第七十五話 錬金術設備というか機材がかなりチートというか、常識では考えられないような性能だ
昼食後、俺は化粧の量産に必要な成分を抽出する為、俺専用の工房に籠る事になった。遠出するしないにかかわらず、少し余裕を持った生産をしたいと思っていたのは嘘じゃない。
今回はこういった薬なんかに詳しい魔族の一人、ファネッサに生成作業を手伝ってもらう事にした。いつもはひとりで延々と精製しているから、こんな感じで誰かがいる状況は割と新鮮だ。
「錬金術設備というか機材がかなりチートというか、常識では考えられないような性能だ」
この設備を使う為に必要なのは魔力と氣、そして何より重要なのが想像力と知識だ。
材料を特殊な容器にセットし、抽出したい物質や融合させたい物質の情報を正確にイメージして魔力と氣を注ぎ込むと、完成品がセットしていた容器に溜まるというシステム。
此処での俺の仕事は目的の物質を量産できるように抽出したり融合させる事なのだが、必要な要素が揃っていないと幾らイメージしても出来る事は無い。その為いろんな材料を揃えて何度も挑戦するしかないわけだ。
「いったい何を精製されているんですか?」
「今作っているのは、アリスに頼まれた保湿成分だ。この保湿成分の原材料はちょっと女性陣にはお見せできないのが残念だ」
「こんな物から精製可能なのですか?」
「ああ。動物の内臓とか脂から精製する物も意外に多いぞ。成分抽出後は使える部分を使い切るまでいろいろやるけどな」
せっかくの材料だし、保湿成分だけじゃなくて色々抽出できそうな物は全部取り出す。
その方がゴミは減るし、苦労して入手した材料が無駄にならなくて済むしな。
「なるほど。その成分が必要なのですね。それでしたら私でも抽出可能だと思います」
「それは助かる。これで俺が留守をしている間にこれの量産が出来る」
「報酬は鮮黄雫を頂ければ」
「鮮黄雫は女性に人気だな。今年の仕込みも始まっているが、アレも全部飲まれそうな勢いだぞ」
米に関しては旧ロドウィック子爵家から領地を貰った貴族がその領地で栽培しているものもあるので、それを全量俺が買いあげる形にしている。
元々売れなくて人気の無かった米が売れるとあって、全員喜んで俺に米を売ってくれた。
清酒や味醂を造れる米は全部仕込みに回したし、作り方をおしえた杜氏達には十分な賃金も支払っている。
ただ彼らが酒造りを完全に取得するには長い年月が必要になるだろうな。一朝一夕で出来るんだったら苦労はしない。
「次の材料は……。それも使うんですか?」
「味醂を絞った後の酒粕だな。これにもいろんな成分が含まれているんだ。甘酒にする分は別に確保しているし、元々かなり量が多いのでこうして使ってるだけだ」
「こうしてみていますと思うんですが、本当にこんな物を原材料にしようなんてよく思いつきますよね」
「まだまだ知らない物も多いんだ。いろいろ試して抽出できるか試すしかない事も多い」
新しい化粧品を作る時は特にな。
今はたまに昔の村の周辺で採集する虎牙蔓の棘とかも、教会に売らずに俺が使っている事の方が多い。
傷薬や秘薬の材料は殆ど美容品や化粧品の材料になる。向こうで使う分が不足するような真似はしていないが、今後の売り上げ次第じゃ競合する可能性もあるな。
「アーク商会は化粧品や美容品しか作らないのですか?」
「表向きにはそれしか作ってない事になっている。各子爵家に回している利権者の商品も含めて、あまり危険な物は渡していないからな」
「危険な商品があるのですか?」
「俺がマジックバッグ内に保管しているものの中には物騒な物がいくつもあるぞ。世に出す事はあまりないだろうが、これを表に出す日が来ない事を祈るばかりだ」
以前作った魔導銃の強化版。城塞都市トリーニに設置されている魔導砲ほどの威力は出せないが、魔導銃の魔導回路と出力を最大限に調整して持ち運び可能なレベルで考えられる限り最大の威力を発揮するように調整してある。
これがあればインフェルノサラマンダーでも一撃で倒す事が出来るだろう。あの一件で十分懲りたからな、備えがあればなんとやらだ。
「物騒な武器ですか。それを売ればかなり利益が出るのでは?」
「そりゃ売れるだろうが、そんな物を世界にばら蒔いて金儲けなんてぞっとしねえな。武器ってものはな、誰かを守るために存在するんだ。誰かを殺す為にあるんじゃない」
「本当に頭は変わった人間です。私たちに対する接し方もそうですが、考え方が本当に人とは思えません」
「倒さなきゃいけない敵も、殺さなきゃいけない奴も確かに存在する。だが、誰彼構わず殺す為の力は何も生み出さない。この商会の規則は教えているだろう?」
「もちろんです。人殺しもそうですが、食べ物に毒を入れるのも駄目というのも意外でした」
食べ物を粗末にするんじゃない。食事を楽しみにしてる奴もいるのに、それに毒を入れるなんて許される訳ないだろ。
ガキの頃、俺に周りに飢えて死ぬ奴はほとんどいなかったが、俺たちの仲間以外では餓死する奴もいたからな。
俺が知ってりゃ何とかしてやったのにって奴も何人もいたからその影響だ。
「宴会とか晩餐会の席で料理が余ったり残ったりするのは仕方がねえ、足りないよりはいいからな。まだ食える物にわざと毒を入れる奴は許さないだけさ」
「毒ですと魔法で何とかしてしまう場合もありますので、最近は食事なんかには仕込む事は無いですね」
「いい事だ。昔はスラム街に小さな子供が溢れててな。そこにゃ腹を空かせてガリガリに痩せたガキが、最悪石を口に含んで空腹を紛らわせてたもんだ。そんな世界を知ってるとな、まだ食える物に毒なんて混ぜる奴は許せないのさ」
「頭は自分の事を悪党って言う割に、そんなことに心を痛めるんですね」
「悪党のなのは間違いないさ。今は余裕があるから切り捨てる判断をしなくて助かる」
いざって時、俺は誰を残して誰を切り捨てるか決断しなけりゃいけない。
その時が来るかどうかは分からないが、俺の両手に抱えられるものは多くないからな。
「それはある程度以上の配下を持つ者であれば必ず迫られる選択です。それを指して悪党というのであれば、この世の権力者はみな悪党になりますよ」
「ある意味正解だと思うぞ。善人ってのはな、自分を犠牲にして誰かを守り続けられる奴でそいつは決して権力者にはならない」
昔の仲間……。その中でも俺とライバル関係にあったあいつ。
同じ組織で共に戦う事は最後まで一度もなかったが、あいつがいなくなった後のしりぬぐいは俺がした気がする。まだあの時の記憶を完璧に思い出せないので何とも言えないが……。
「そんな人なんて勇者って呼ばれる人の一部だけです。その勇者でも三人に一人くらいしか誰かの為に戦ったりしないと聞いています」
「そりゃ、いきなりこんな世界に来て戦えなんて言われても困るだろう。誰でも戦う力がある訳じゃないんだ」
「勇者としてこの世界に来る人間には、ある程度戦う為の力を求められます。力が無い者が勇者としてこの世界に来る事は無いと聞いていますので」
そんなカラクリがあったのか。
という事は、最低でも勇者として呼ばれた奴らは何か特殊な力を持っていると考えられるわけだ。
今活躍している勇者がどんな力を持っているのかは知らないが、この世界にはない力を持っている可能性はある。一応それが何なのかは警戒しておくか。
「今は勇者よりドワーフとの交渉だな。いろいろ手伝って貰いたい仕事もある」
「オスヴァルド様が直接指揮をしていますので、すぐに見つかると思いますよ」
「本当に助かる。いつでも交渉に行けるように保湿成分の増産だけはしておかないとな」
ほかにもいくつかあるが、ファネッサに生成作業を教えれば何とかなりそうだ。これでこの部屋の仕事に時間を取られなくて済む。
化粧品の新製品の開発計画は数ヶ月先まで販売出来る位あるし、美容液やクリーム類も生産ラインに乗せられるものがいくつもある。
俺には領主としての仕事もあるし、区画整理や領地開発の指示もしなきゃならないからな。
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