第七十七話 鍛冶屋の腕はわかったが、杜氏としての腕。つまり酒造りに関しても幾つか聞きたい事があるんだが
鍛冶屋としてドワーフに協力して貰う約束は取り付けたし、今から移住希望者というか城塞都市トリーニの近くの山に移っても良いって奴を募るらしい。あの山だったら普通の馬車でも半日あれば着くし、既に村を作る為の資材は近くに届けてある。
移住に関しては急いでほしい所だが、焦らせても仕方がない。どうせ来るんだったら本人に納得してきてもらった方がいいしな。
「鍛冶屋の腕はわかったが、杜氏としての腕。つまり酒造りに関しても幾つか聞きたい事があるんだが」
「酒は売らんぞ。ここで作っておる酒は全部我らで飲む酒だ」
「いや、酒を売ってくれとは言わんよ。蒸留機に関しては幾つか作って貰うかもしれないが」
「蒸留器など、人族でも作っておるだろう」
「蒸留器にもいろいろあってな。細かい仕様の違いというか、なかなかこれが難しいんだ。下手すると錬金術用の機材を使う羽目になる」
ジンなんかの生成には錬金術用の機器を使っているからな。
単式蒸留器や連続式蒸溜器がいくつもあれば、酒の生産は格段に楽になるぜ。別に酒類をそこまで量産しようとは思わないが、連続式蒸溜器は他にも使える。
「なるほど、鍛冶だけでなく酒造りでも驚かされるとは。確かに細かい加工が必要な物も多いな」
「錬金術用の機材を作れる奴もいるんだ、この辺りの機材の製造は任せてもいいだろう?」
「いくつかはこの村で酒造りに生かせそうだ」
「ここで製造して使う分には文句は言わないさ。……酒といえば、この村ではどんな酒を造るんだ?」
酒の話になったとたん、なんとなく緊張感というか独特な殺気を感じるな。
いや、別に酒を売れとか飲ませろって言ってる訳じゃないんだ、どのレベルの酒を飲んでいるか知りたかっただけだが。
「主にウイスキーだ。残念ながら今年は麦が手に入らなくて多くは仕込めなかったがな」
「インフェルノサラマンダー被害の影響ということか。今年も少しは仕込めたのか?」
「近くで育てておる麦でほんの少しだけな。飲めるまでに数年かかる」
「ここではウイスキーを何年寝かせるんだ?」
「五年だな。街で売っておる三年物などまだまだ熟成が足りん」
同感だが、三年物でも飲める酒はそこそこあるぞ。長期熟成のウイスキーは確かに旨いが、気軽に飲むには少し値が張りすぎる。
長期熟成の酒にしても酒造ごとに結構味や趣が違う、度数もそうだが一長一短あってどれがいいとは限らない。……鼻に抜ける香りがまるで泥や燻製の煙の様な酒って例外もあるが。あの酒はどんな層に人気なんだ?
「五年か……、熟成を極めた酒がある。少し試してみないか?」
「ほう、酒の事で我らを試そうとは。鍛冶では驚かされたが酒はそうはいかん」
「売値は幾らか言わないが、ちょっとこの酒を飲んでみるか? 世界が変わるぞ」
「大袈裟な……、香りは確かに素晴らしいな。味は……」
一口飲んだ時点で目を見開き、グラスの酒を味わいながら飲みつくすまで一言も発しなかった。
流石に何も言えないか。以前見つけた酒精の強い酒を、マジックバッグ内で五十年熟成させた酒だ。
喉を焼くような超強力な酒精と、その奥にあるほのかな甘みが特徴だ。俺が飲む場合、ロックで少しずつ楽しむか果汁で割るんだが……。
「いい酒だろう?」
「こんな酒、どうやって造ったか想像もできん。五年や十年ではこの味にはならんぞ」
「その酒は樽で五十年熟成させた超長期熟成酒だ。酒精の強い酒を五十年熟成させるとその味になる」
「五十年……、それほどの年月が必要な酒か。このような酒を惜しげもなく試させるとは」
エルフには流石にかなわないが、ドワーフも割と長寿だと聞く。
そんなドワーフでも、五十年酒を管理し続けるのは至難の業だろう。何か事故があれば一瞬で台無しだし、途中で飲みたい誘惑に負けても終わりだ。
「さっきの仕事の依頼。その酒の樽で支払ってもいいぞ」
「本当か!! 五十年物の酒の樽。……あの仕事でもこれを十樽欲しいとは言えぬな」
「この酒にそれだけの価値を認めて貰えるのであれば、十五樽提供しよう」
「……この酒を、十五樽も用意できるのか?」
「その樽のサイズで五十までだったら用意できる」
五十年物とは言わないが、四十年熟成状態の樽も割とある。後はマジックバッグ内で十年余分に寝かせるだけなんで、数ヶ月もあれば完成するぞ。
時間進行速度が五十倍のマジックバッグは石鹸や美容品の生産でほとんど使われているので、最近は四十倍や三十倍のマジックバッグを使うことが多い。
俺の個人的な商品の生産よりも、商会の商品増産の方が優先されるからその辺りは仕方がない。それでも俺用に四十倍とか三十倍を幾つも回して貰えているのがありがたいからな。
「冗談……ではないようだな」
「誰も笑えない冗談は不快なだけだからな。俺はその手の冗談は好かん」
「どうやら我らも誰かに仕える時が来たようだ。この場所に住むドワーフ約千五百名、新しい領主様に仕える事を誓う。我はここでドワーフ族を率いておるジークベルトだ」
「俺はリューク・フカヤ、心強い仲間が増えた事を歓迎する。仕事の依頼料とドワーフの忠誠に対する報酬だ。さっきの酒を三十樽支払おう」
ケチな上役は受けないからな。払う時に十分な報酬を出せない奴は人の上に立つ資格はない。
ドワーフがどのくらいの力を持っているかは未知数だが、今後俺の領地の要になるのは間違いないしな。
「気前の良いお方だ。それに懐も広い」
「儂らを簡単に受け入れる程じゃ。これほどの器を持つ者もおらんじゃろう」
「何か必要な物があれば知らせて欲しい。今後は俺からの依頼も増えるだろうしな」
仕事が増えるどころか、今依頼している銅線と鋼線の生産分だけでも相当な労力だろう。
あの銅線を魔銀で加工すると魔導モーターのコイルに化けるんだよな。銅線はそのまま使って魔石を俺が設計した魔導回路を組み込んだユニットに繋いで電気を発生させて、そのユニットに接続して普通のモーターとして使うって方法もある。効率的には魔石の魔力をそのまま使った方がいいが、安定するのはユニットに接続して電気で回した方だ。
魔石での発電は効率がいいんだが、結局魔石をそのままエネルギー源として使った方が強力で使い勝手がいいからそうしているだけだ。ただ魔導具として制御を考えた場合、いったん電力に変換して電気で作動するようにした方が楽だ。俺が元々家電製品が存在する世界から来たってのもあるが、色々な家電製品の設計図が頭の中にはあるからな。
「今まで儂らはこの辺りから入手できる者だけで暮らせておる。たまに人族の街に取引に行く事もあったが、剣やナイフなどを売るだけで十分な金を得る事が出来たのでな」
「旧ロドウィック子爵領内で売られている農機具や剣が人気だった事は知っていたが、そんなカラクリがあったのか……」
ほとんど山の無いレナード子爵家の領内と、おそらくどこかにドワーフ位いるんだろうがあまり多種族と交流しようと思っていないアルバート子爵家の領内ではドワーフ謹製の鉄器は売られていなかった。
冒険者の殆どは人間の鍛冶屋が鍛えた剣や槍などを使ってるのだが、一部の冒険者はドワーフが鍛えた剣を使ってるという話だ。おそらくそいつらはこの話を知っていたんだろうな。
穀物の収穫に使う鎌なんかもドワーフに頼んで作ってもらっていたんだろう。
「鉄や鋼製の武器であれば見習い連中でも打てる。何年か修行させればいい鍛冶屋になるだろう」
「新しく作る村には普通の鍛冶屋も用意する。特殊な工房や工場も建設予定だが、ナイフや包丁なんかもあった方がいいしな」
「魔導耕運機は確かに必要な物だろうが、普段使いされるナイフや包丁も必要だ。最高の物を納めさせよう」
料理の発展には切れ味のいいナイフや包丁も必要だからな。
領民の生活水準の向上も必要だし、金だけあっても意味はない。
今は領民が少ないが、区画整理をした後で領内を住みやすくすれば移住したいという奴は増えるだろう。
最終的には電線を張り巡らせて、一部の魔導具は電気で作動するタイプに切り替えたい。そうすればだれでも気軽に魔導具を使う事が出来る。流石に魔導エアコンはあのままの方が効率は良いが、魔導冷蔵庫なんかは家電にした方がいい。
発光ダイオード製の街灯を設置すれば、夜でも活動が可能になるし町中に設置した場合は魔導灯より安価で効率がいいしな。
「それは助かる。細かい商品の注文も新しい村の方に回すとしよう。こっちではもっと大掛かりで精密な物を量産して欲しいからな」
「しばらくこの工房は銅線用の設備の設置と量産体制の確立だ。他の仕事もできるがあまり人手は割けんぞ」
「分かってる。魔導耕運機の量産も頼むぞ」
「そっちの部品はもう取り掛かっている。設計図と見本の部品があるんだ、若い連中でも完璧な物を作り上げるぞ」
それは助かる。
魔導耕運機は田おこしとかだけじゃなくて、他の作物でも使えるからな。
この機会に麦の外にもジャガイモとか他の作物を植えられないか検討してみるのも手か。今だったら焼けた畑にいろいろ導入可能だし、輪作のローテーションに組み込むことも可能だ。
その際に畑を起こすのに魔導耕運機があれば楽だし、同じ時間でも広範囲に耕せるからな。植えた後の雑草の除去とかその他はどうにもならないが……。
「納品は急ぎでなければ週末に送ってくれ。急ぎの場合は最悪こちらから誰かを向かわせる」
「了解した。移住希望者は近いうちにそちらに向かわせる」
「最低でも村を建築中に住まわせる小屋くらいは用意する。何人くらい移住可能なんだ?」
「最大で百だな。それ以上移住させるとこちらの運営に問題が出る」
「これだけいろいろ手掛けてたらそうだろう。俺の頼む仕事もあるしな」
百人もいれば十分だ。
ドワーフに偏見を持たない奴を集めて一緒に村を運営させたいんだが、そもそも領民自体がいないからな……。
これから忙しくなるが、とりあえずドワーフをこっちに引き込めたのはでかい。
これで魔導耕運機なんかの量産のめどが立ったぜ。
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