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第六十六話 俺としては気楽でいい。ここから先は料理を楽しんで帰るだけでいいだろうしな




 晩餐会が始まった。と言っても、今はまだ晩餐会の会場である大広間のような場所に案内され、名前の書かれたプレートの置かれた席に座らされただけだが。


 この木製のプレートは一部の人間の席にしか置かれておらず、アルバート子爵家やレナード子爵家の関係者はちゃんとメイドが席まで案内しているみたいだな。


 つまりこのプレートが置かれている席は末席で周りにいるのは俺の見知った顔、バイアット家のダスティンやヘーゼルダイン家のデリックなど、法衣騎士爵家の次男や三男などのカジノ関係者や飲み仲間が並んでいた。


 今回の晩餐会に参加するメンツにはほぼ俺の存在がバレているのにここまで慎重になるものかな?


「俺としては気楽でいい。ここから先は料理を楽しんで帰るだけでいいだろうしな」


「私は少し緊張してきたわ。晩餐会なんて初めてだし」


「私もです。まさかこんな場に呼ばれるなんて夢にも思っていませんでした」


「俺は周りに顔見知りが多くていつもの飲み会と変わらないが、初めてだとそうなるのか」


 ダスティンやデリックの父親や兄、つまりバイアット家やヘーゼルダイン家の当主や次期当主も呼ばれているようだが、ダスティンたちに比べて服の質が数段落ちる。


 国から年最高二十万スタシェルしか貰えない法衣騎士爵家と、月収でも余裕でその額を超えるダスティンたちじゃそうなるよな……。


 トランプの収入が無くても、今のカジノの利益だけでも十分に贅沢な暮らしができるだろうし。


「今日はこの城塞都市トリーニの発展に貢献した者を招いての晩餐会だ。最近出始めた食材などを使った料理なども用意したので楽しんで貰えればと思う」


 アルバート子爵家も呼んでいたし、乳製品でも使うのか?


 当然ながらロドウィック子爵家の人間はひとりも来ていないな。こっち陣営に寝返った法衣騎士爵家の当主すら、誰一人として呼ばれていない。 


「料理長を務めさせていただいております、マルチェッリーノ・パトゥッツィです。最初の料理はトマトとチーズのカプレーゼです。赤い実は赤茄子に似ておりますが、別物の野菜です」


「チーズとは……。王都では食べられていると聞いたが、取り寄せたのか?」


「最近、アルバート子爵家で売り出しているとか。いつの間にチーズの製造法を思い付いたのか……」


「あの男が関わっているのではないのか?」


 やはりバレているみたいだ。


 ここ二年で出てきた商品の殆どに、俺が関わっている。今までない物が急に出てくりゃ、その出どころ位調べるよな。


「美味しい……。このトマトってのもおいしいけど、これ果物なの?」


「難しい質問だな。分類上は野菜だと思うが、糖度次第では果物扱いされる微妙な野菜だ。トマトが見つかったんだったら、料理の幅はものすごく広がるぞ」


「このチーズがとっても美味しです」


「モッツァレラチーズだな、作りたてがおいしいチーズの一つだ」


 レンネット無しでも作れるので簡単に作れるし、牛乳さえあればすぐに量産が可能なチーズの一つだ。レンネットの入手法とかも教えている。この世界でも入手法は同じ様だが、チーズの為に小牛を犠牲にできるだけの数を入手できたのが驚きだ。


 モッツァレラチーズは出来立てがおいしいので、作った直後にマジックバッグに保存したんだろうな。


「この技術を知っていても、我が領内では宝の持ち腐れだ」


「リュークであれば最初からそのくらいは考えているだろう、レナード子爵領で新たに酪農を始めるには問題がありすぎる。いくら金があっても苦労の連続であっただろうな」


「人材の問題もな。魔導エアコンなどで既に人材不足は深刻だった。あの時点で酪農にまで手などだせんさ」


 一回持ち込んだら無理だと言われたからな。情報としては渡したがアレを活用するのは無理だという事も話しておいたし、アルバート子爵家に渡した方が有効に活用できることも説明した。


 今レナード子爵家には金がある訳だし、チーズくらい買えば済む話だしな。


「やはりうちに欲しいな。ああ、六年前の儂をぶん殴ってやりたい」


「俺は感謝しているよ。あの時点でリュークを召し抱えられていれば我が領は終わっていただろう。どこぞの誰かの様にな」


「奴は自爆だろう? あの広大な穀倉地帯を持つだけでも、少なくとも儂らよりは恵まれておった。ほんの一年前まではな」


「そうだな……、そろそろ料理を楽しもう」


「次の料理……、なんだこれは?」


 二品目もチーズを使った料理か。アランチーニ、モッツァレラチーズを包み込んだリゾットのフライだ。


 前菜二品で冷たいチーズと温めたチーズの両方を味合わせつつ、この辺りではあまり食べられていないライスをリゾットにして出した訳か。


「美味しい……、リュークがライス好きなのもわかる気がするわ」


「リュークさんはライスを炊いて食べるみたいですし、この料理で使うライスとは違う気がします」


「さっきのカプレーゼと似たような材料を使って別料理を出してきたか。それ以外にも意味があるんだろうが……」


 ロドウィック子爵家のライスとアルバート子爵家のチーズ。それぞれを使いこなして、俺はこの二つをこんな形で使いこなせるといってるんだろうな。


 トマトもソースにして使っているし、温められてとろけるモッツァレラチーズの相性も抜群だ。


「見せ付けてくれるではないか」


「いや、ライスも悪くないだろう? 今は無価値だが、いずれ価値のあるものに変わるかもしれん」


「それはリューク次第だろう。チーズのレシピはあるが、この料理の事は知らんぞ」


「俺が貰ったレシピの中にもチーズを使う料理などいくらでもある。全部教えるとなるとどれだけの情報になるか想像もできんぞ」


「情報を貰った以上、それを生かすのは儂の責任という訳か」


 チーズの情報は渡したわけだし、それを使った料理の事を本気で考えるんだったら、そのレシピの情報も求める物だろう? 当然有料でな。


 何でもかんでもタダで渡すほどレはお人よしじゃないし、そんなことをすればリチャーズの奴に悪い。


「俺はチーズを使った料理やライスを使った料理のレシピを、リュークから追加で買った」


「ほう、ただでは貰えなんだか」


「リュークはレナード子爵家の家宰でもなければ、俺の部下でもないからな。なんでもただで寄越せは通用しないだろう」


「確かにな。儂もそのあたりを考えるべきであったか」


 チーズやバターなど乳製品のレシピは俺が必要だから渡しただけだからな。


 あんな手間のかかる食材、自分で作るよりも誰かに製法を教えて量産させるに限るぜ。その方が結果的に安く手に入る。


「続いてスープか。魚や海老などを使った具沢山なスープだ」


 流石に産連続でトマト味にはしなかったようだな。アクアパッツァ風ではあるがあそこまで具沢山じゃないし、おそらく先に魚のアラとかで出汁をとってそれを使っているようだな。


 魚の臭みは全然ないし、具も抑えめにしてあるから純粋にスープとしても楽しめる訳だ。


「美味しい……、魚を使った料理がこんなにおいしいなんて」


「この魚、すごく美味しいです」


「おそらくサーモンだな。ブナマスの親戚の様な魚だ」


 鮭に近い? というか、この辺りに鮭が遡上するような川があるのか? あの村の近くに流れる川では鮭なんて見なかったが……。


 河口近くの海でとれた可能性もあるし、海でとれたと思われる貝や海老などもあるからクキツかザワリシ近くの漁港で入手した可能性も高いな。


「貝なんて初めて食べました。海老や蟹は村でも食べていましたが……」


「あの川で貝は獲らなかったからな。このスープの凄さはそれだけじゃないが……」


 ほんの一年ほど前に貴族はあまり魚を食べないといっていたが、魚を使ったスープを此処まで作れるなんて……。あの料理長の腕が相当いいんだろう。


 続いて出てきたのはホワイトバスのラビオリ。今までみたいに香草を使って焼いたりするのではなく、ホワイトバスの身をミンチにしてラビオリに包んで手間をかけたソースを絡めてあるな。


 おそらくここ最近までこんな料理は見もしなかっただろう。ここまで出てきた料理で言えば、俺が渡したコース料理のうち今回はイタリアンを参考にしてるようだな……。


「次の料理は骨付きラムチョップステーキです、野菜のソテーを添えておりますので一緒にお楽しみください」


「儂から潰した子羊の肉を大量に買い取ったのはこの為か。贅沢な料理だな」


「羊肉も子羊であればそこまで癖が強くない。こうして味わえば、角豚などとも違う味が楽しめる」


「情報の出どころは予想できるが、料理だけでなく、食肉にも詳しいとは……」


「買ったレシピの一部だが、材料についても詳しく書かれていた。おそらく王都ですらここまでの料理は出せまい」


 そりゃそうだろう。向こうの料理のレベルがどのくらいか知らないが、元の世界に近いレベルだったらいろんな調理器具が魔導具として存在するだろうし、調味料だってもう少しいいものが出回っている。


 いくらこの辺りが辺境の僻地だとしても、流石にレシピと一緒に情報を提供した調味料が王都にあればリチャーズの奴が知っているだろう。


「本当にその知識の出所が謎よね」


「こうして旨い料理が食えるんだ、そんなことは些細な問題だろ?」


「細かくはないですよね……」


「リュークに関してはホントに謎が多いわ。あの魔導回路の発想とか構造なんて、私じゃはじめ理解すらできなかったんだけど……」


 元の世界の中央演算処理装置などの概念を取り込んでそれを魔導回路として再構成しているからな。この世界の住人には考えつかないだろう。


 今は他にもいろいろ試しているので、それが完成すれば魔導回路の常識は完全に覆る。


 そんな事より目の前の料理の方だ。羊肉(マトン)は出さないといっておきながら子羊肉(ラム)を出してくるとは思わなかった。俺がレシピを渡してはいるが、十分に臭みは抑えてあるし焼き加減や味付けも見事だ。


「その事は後でいいだろう。しかし、まさかこんなに旨いラムチョップステーキを食えるなんてな」


「確かに今日の料理はどれも凄くおいしいわ」


「子羊の肉なんて食べられるんですね」


 肉用として潰すんだったらもっと育てた羊を選ぶだろう、その代わり臭みも凄いが……。子羊なんてこうして食肉に加工するのはまれだろうしな。


 いや、チーズを作る目的でレンネットを手に入れる為に、定期的に子羊を潰している可能性はあるのか。


 まだそこまで数のいない子牛を潰すより、無数にいる子羊を潰した方がいだろうしな。


「デザートはフルーツのタルトか。旬の果物をマジックバッグで保管すれば、異なる季節にとれる果物で作れる訳だ」


「知らない果物ばかり……。なんでリュークは果物に詳しいの?」


「一年中あちこちで採集してれば、旬の果物が何なのかは覚えるさ。ブラックベリーにブルーベリー、苺にサクランボ、リンゴや山桃苺(ヤマモモイチゴ)まで使ってある」


「どの果物もおいしいです。香りも……」


 山桃苺(ヤマモモイチゴ)も割と生えてる場所の多い木だしな。かなり栄養状態がよくないと、山桃苺(ヤマモモイチゴ)の実を食べても白毛長兎(ホワイトシルク)金毛長兎(ゴールドシルク)に変わらない。やはりそのあたりはかなり条件が厳しいようで、相変わらず金毛長兎(ゴールドシルク)は超高級毛皮のままだ。


 しかし、ここまで甘みの強いデザートを作ってくるなんて、この辺りでも砂糖はそこまで安くない筈なのにそんなことは気にもしていないようだな。


「最後まで贅沢な料理だ。これほど甘い食べ物など一年前では考えられぬ」


「南方の国とも交易が始まった。砂糖もかなり安く仕入れられるようになった」


「代わりに渡す交易品は幾らでもあるだろうな。現金での支払いもいいが、交易品との交換の方が喜ばれるケースも多い」


 南方からの交易船はこの国に寄った後でジンブ国に行くんだろうしな。


 この国で鋳造された金貨や銀貨はこの辺りの共通通貨ではあるが、ジンブ国で高く売れる商品を貰った方がいいに決まっている。


 その方がお互いに値引き交渉がしやすいというか、物々交換の方が都合がいいしな。




読んでいただきましてありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。

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