第七十三話 領内に存在するエルフやドワーフの集落を見つけて欲しい。この辺りを再建するにはすでに人族の力だけでは限界だ
リチャーズたちや商会員にはオスヴァルド達の事はエルフの血が混ざっている人間と説明している。
この世界にはエルフやドワーフとのハーフもいるそうで、極稀なケースではあるが魔族とのハーフも存在するらしい。魔族とのハーフについては王都では流石に忌避されているそうだが、魔族領に近い場所だと魔族との交渉役として重宝しているという事だ。
「領内に存在するエルフやドワーフの集落を見つけて欲しい。この辺りを再建するにはすでに人族の力だけでは限界だ」
「領内にある亜人種の集落と、禍々しい魔素の溜まり場。それにダンジョンなどの捜索はすでに始めてあります」
「流石に仕事が早い。ダンジョンの攻略は流石に頼めないよな?」
「それは冒険者の仕事です」
そりゃそうか。冒険者の質もピンキリで、しかも俺の領内にはマトモな奴がほとんどいないから、見つかったとしてもそれが有益なダンジョンかどうかの判断がつかないんだよな。
例のインフェルノサラマンダーの発生した辺りには大きな禍々しい魔素溜があると思うんだが、もしかしたらそこにはかなり高レベルなダンジョンが存在しているのかもしれない。
魔石がゴロゴロ入手できるダンジョンがいくつかあれば、この先何があっても大丈夫なんだが……。
「ダンジョンの件は了解した。領内にドワーフの集落が見つかったら、最優先で俺に知らせて欲しい」
「わかりました。念話ですぐにお知らせします」
「ありがたい。場所さえわかればこの辺りは雪も降らないし、近場まで高速馬車で行けばすぐに交渉できるだろう」
リチャーズたちが引き抜いてくれたおかげで、領内にはまともな鍛冶職人がいない。
今更引き抜いた職人を返せとも言えないし、その引き抜きにも俺が一枚噛んでいたんだから自業自得というほかないな。まさかこんなに早く旧ロドウィック子爵領を押し付けられるとは思ってもいなかった。
とりあえず腕のいい鍛冶屋が揃えばいろいろ開発が進められるし、耕運機なんかの量産が可能になる。
耕運機に関して魔道具として登録したので、今後はフカヤ領の税収を支えてくれるいい商品に化けるだろう。
一緒に登録している魔導モーターや魔道エンジンもそうだが、この世界の人間では逆立ちしても考えつかないような機構を山ほど盛り込んだので、アレを完全に理解して新しく作り出すのは不可能だろうぜ。
「ドワーフと交渉するのは良いが、取引できるだけの材料があるのか?」
「ドワーフは鍛冶屋でもあるが杜氏でもあると聞く。酒に一家言ある者ならば、納得できるだけの味と香りの酒を用意してやるさ」
「魔族も酒にはうるさいのだが」
「初耳だな。ドワーフは酒精の強くて味の良い酒がいいんだろう? 魔族はどんな酒を好むんだ?」
「そこまで酒精は求めぬが、やや甘めの酒が良い」
やや甘めの酒か……。ラム酒も割と甘めだと思うけど、酒精がそこそこで甘い酒というと清酒の方がいいか? 甘酒という選択肢もある気がする。
俺が今持っている清酒でいい銘柄があるぞ。大きな酒瓶に移した物があるし、少し飲ませてみるか。事前に少し冷やしてあるしな。
「今日はやや寒いが、この酒は冷で飲んだ方が美味い。これを試してみないか?」
「まるで水のように澄んだ酒か……。まるで果物の様な香りとすっきりとした喉越し……、なんだこの酒は?」
「俺が造った清酒の一つ【桃澄香】だ。モモの様なフルーティな味わいと後を引かないすっきりとした後味が特徴の酒だな」
「……瓶ごと貰ってもいいか?」
返事が返ってくる前に瓶を両手で抱えるのはやめて貰おうか。
しかし、ブリトニーにこんな一面があるとは。凄腕の暗殺者だと思っていたが、こんな一面も持ち合わせていたんだな。
「いいぞ。桃澄香も結構な量を仕込んであるからな。ただ、これ以上量産するとなると穀倉地帯で桃澄香用の米を栽培する奴が必要になる」
「領主の権限で例の米をその品種に指定できないのか?」
「そうすると他の酒が仕込めなくなるんで無理だな。桃澄香も旨い清酒だが、他にもいろいろと銘柄はあるぞ」
「他にもこんな酒があるのか!!」
「今仕込んであるのは桃澄香、鮮黄雫、酔雷、湯会の四銘柄だな。甘口な桃澄香、やや酒精の強い鮮黄雫、辛口で酒精の強い酔雷、熱燗にすると最高な湯会」
熟成させるのはマジックバッグでいいんだが、仕込むにはこの酒を仕込んだ場所までいかにといけないし、多少自単位はなるが結局は現地で普通に仕込んだ方が早いんだよな。
火入れした後はマジックバッグに保存すればいいんだが、そこまではいろんな作業があるのでマジックバッグに詰め込んで終わりという訳にはいかない。
時間経過型のマジックバッグで時間が早く経つと言っても万能な訳じゃない。上手く使わないと本気で腐らせるだけって事もあるからな。
「今言った銘柄をひと瓶ずつ要求する」
「以前世話になったし、この位は問題ないがそこまで気にいったのか?」
「今まで飲んだ酒とは別物だ。ジンブ国には近い酒があると聞いたが、あの酒もこの酒には及ばない」
「やっぱりジンブ国には似た酒があるのか」
なんとなく思っていたが、ジンブ国ってのがこの世界の日本的な国なのだろう。
風土や国民性なんかが近いのかもしれないな。
「……ジンブ国の白濁酒を知らずにこれを作ったのか?」
「ああ、味醂もな。料理をするのに必要だったんだ」
「料理の為に、酒を?」
「俺の求める料理には必要不可欠なんだ」
割と使われる事の多い清酒と味醂。特に味醂は使用頻度が高いし使い勝手もいい。
といっても元々味醂は飲むための酒で、甘みの強い高級酒扱いだった気はする。
「これも飲んでみるか? 料理用の酒として使われることも多いけど元々は高級酒の味醂だ」
「ちょっと色がついているな……。清酒よりも甘くて飲みやすい、私はこの酒の方がいいぞ」
「本気で甘い酒の方が好きなんだな。そうなると手間はかかるけどカクテルとかの方がいいんじゃないか?」
「カクテル? なんだそれは?」
「複数の酒や果物なんかも使って組み合わせた酒の事だな。凝り始めると際限がない位に深い沼な酒だ」
カクテルシェイカーがある家なんて珍しくもないだろうが、本気で沼に嵌ると必要な道具と小瓶の酒なんかが台所の棚を占領する羽目になる。
ちょうどいい甘さのオレンジはあるし、酔雷を使ってオレンジブロッサムもどきでも作ってやるか。
「こうしてオレンジを絞ってジュースにして氷の入ったグラスに注ぐ。これに酔雷をこのくらい入れてかき混ぜてオレンジを飾って完成。オレンジブロッサムというかオレンジ酒だな」
「オレンジの爽やかな甘さと香り、それに清酒の味が合わさって……。素晴らしい酒だが、お前は酒の専門家か何かなのか?」
「いや、趣味で少しやってた程度だ。とまあ、酒に関してはこの程度の知識と腕ではあるぞ」
「ドワーフが裸足で逃げ出しそうな知識を披露しておいてこの程度か……」
「本当に詳しい人に聞かれたら恥ずかしい程度さ。ドワーフを説得する酒も用意してある」
以前ロックスパイダー戦で使う予定だった酒。それより度数の強くて本気で火が付きそうな酒を、マジックバッグ内の時間で五十年寝かせた最強のウイスキーが五十樽。
酒精が最強に強いが味や香りも素晴らしく、酒に強い人間だったら楽しめる酒に仕上がっている。
これに次ぐ酒もいくつかあるが、あの酒に勝る物にはいまだに出会っていない。
「本当にお前は何なのだ?」
「酒と料理にうるさい小さな商会の頭さ。今は僻地の領主なんて立場も出来ちまったがな」
「そこらの侯爵家並に稼ぐ小さな商会か。同規模の売り上げをたたき出す商会も片手の数ほどしかないだろう」
「今しばらくはソールズベリー商会には及ばん。アーク商会も化粧品や美容品の売り上げで近い規模の売り上げをたたき出しているが」
「製造にコストのかかる魔導エアコンより、単価は少し安くても利率の高い化粧品や美容品。利益率は近いだろう?」
向こうは利益の半分を俺に差し出してるしな。
ただ、魔導エアコンの設置場所なんだが、王城の各部屋に設置が進んでいると思えばさらに廊下などにも設置が始まったという話も聞いた。確かに暖かい部屋から部屋へ移動する時、さっむい廊下を歩くのは嫌だろう……。
という訳で魔導エアコンに関してはこの先数十年は売り先として設置場所に困らない。王城が終われば今度は各貴族の屋敷が待っているし、大商会の執務室や売り場にも必要だしな。
「化粧品や美容商品に限って言えばそのうちライバルが出て来るだろう。同じレベルの商品を開発するには相当な薬学の知識が必要だが、本気で研究すれば数年で身に付くさ」
「つまり数年は独占するという事だろう?」
「数年で手出しができるレベルで、同レベルの商品を売りに出せるようになるのは十年くらい先だろうな。こんな紅を売ってた奴らに、うちの商品と同品質の商品が開発できると思うか?」
今まで売られていた紅は本当に唇を赤く染めるだけの代物で、長く使うと唇が荒れるような成分が大量に使われている。
アーク商会が色とりどりなうえに肌に優しい口紅を売りに出した後は市場から淘汰されたが、まだ一部の行商人やド田舎の商会では売られてるって話だな。情報の遅い田舎だとまだこれが売れるんだろう。
この世界の薬草や薬の薬効はすさまじいので、元の世界の知識と組み合わせたら本当に奇跡の様な化粧品が出来上がる。これを元の世界で売れればすごかっただろうぜ。
「酒だけじゃなく、賢者の様な知識量だな」
「頭の中にいろいろ詰め込んでいるだけだ。役に立たなけりゃただのつまらない知識だが」
「それでも凄い知識だ。さっきの酒はこうやって作るんだったか?」
「酒の量は好みで調整してくれ。あまり量を増やすと結構来るぞ」
「わかった。今のカクテルは清酒以外の酒でも作れたりするのか?」
「ジンやウオッカとオレンジを合わせる酒も有名だ。両方俺しか持っていない酒だが」
この辺りで売られている酒はワインとウイスキーとラム酒だ。
それ以外の酒は見た事もないし、ジンブ国からの酒は見たとも無い。火入れしてないから日持ちしないからなんだろうが……。
「その酒はもらえないのか?」
「まだ本数が少ないし、酒精が強い酒だ。酔雷を使ってオレンジ酒にした方がおいしく飲めると思うぞ」
「そうするか。酔雷が無くなったら貰いに来るからな」
後日、俺の部下になった魔族全員が見事に清酒にハマったという話を聞いた。ただ、甘い酒が好きというのはブリトニーの趣味で、そこそこ辛めの酒でも普通に呑むみたいだな。オスヴァルドは俺が渡した燗銅壺を使って湯会を熱燗にして晩酌が日課になったとか。
やつら、旧ロドウィック子爵家から領地を貰った貴族を何人かこっちに引き抜いて、そいつらの領民を一部移動させてまで水田を増やすそうだ。
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