね?」
「私が知る限りでも、百年以上昔からと聞いています」
ということは、先代の魔王がいた頃からここを拠点として認め、物資を運び込んでいたわけだ。
元々この辺りは魔族領だし、その頃にはもう少し外部と接触があったかもしれないしな。
「なるほど……。大体状況は理解しました」
オスヴァルドが何歳でいつからこいつらと接触していたかは知らない。魔族も長寿の筈だから百歳以上でもおかしくないしな。
前任者がいてオスヴァルドが後を引き継いだのか、それとも最初からオスヴァルドがこの村を魔族の拠点として維持させていたのかは分からない。今もその体制を維持しているのは幾らか問題があるが、敵対して人間側にちょっかいを出してこないんだったら問題は無い。
オープンダンジョンは魅力的だが、正直この村に住んでいる魔族を排除してここに新しい村を作りなおすのは手間だし、そこまでしてオープンダンジョンを手に入れたいとは思っていないぜ。
ん? ギルベルトが帰ってきたようだな。
「紹介しますブリトニー様、この者は今日この村を訪ねて来た魔族でリュークといいます」
「リューク? まさか……」
「よう、ブリトニー。こんな所で会うとは奇遇だな」
「何故お前がこの村に?」
「森の入り口で木を伐採した後を見つけてな。調べたら此処を見つけただけだ」
あの木の伐採後はこいつの仕業だろうしな。
切った枝の高さから考えて、アレをしたのがオスヴァルドという可能性は低い。そもそもオスヴァルドはそんな不用意な真似はしないだろう。
ちょうどブリトニーの頭の高さ位だし、今のこいつだったら髪が引っかかって邪魔だって理由で枝を切り落としそうだしな。
さて、色々と聞きたい事や今後の話もあるし、こいつにはその交渉役になって貰うとするか。
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