第八十七話 理解不能な状況だが、誰かを誘い込むためにわざと目立つ様に細工を施した? にしては森の中の獣道に偽装したこの道には仕掛けが無いし、百人規模の村か何かには向かっているよな?
森の奥に進む事おおよそ三十分。獣道に偽装している小道は何度も左右に大きく蛇行しながら森の中心部へと向かっている。
しかし妙だ。これだけ蛇行してまで存在を隠すのであれば、わざわざ入り口と思われる場所の木に手出しをする事が理解できない。あの程度の規模で伐採して得られる木材であればそれこそこの辺りで採取すればいいし、ここまで奥であれば外部から目立つ事は無い。
「理解不能な状況だが、誰かを誘い込むためにわざと目立つ様に細工を施した? にしては森の中の獣道に偽装したこの道には仕掛けが無いし、百人規模の村か何かには向かっているよな?」
【はい。このまま進めば十分ほどで到着予定です。魔怪種や汎用戦闘種の反応などもありませんね~】
あったら流石におかしいしな。
もう少し気がかりな事がある。この先に村があるとするならばだが、もう少し食える山菜というか森の恵みがあってもおかしくない筈なんだ。
今は四月とはいえ、春先に身を付ける木も多いしベリー系はこの辺りでも最盛期の筈。なのに周りを見渡しても実を付けている枝はおろか花を咲かせている木すら見当たらない。
【もう収穫した後では?】
それでも木ごと食う訳じゃないんだ、何本かはベリー系の木はあるがちょっと見た限りでも百人を食わせていけるだけの食糧が生えてないというのはおかしい。
蔓芋も幾つか見かけたがあの感じは実を取り尽くしたわけじゃなさそうだ。
百人を食わせるだけの木の実や山菜が生りそうにない場所で、食料を収穫せずに見逃す? いや、どう考えてもあり得ないだろう。
「この先に住んでる奴らに事情を聴けば分かる事か。いくつか仮説はあるが、あくまで推測の域を出ない」
【襲ってきた場合はどうしますか? 今のマスターでしたら負ける事は無いですが】
出来るだけ穏便に話し合いたいもんだ。もし仮にエルフの場合こちら側に引き籠めれば今後の領地運営が楽になる。
エルフは森の民と呼ばれることもあるが、その名の通りに木の成長魔法などに長けているんだ。
村の入り口らしきものが見えてきた。なるほど、ここまで偽装すれば森の中に村があるとは分からないよな。ここから入口の方を振り返っても完全に視界を封じてある。
ん? 殺気か!! 気配を消している? いや、この技はあいつらがよく使っていたアレか。
「止まれ!! この先は立ち入り禁止だ」
「この辺りは誰にも管理されていない筈だが? この森の領有権を主張するつもりだったら、正式な証を見せてもらえないとな」
「ここは我らが二百年以上住んでいる森。正式な証など無いが、その歳月こそその証だ」
二百年以上? という事はこいつらの正体は確実に人間じゃない。
逃げ出した領地拍の一族がこの辺りを魔族から切り取ったのはもう少し後だ。という事はこいつらの正体は魔族かエルフという事だが……。
「お前たちは魔族領のど真ん中で森の領有を主張するエルフなのか?」
「……それだけの闇の気配。なるほど我らの同族か」
【マスターって相変わらず魔族と間違われますね。ブレイブ前の経緯は問題だと思うんですが、少しは闇の気配をおさえたりしませんか?】
現役時代に比べれば十分に抑えてるだろう?
それとも何か? いっそ開き直って、あの時と同じように漆黒のマントを羽織えとでもいうのか?
【流石にそれはちょっと……。でも、今でもあの力は使えますよね? 私がマスターの身体をオートパイロット状態にした時は使えてましたし】
かなり抑えてたけどな。
それはいいとして、今は勘違いしてるこいつらをどうするかだが……。
「分かって貰えたんだったら姿位見せてくれないか? こちらは敵対する意思はない」
とりあえずだけどな。
こいつらが魔族だとすると、旧魔王派か新魔王派かがかなり重要になる。
オスヴァルド達の知り合いかどうかもそうだが……。
「俺はこの村の守備隊の隊長をしているギルベルトだ。こんな所に何の用で来た」
「俺の名はリューク、この森の入り口で怪しい伐採後を見つけてな。何が潜んでいるのか分からないが調べてみようと思っただけだ」
「森の入り口に伐採後? おかしいな、我々は森から出る事など無いし……」
「隊長、あの方々じゃありませんか?」
「馬鹿いえ。あの方々がそんな不用意な真似をする訳はないだろう。という事は近くに住む人間か何かが伐採したとしか……」
この近くに住んでいる奴はいないし、その上こいつらはここから出ない?
という事はこいつらは食料をどうやって調達しているんだ? しかも二百年近く村を維持できるほど安定した供給減があるという事だぞ。
「とりあえず村に入れ。同族だから安全だと思うが、おかしな真似はするなよ」
「襲われない限り手出しはしないさ。少し話をして問題無ければすぐに別の場所にいくしな」
「流れの魔族か。何か探しているのか?」
「いろいろとな。此処には俺の他に魔族が来たりしないのか?」
「定期的に来るんだが……。いろいろと訳ありでな。詳しくは話せない」
ほう、やはりここに来る魔族がいるのか。
あの方々とか言っていたし、この辺りを拠点にする魔族の集落が他にもある可能性が高い。
そいつらが森の入り口の木を切ったのは確実だろうが、ふつう隠れている同族のいる森の木を切るか?
「その話は少し置いといてだ、ここには百人近い魔族がいるんだろう? どうやって食料を確保しているんだ? それに、この森は禍々しい魔素も薄すぎる気がするんだが」
「それが分かるという事はやはり魔族なのか、その姿は偽装しているんだろうが……。森自体に禍々しい魔素は少ないが、こうして禍々しい魔素の結晶を持っていれば平気だぞ」
「禍々しい魔素の結晶……。普通の魔石とは違うようだが、そんなものがあるのか?」
「なんだ、それだけ強い闇の気配を発しているのにこれの存在を知らないのか? あきれた奴だな」
「必要なかったからな。何処で手にはいるんだ?」
「村の先だ。そこにオープンダンジョンが存在していてな。食料をはじめとする必要な物は大体そこで手に入る」
オープンダンジョン!!
森などがダンジョン化する事で普通のダンジョンよりも採集に期待が出来ると聞いていたが、百人規模の魔族を支えられるだけの収穫があるとは。
しかも二百年こいつらが狩り続けても枯渇せず、状況から考えてもそこから魔物があふれ出るような事も無いときた。
この村に居る魔族だけできっちり管理されてる訳だな。オープンダンジョンは魅力的だが、そのダンジョンを管理するためここに誰かを移住させて村を一から作り直すより、このままこいつらに任せた方がいいだろう。
「そこに出現する魔物は強いのか? 宝箱が出るかどうかも割と問題だが」
「最深部まで進めば宝箱位出るかもしれないな。村の連中を食わせるだけだったら切裂猪将辺りを狩ればいい」
「ここの連中は切裂猪将を狩れるのか? インフェルノサラマンダーとまではいかないが、かなり強力な魔物だぞ」
「狩れるのは俺たちみたいな守備隊じゃなくて、戦闘能力の高いダンジョン探索部隊の方だがな。俺たちだと精々剣猪までだ」
切裂猪将は剣猪の上位種で、体長は最低でも五メートルクラス、剣のような角の位置は鼻先と頭部に存在し、その角は鋼の剣よりも遥かに斬れるという話を聞いている。
城塞都市トリーニに所属する冒険者で切裂猪将を狩れるのはラッセル位だろう。
「剣猪も厄介な魔物だろう? オープンダンジョンにいる個体は外にいる魔物より数段強いと聞いているしな」
「ははは、俺たちが倒せるのはその外にいる剣猪さ。この辺りにもたまに出るんだ」
「食えそうな木の実は少ないのにな。ひとつ気になる事を聞きたいんだが、この村にいる魔族は新魔王派じゃないよな?」
「当然だ!! 俺たちが魔王様と呼ぶのは、あの忌々しい魔王に不意打ちで命を奪われたあの方だけだ」
旧魔王派で確定だな。
後の問題はこいつらが魔族至上主義者かどうかだが、二百年もこの森から出ていない事を考えれば穏健派だろう。
「試したようで悪かった。俺はあの封印してされている魔王を完全に消滅させてやろうと考えているんで、新魔王派とは少しな……」
「完全に消滅? 封印されているあいつを?」
「今のまま復活させるわけにはいかないが、三魔将を一人残らず倒した後だったら可能だろう?」
「そりゃ可能だと思うが。あの三魔将を倒せるのか? 今まで何人も魔族の騎士が挑んで返り討ちにされていること位は知ってるんだろ?」
三魔将の誰かで難易度は割と変わるけどな。
紅井がジンブ国で戦っている奴が一番厄介なあいつだろう。となると、魔族の国で汎用戦闘種に守らせている奴もだいたい想像できる。並の魔族だと汎用戦闘種にも勝てない。アレでも切裂猪将より強いし。
「三魔将が強いのは知っている。しかし、倒せない相手じゃない」
「どうやって? 我らの魔法では奴らを倒せぬぞ」
「闇属性の魔法や技が効かないだけだ。有効な攻撃手段を用意すれば問題ない」
正直携帯型魔導砲だって出力次第ではあいつらくらい倒せる。
今の俺が使って、俺の持つ氣を外部からチャージすればだがな。
「それが本当だったら大したものだ。……どうした?」
「その、例の方の使いが来られたのですが、今回も代理であの方が来られておりまして」
「おお!! ブリトニー様が来られたのか!!」
ちょっと待とうか。
誰が来たって?
オスヴァルド達がこいつらと知り合いなのは確定だが、ブリトニーを様付で呼ぶ仲か……。
こんな所で顔を合わせるとは思いもしなかったが、あいつがどんな反応をするか楽しむとするかな。
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