第六十五話 その節はお世話になりました。おかげでこちらの仕事もずいぶんと助かりましたので
晩餐会当日、商会前に馬車が迎えに来たので俺たちはそれに乗ってリチャーズの屋敷へと向かった。貴族街の内部には初めて足を踏み入れたが、本当に隅々まで整備が行き届いているようだ。
無事にレナード子爵家の主有する屋敷というか城に着いた。
この城塞都市トリーニを支配する貴族はそれぞれ小さい城を持っているが、元領地拍が建てていた城を再利用したものだと聞いている。
この辺りだけ見れば見事な城下町なんだがな。
「お待ちしておりました。リューク殿にお会いするのもお久しぶりでございますが」
「その節はお世話になりました。おかげでこちらの仕事もずいぶんと助かりましたので」
「それは何よりです」
和紙の木や赤茄子の木の件は口外できないので、こういうしか他にない。
これでも十分に通じるし、山桃苺の挿し木の件については真相を話しても無いからな。
「リュークか、よく来てくれたな。こうして会うのも久しぶりの様な気がするが」
「これ以上仕事を増やしてもよろしければ……」
「人材に余裕があれば歓迎したいのだが、今の所は手一杯なので無理だ」
「何処も人材不足ですからな。これ以上引き抜く先が無いのも問題です」
今は同盟的な関係であるアルバート子爵家から人材を引き抜くのはもちろんだが、ロドウィック子爵家に至っては既に使える人材が皆無な状況だ。
法衣騎士爵家のほぼすべてをアルバート子爵家とレナード子爵家で引き抜き、まともに領地経営ができない状況にまで追い込んでいる。このままではいずれロドウィック子爵家は自然消滅するだろう。
早ければ数年という所か? 現在の当主であるヨーゼフが有能であればここからでも回復させることが可能だが、いまだに俺に接触してこない所を見るに望みうすだ。
「なんだ? 儂の所から人を引き抜こうという算段か?」
「これはセブリアン様。流石に今のアルバート子爵家から離れようなどという者はいないでしょう」
「そうだな。リュークのお陰で我が領も潤い始めた。人材不足はどこも同じだが、我が領内でも一等地を提供できるが移住せぬか? 商会や工房用の敷地も好きなだけ用意しよう。もちろん必要な人材も可能な限りな」
「私の目の前で領民の引き抜きとは、相変わらず大胆ですな。六年前の事を思い出しますよ」
「あの時はクリスが街を見たいと言い出したからな。儂としてもあまり気乗りはしなかったのだが」
ああ、あの時の事情はそういう事か。
まさかセブリアンがあれだけの護衛で、あんなスラムに近い河川敷に来るなんておかしいと思ったんだ。
おそらくその周りにはもっと多くの兵がいたんだろうが……
「お爺様。またリチャーズ卿を困らせてるの?」
「おお、クリスか。いや、困らせてはおらぬよ」
「孫娘のクリスティーナか。ずいぶんと大きくなったな」
「なんだ? クリストフの嫁なら他をあたれ」
「いい縁談ではあるが、父親はともかく口うるさい祖父がいるのが問題だ。王都に移住などしてみてはどうだ? 父上も喜ぶと思うが」
ナイジェルは王都で暮らし始めたが、セブリアンが王都で暮らすのは不可能だろう。
貴族専用の土地は侯爵や伯爵家で抑えられているし、魔導エアコンを持ち込んだレナード子爵家でもない限り王都の貴族用住宅地を融通して貰えるとは思えないからな。
「儂が王都に行っても追い返されるのがオチだ。貴族用住宅地以外であれば住めるであろうが、子爵家の元当主がそれ以外の場所で暮らすなどあり得ぬだろう」
「父上も魔導エアコンの一件が無ければ絶対に王都暮らしなどなかったはずなのだが……」
「今頃は王都で贅沢三昧だろう。こんな辺境とは別世界だからな」
王都ってそこまで凄い街なのか?
貴族が住む地域は当然として魔導灯が普通に街灯として稼働していると聞いているし、様々な娯楽も揃っているという話は聞いた。
そりゃ闘技場や競馬場はあってもおかしくないが、その位であればこの街でもできなくはない。
「お話はその位にしない? 今日はどんな料理が……」
「どうかされましたか?」
「ひょっとして、あの時の?」
驚いた。あの時の事なんて覚えてないと思っていたが、名乗りもしなかった俺の事を覚えてたって言うのか?
別に隠しているつもりはないし、八年前に両親を失ってそれからは一人で暮らしてるのも話してあるので問題ないが。
「クリスはリュークと知り合いなのか?」
「リュークっていうのね。お爺様、六年前にドジョウの蒲焼きを……」
「あの時の子供か!! しまった、クリスの言う通りであったな」
「何の話だ?」
「六年前、孤児だった私はスラム街の仲間を集めて河川敷の周辺の荒れ地で暮らしていましたので。その時にちょっと……」
最初の話し合いの時にセブリアンは欠片も覚えていなかったが、あの場にクリスがいたらまたいろいろと話が変わったいたかもしれないな。
しかし、クリスの言う通り? それこそいったい何の話だ?
「六年前、あの河川敷でドジョウの蒲焼きを食わせて貰ってな。その後でクリスからあの時の少年、つまりリュークを我が家に迎え入れないかと言われたのだ。当然断ったのだが」
「危ない所だな。もしその時迎え入れていれば、今頃アルバート子爵家の一人勝ち状態だっただろう。いや、リュークを迎え入れて六年もあれば、段階的に陞爵して辺境伯という可能性まであった」
「その通りだ。儂にもう少し人を見る目があれば……」
「リュークってそんなに凄いの?」
「いえ、それほどでも……」
「一年でこの状況を作り上げた張本人だ。王都がリュークの存在に気付けば、即座に召し抱える方向でに動くだろう」
こういった話しが出るという事は叙爵は無い。
王都が俺の存在を知らなければ叙爵などあり得ないからな。
まだ自由に動ける平民の方が都合がいい。今はリチャーズやゴールトンともよい関係が築けている。この状況の方が色々とやりやすい。
「それを話してもよろしかったので?」
「どうせ城塞都市トリーニ内では全部知られている。何か無ければ僅か二年足らずで我が領が此処まで栄えるとは思うまい」
「私の存在まで辿り着いていると?」
「騎士爵家でも当主クラスはな。最低でも今日招いている客には知られているだろう」
「今日出される料理の殆どはリュークの情報が元であろうからな」
そりゃそうだろう。
リチャーズにはかなり細かいレシピを渡してあるし、魚介類をはじめとした海鮮食材をふんだんに使った料理などのレシピまで渡してある。
アレを使ってコース料理を用意したんだったら、相当に期待が出来そうだな。
「今から楽しみですな」
「リュークはともかく、他の者は驚く食材も多いと思うぞ」
「ちゃんと食えるのであろうな?」
「羊肉は出しませんよ」
……何か考えているな。
わざわざ羊肉というからには、羊肉とわからない位に形や味を変えたのか?
この世界には俺の知らない食材や香辛料が幾らでもある。俺も何が出て来るか楽しみにしているかな。
「リュークも大変なのね」
「ようやくわかって貰えたか。こういう世界で生きていくには、それなりの覚悟が必要なのさ」
「わ……、私はどこまでもリュークさんについていきます」
「ちょ……、私だってどこまででもついていくわ」
俺についてくるのは割と茨の道だと思うが、それでもいいんだろうか?
今はまだ平和だからいい。しかし、この先避けられない戦いが幾らでもある。
しかしここでクリスを連れて来るとは、アルバート子爵家も本気で俺を取り込もうと考えているのか?
今は確か十四歳だよな? カリナと同じ歳だったか? アリスが十五歳で、俺が十六歳。この世界では十分に結婚出来る歳だが、まだ俺は誰と結婚するつもりは無い。
ただ、アルバート子爵家が絡んでくると、リチャーズの奴も次女のヴィクトワール辺りを近づけてくる可能性はある。長女のフォスティーヌには恋人がいるらしいしな……。
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