第七十九話 新年会に呼ぶ客の選別、料理の材料とコースと形式の指示に会場の確保。各方面との日時の調整などなど……。本当に仕事が山積みなんだが
今年も年末が近付いて来た。そう、今は年末で俺は領主になったにもかかわらず、いまだにアーク商会の執務室で領主の仕事をしていたりする。
屋敷というか城の改築が進まない事や、人手不足で城塞都市トリーニのフカヤ領側の区画整理とリフォームが終わらないのが原因なんだが……。
その為商会員は殆どいまだにあの従業員寮で暮らしているし、化粧品なんかの生産もここを拠点にしている状況だ。
「新年会に呼ぶ客の選別、料理の材料とコースと形式の指示に会場の確保。各方面との日時の調整などなど……。本当に仕事が山積みなんだが」
「そのあたりの都合は聞かないわよ。こんな物をこの忙しい時機に発表したリュークが悪いのよ」
「そうですよ。この商品のお陰でほとんどの商会員のお休みが無くなったんですから」
「その恩恵にあずかっている私たちは何も言えないですけどね。これの情報を知っていて頭がこれの発売を遅らせるとか言ってたら、女性従業員の殆どは反対したと思いますし」
俺が新しく発売を開始した商品は化粧品であり美容品でもある。
商品の基本ベースになっているのは化粧水なんだが、使われている成分というか薬効が今までの商品とは一線を画す。
元々化粧品に限らず薬なんかには個人差など各種問題が色々と存在する。しかし、この世界の傷薬や毒消しなんかにはそれが一切ない。誰に使っても一定以上の効果はあるし、回復薬や毒消し薬を飲んで薬疹が出たという話すら聞いた事が無い。
そこで、傷薬や高級傷薬をはじめとする各種回復薬と毒消しなどの状態異常回復薬を入手していろんな成分をそこから抽出、そしてその情報をもとに元の材料から効率よくお目当ての成分を取り出す方法を考えたって訳だ。
その成分を最高の状態で組み合げ、洗顔した後で使うだけで肌の状態を最高にする夢の様な化粧水を完成させた。うちの商会ですでに販売していた美容固形石鹸を泡立てて洗顔すれば更に効果が上がるので、その方法もおまけで付けておいた。
「美容固形石鹸の売り上げも倍加してるしな。食ってるのかって勢いだぞ」
「全身を隈なく洗うと半月も使えばなくなりますよ。上級貴族や王族の方は顔用や手用、それにお風呂場で使う用と一人で複数個使っているそうですし」
「情報源はそれか?」
「はい、愛用者からの感謝状ですね。いろんな情報が盛りだくさんですよ」
こうして使用者からの感想が送られてくるのはありがたいんだが、個人的に調整した専用の化粧品などの販売要望などが送られてくることもある。
そんな要望は無視してもいいんだが、送り主の手紙に王家の紋章が刻まれた封蝋付きで送り主が王女だったりすることもあるので無下に扱えない。
実際に本人に会わないとそんな調整は無理だし、この世界の移動手段じゃ高速馬車でも一週間かかる距離なので気軽に現地に行く事もできない。今の俺には領地の立て直しっていう一大事業もあるしな。
「こうして直接取引してる王族の女性はともかく、他はパラディール公爵家の長女レナエルが運営する大商会ローズガーデン経由での販売だが、あの商会が俺の存在を他に漏らすとは考えにくい。発注書や要望書の殆どはローズガーデン経由だ」
なにせ、今のままだとここから売り出される化粧品や美容品関係をほぼ独占できるわけで、他の商会が少量持ち込む程度では今の地位は揺るがないからな。
パラディール公爵家の長女レナエルは王族の一員みたいなものだし、その関係で王族にはバレたんだろうが俺を呼び寄せれば他の人間にも俺の事がバレる。新作を一番最初に独占できる優位性の為に、他人に漏らす事は無いだろう。
あの商会は王都に出回る最新の美容商品をほぼ独占出来てるのもデカい。
「今までの功績の一部でも知られれば伯爵くらいには陞爵されそうですけどね」
「頭は災害級のインフェルノサラマンダーにトドメを刺していますが、それだけでも十分な功績ですから」
「俺は勇者じゃないからな。魔物討伐での功績なんて無い方がいいのさ」
今の俺に武芸での功績なんて重荷にしかならない。
大体魔物討伐なんぞで名をあげてみろ、商会の運営もできない位に面倒事を持ち込まれるに決まっている。それに今は領地運営まであるしな。
「リュークが領主なのに冒険者になって商会を辞めたら、王都から役人が送られてきそうよね」
「ローズガーデン商会は間違いなく送ってくるでしょうね。流石にあんな化粧品はリュークさんしか作れませんから」
「簡単に複製できない品質にはしているからな。回復薬や傷薬をはじめ各種薬の材料から一番いい状態に仕上げてある」
女神鈴があれば完璧なんだが、アレは蘇生薬や豊乳薬の材料になる為に各地で乱獲され、すでにこの辺りの荒れ地ですら見かけなくなっている。
元々は雑草らしいんだが、その雑草が根絶やしになる規模で採集されたって話なんだから凄いよな。
「最新作の化粧水、私たちでも恩恵は凄いんだけど歳が少し上の女性なんて本当に喜んでるみたいなの」
「売り文句の【十歳は肌が若返る】は伊達じゃないですからね。回復薬の材料を使ってるからなのか、小さな傷位でしたら完全に治っちゃいますし」
「そのあたりは薬草の効果だ。肌が若返るカラクリもそのあたりを利用している訳だしな」
一応色々考えて薬効に関してはかなり神経を使って調整してある。推奨している量の倍程度であれば副作用は出無くしてあるし、ぶっちゃけると一度にひと瓶丸々使っても一定以上の効果は発揮しない。
この世界の錬金術師用の設備はかなり高性能で、この機材を使えばいろいろと別の方面でも楽になるんだよな。
清酒に使う麹なんかの抽出にも役立って貰ったし、調整次第ではペニシリンの様な抗生物質も入手できるかもしれない。
「どうやったらこんな化粧品を思い付くの?」
「困ってるとか不便だと思っている事をひとつずつ潰すのさ。乾燥肌とかも痒みの原因になって困るだろ? それじゃあ困らないようにするには、保湿成分や肌の乾燥を治す成分が必要になる。それを調合してクリームやローションに加工していくだけだ」
「魔導具の時も思ったけど、本当にリュークって色々とおかしいわよね」
「普通は困ってる事があっても、それを簡単に解決する方法は見つからないのでは?」
「知識ってのはそういう時に役に立つのさ。俺もまだ知らない薬草や植物なんかは多いし、魔物の素材も多いぞ」
魔物の素材というか、動物などの分泌物やその成分にも化粧品や美容関係の商品に使える物が意外に多い。
特にいいのが植物系の魔物だ。この辺りは薬としては教会で使われていないらしいので、シスターシンシアや教会には迷惑をかけないで済む。
この辺りは随時研究中なので、いい素材が見つかれば商品として採用する。問題はその入手経路だ。
「魔物の素材なんてこの辺りで手に入るの?」
「それに関しては各地の冒険者ギルドに依頼してる。持つべきものは王族の顧客だよな」
「……ローズガーデン商会経由で頼んでるの?」
「向こうに渡す資料にこんな能力を持つ魔物の素材があればこんな化粧品が~って内容を書いているだけで、欲しいとは一言も書いて無いぞ。各地の冒険者ギルド経由で何故かいろいろ送ってくるみたいだが」
再生能力の高い魔物の体液を研究すれば、当然肌の再生に役立つ成分位見つかる。
化粧品に入れられる成分なんて本当に微々たる量なので、一体分の素材でかなりの量が生成可能だ。
足りない時はこの魔物の成分を研究できれば試作品の化粧品の量産が可能ですと書けば、よほど希少な魔物以外は送ってくれるしな。
「そのうち怒られるわよ」
「貰った分に見合う商品は開発しているさ。劣化した皮膚の再生は若返っているようなものだからな。ある程度の年齢を超えれば、その効果は抜群だろう」
一番新作の化粧水は四十代でも毎日使用してれば、ひと月程度で二十代後半くらいには肌が再生するからな。
再生限度というか肌の若返りは二十代前半辺りが限界で、さらに言えば寿命が延びる訳じゃないから問題は少ない筈。
そろそろ発売してひと月なんで、その効果は発揮しているはずだが……。
「化粧水の増産ってできないの?」
「今作ってる量が限界ギリギリだ。フカヤ領側に建設中の新しい商会と工房が完成すればもう少し増産可能なんだが……」
「移動した後もここを使わせて貰えるの?」
「しばらくは大丈夫だが、最終的には全部向こうで生産した方が効率は良い」
向こうの工房とこっちの工房で職人を分散させるのはデメリットしかないしな。
結局新商品と一部の主力商品は俺にしか生成や調合ができないんだから、離れた場所に工房を作っても意味が無い。
石鹸やシャンプーの生産くらいはしてもいいが、リチャーズの領地でいつまでも生産しているとあいつに税金を納めないといけないしな。結構な額になるしうちの領の貴重な税金だ。
「増産できないのは理解したけど、今来てる注文分が生産されるまでどこにも行けないわよ」
「新年会の為のあれこれが山積みなんだが」
「場所や日時の調整でしたら儂らの方でいたしますが」
「すまないが今回は任せた。向こうにも知り合いがいるだろうし、そっちと調整して貰えるか?」
元盗賊ギルドのメンツはほぼ全員魔族だしな。
新年会は各家で行われるし、俺も呼ばれるだろうから日時の調整は不可欠なんだよ。順番的にはまだ男爵な俺が一番最後だろうが……。
「元旦は各家で身内を集めて新年会を行われますので、三日以降に順次といった所ですか。七日辺りが一番可能性が高いですな」
「それまでに手配しなけりゃいけないものも多い。何人呼ぶかにもよるが、食材や食器だけでもひと仕事だぞ」
「アルバート子爵家やレナード子爵家にはすでに食器などはありますからな。意匠を合わせた物を人数分集めるのは大変です」
「銀製のナイフやフォーク類はドワーフに発注済みだ。皿に関しても今集めているところだが……」
問題は料理人がいない事だ。
流石にイザドラに新年会の料理を任せる訳にはいかないし、新年会までに凄腕のシェフが見つかる可能性は限りなくゼロだ。最悪俺が作ってマジックバッグに保管する羽目になりそうだな。
「食材に関しましては、王都辺りに使者を出せば大抵の物は集められます。既にこの辺りにある食材も多いですが」
「もう一度交易船が来ればいいが、手持ちの食材で何とか凌ぐしかないだろうな」
乳製品も肉類もある。砂糖も十分な量があるし香辛料だって揃っているんだ、その気になればどんな料理でも作れる……。
時間がかかる一部の料理は無理だが、そこまで手の込んだ料理を選ばなければ大丈夫だろう。
「こちらは新年会に相応しい料理のレシピです」
「手回しがいいな。この中からコースを組んでその食材を手配するか」
「マジックバッグを使って季節外れの食材を用意する事もあるそうですが、今回はそこまでする必要もないでしょう」
「新年らしい目出たそうな基本メニューと数品選んでコースにするさ。誰を呼ぶかも問題だが」
リチャーズたちは当然として、各家から数人ずつと身内を何人かだな。
向こうの都合もあるだろうし、出来るだけ早めに決めなきゃいけない。
「こちらの事情も知られていますし、今回に関しては規模を抑えめにしてもよろしいのでは?」
「それでも最低限度の規模は必要だ。手土産も含めてな」
新年会に呼ぶ場合、手土産として何か手渡すのが普通らしい。
俺も新年会に呼ばれるのでそこで分かりだろうが、それから用意していたら間に合わないからな。
今年は瓶詰にした長期熟成ウイスキーと焼き菓子のセットにするか。清酒はまだ来客全員に渡せるほど潤沢には無いし、アレを配るとオスヴァルド達ににらまれる……。
魔族連中がほぼ全員清酒にハマってくれたのは良いが、おかげで気軽に清酒を飲めなくなったのは痛かった。今年の仕込みも前年に比べてかなり多くなったが、来年はさらに多くの米を清酒に変えられそうだ。
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