第七十話 仕事前に呼び止めて急にこんな部屋に呼んですまない。商会の事も含めていくつか話さなければいけない事が出来たんでな
俺が男爵に叙爵された翌日。商会員に今後の話をしないといけない為に商会に集まって貰った。
去年の年末に宴会をした大会議室だが、その大部屋に百人近い商会員が勢ぞろいしている。
「仕事前に呼び止めて急にこんな部屋に呼んですまない。商会の事も含めていくつか話さなければいけない事が出来たんでな」
「その杖に関係する事ですか?」
「男爵の錫杖をお持ちという事は、頭が貴族になったという事ですか?」
「そのあたりを今から説明する。知っている者もいるかもしれないが、ロドウィック子爵家のヨーゼフが領地から逃げ出した。それにより旧ロドウィック子爵領を統治する者がいなくなったのが事の発端だ」
この情報も知られていなかったようで、法衣騎士爵の商会員は全員驚いている。
「それに伴って、レナード卿とアルバート卿に任命されて俺が深闇男爵として旧ロドウィック子爵領を統治する事となる。当然商会も旧ロドウィック子爵領側に移動するし、活動拠点も向こうに移る事になった」
「質問をよろしいですか? 私たちの立場なのですが……」
「もし望むのであれば、法衣騎士爵家の次男や三男であっても新しくフカヤ家の寄子として独立する事を認める。このことはレナード卿とアルバート卿にも確認済みで、領地が与えられない場合は年間二十万スタシェルは支給する事になる」
「当主になれるという事ですか?」
「そういう事だな。ただし、新しい家をフカヤ領内に建てる必要がある。これについてはいなくなった貴族の家などを現在改装中で、リフォームが済み次第引っ越す事になりそうだ」
これに関しては俺も旧ロドウィック子爵家の屋敷というか城に引っ越しする事になるそうで、改装が終わるまではこのままここでフカヤ領を統治する事になる。
商会に関しても向こうに俺の望む規模で新しい商会や工房を建設できる。工房の増設がしたかったこともあり、この点だけはよかったことだろう。こちらも現在建設中だ。
「それはすごいわね……。今度からフカヤ卿って呼ばないといけない?」
「商会にいる間は俺はアーク商会の頭だからな。公式な場でなければ今まで通りで構わない」
「この商会で働く人の殆どは騎士爵家の人間ですし、今までと大きく変わりはありませんね」
「拠点が変わる以外はあまり変わらない。引っ越しするのも早くても来年初頭だろう」
昨日男爵になった後、急いで色々と手配したからな。
リチャーズたちも領内の大工に話をして、全力で改築を行おうと約束してくれた。金を出すのは俺だが。
フカヤ領にある家は殆どが空き家なのでそれを解体して空き地を確保するのと同時に資材を増やし、ついでにこの機会を利用して将来に備えて区画整理もすることにした。
「間違いなく全員頭についていくと思いますが、返事は明日でもよろしいですか?」
「それで構わない。俺にしても寝耳に水だからな、こんなに早く面倒事が転がり込んでくるとは思わなかった」
「いつかはこうなると思っていたの?」
「数年後位には仕方がないだろうとは思っていた」
それまでに十分な資金と人材を確保し、貴族として領地運営ができる状態にする予定だったんだ。
今はまだ工房で働く職人も含めて百人程度の人材しか確保できていない。しかもその中にはローレルといった子供まで含まれている。
何かあった時に戦える人材など皆無で、軍務や警備の養殖お任せられる人材などひとりもいない。今から育てるにしても、数年はかかるだろう。
「平民からいきなり男爵に叙爵されるケースは本当に稀です。お頭も運がいい」
「ほとんど壊滅した旧ロドウィック子爵領の再建のおまけつきだぞ。広大な穀倉地帯があるとはいえ、すでに冬小麦の収穫も絶望的だ」
「今から種をまけば間に合いますけど、種を蒔く人も麦の世話をする人も収穫する人もいませんからね」
「あの広大な穀倉地帯の半分が暫く使い物にならない。大規模な農業改革をしたとしても、元通りにするのに何年かかるか……」
まともというか、この世界の農業技術や知識だけでやったらそうなるだろうな。
そのうちあの広大な穀倉地帯を押し付けられられると思っていたから魔導モーターや魔道エンジンなんて開発していた訳で、すでに頭の中には小型耕運機などの設計図が出来上がっている。
人が乗るサイズの耕運機は流石に開発が難しいが、手押しタイプや牛などに引かせるタイプの物であれば比較的簡単に実現可能だ。
ディーゼルエンジンなどではなく魔石を利用した特殊なエンジンになるが、人が手で耕すよりはるかに効率が上がる。というよりもだ、人口が此処まで少なけりゃ人力以外の方法で何とかするしかないだろ。
「何とかできるまで資金は持つんですか?」
「一万人程度の人口しかいないんだ。十年位かかっても問題ない」
「この商会の売り上げだけでも凄いからね。正直、アーク商会の売り上げだけでも領地運営できるよね?」
「子爵領の平均的税収が年に三千万スタシェルらしい。うちの商会の税収だけでもその程度はあるな」
魔導エアコンや和紙の利権も入ってくるし、他にもいろいろと考えている物はある。
穀物の生産に固執しないんだったら幾らでも手はあるんだが、それでも穀物の再生産には踏み切らないといけないだろう。
穀倉地帯から入ってくる穀物類は食料としてはありがたい。食糧自給率をあげる事は大切だし、あの広大な穀倉地帯を遊ばせておくのももったいないしな。
正直、一万人程度の領民を食わせるだけだったら他所から買った方が話が早いんだけど、そうなるといざという時に本気で食料が手に入らない事態も考えられる。人口が今後増える可能性も高いし……。
「それじゃあ、領地経営は安泰ね」
「まずは人材の確保と組織作りだ。この二つを疎かにすると後で確実に泣きを見る」
「でも、当面は人材なんて確保できないよね?」
「年が明けたらすぐに人材の確保に動くしかないな。他の貴族領から職人を引き抜くのは難しいかもしれないが……」
できれば年内にはある程度人材を集めたい。
城塞都市トリーニだけじゃなく、港町や他の街でも探せば何とかなるだろう。
それと、あいつらを先に何とかしないといけないか。
交渉がうまくいってくれればいいんだが……。
「寄子にして独立を認めて貰えるならば、爵位継承権を持たない次男や三男が押し寄せるのではありませんか?」
「あまりそれを派手にやるとアルバート卿やレナード卿に睨まれる。俺がいろいろやりやすければ最終的に城塞都市トリーニやその周辺の状況はよくなるだろうが、周りに遺恨は残したくないんだ」
「いろいろ気を使わないといけないのね」
「何事もやりすぎはよくなのさ。さあ、話し合いはこの位にして仕事に戻るか」
「あまり仕事にならない気はするけど、美容石鹸や化粧品だけでも生産しないといろんな所から苦情が来るしね」
「商会内からも出ますよね……。もうこれが無い生活なんて考えられません」
俺もできるだけ多く化粧品に使う香料とか染料の生産をしておかないといけないな。
向こうに新しく工房を建てるんだったら、王都から最高級の錬金設備も取り寄せるか……。
話通りのスペックだと今までより格段に効率が上がるし、使い方次第で本当に何でもできるようになる。
ただ、これ以上の性能を求めるんだったら女神鈴をはじめとする超高額で希少な植物の種が必要になるんだよな。どこかで大量に生えてりゃいいんだが……。
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