第六十四話 アリスはアーク商会の魔導具職人で知られていても不思議じゃないだが、カリナにも届いてるのは流石に俺も予想しなかったな
十月半ば、俺の元に晩餐会の招待状が届いた。送り主はリチャーズで、会場は当然貴族街にあるリチャーズの屋敷だ。
流石に場所が場所なので迎えの馬車をよこしてくれるそうだが、招待状は俺一人分じゃなかったようだな。
「リュークにも当然届いてるわよね。私にも届いてるんだけど」
「あの……、どうして私にも届いているんでしょうか?」
「アリスはアーク商会の魔導具職人で知られていても不思議じゃないだが、カリナにも届いてるのは流石に俺も予想しなかったな」
「お爺様の関係でしょうか?」
「いや。村長との関係は極秘情報だからな。公開する訳はない」
王都に知られれば、領地を放置して逃げ出した元領地拍の一族ってだけで処刑されてもおかしくない立場だからな。
例の魔族の呪いの情報だけで村長や元領地拍の一族をあの村で囲んでいるとは考えにくい、おそらく他にも何か理由があるんだろう。
それにしても魔族の呪いか……。いったい何なんだ?
「それじゃあどうしてカリナが呼ばれたの? 私が呼ばれたのも割と謎なんだけど」
「よくよく考えればアリスを呼ぶのもおかしい話ではあるな。俺たちは貴族じゃない、幾らいろんな功績があるとはいえ晩餐会に呼ぶなんておかしいんだ」
「リュークも含めてね。今の城塞都市トリーニ全体に広がってる好景気の立役者とはいえ、それを公言する訳にはいかないでしょ。アーク商会の商品が齎した利益も凄いけど、晩餐会に呼ぶ理由にはならないわ」
そう、魔導エアコンや和紙の件は対外的にはレナード子爵家で考えられたものとされており、そこから俺に利益が流れている事を知る者はほとんどいない。
アルバート子爵家の持つ利権もそうだ。氷の量産システムは各地で稼働中だが、それに俺が関わっていると知る者など前当主のセブリアンと現当主のゴールトンだけだ。乳製品に関しては俺は情報を渡しただけなのでそこから俺を割り出す事は不可能だろう。
そんな状況では俺を晩餐会に呼ぶ理由が無いんだ。
今回の晩餐会に大手の商会を招いている可能性もあるが、幾ら売り上げがデカくてもアーク商会は設立してまだ一年ちょっとの商会に過ぎないしな。
「考えられるとしたら、俺を法衣騎士爵に紹介する事か。婿養子として向かい入れて貴族の仲間入りって可能性もある」
「ああ、それはあるかもしれませんね。流石に後継ぎがいる家は無理ですが、運が悪く継承権を持つ嫡子が生まれなかった家なんかは頭の事を狙っていると思いますよ」
「リチャーズ様に近い家の人はいろんな事情も知っていますからね。アーク商会で何を売っているのか知らない人もいないですけど」
「美容固形石鹸だけでもかなりの売り上げだったからな……。給料に反映させているとはいえ、それでも莫大な利益だ」
俺とリチャーズの関係を知らなくても、表の顔であるこの商会の純粋な利益だけでも相当な額だからな。
しかし、商会の取引額がデカいとはいえ、俺の取り分というか給料に関しては他の商会員と比べてもそこまで高くない。後は商会の資金に過ぎないからだし、役員報酬も微々たる額だ。
個人口座にはすでに国が買えそうな額が貯まっているが、それを知っているのはあそこの銀行関係者だけだろう。
「このまま成長すれば、この国でも有数の商会になるのはわかっていますからね。誰かを婿で迎えるんでしたら頭がいいに決まっています」
「うちの実家に兄がいなければ……」
「私は実家からいろいろ言われていますね。アリスさんたちがいるから諦めてますけど……」
「カリナさんも美人ですからね。何をどうしたらあんなに綺麗な肌になるのでしょうか?」
「美容固形石鹸や化粧品だけじゃないですよね……」
カリナの肌が白くて綺麗なのは元からだ、村にいた時からすでに俺が見ても相当に美少女だったからな。あの時は少し痩せていたが……。
今はいろいろと成長して美少女というよりは美女って感じだしな。
「これでも以前はかなり痩せていましたし、肌もかなり荒れていたんですよ。色が白かったのは、あまり家から出なかったせいでしょう」
「村があの状況じゃ仕方がないだろうな。水仕事とかもしていたのか?」
「エーベさんがうちに住み込みでいろいろしてくれてたから、たまに料理をするくらいだったかな? 食材が無くて割と困ってたみたいですけど」
「本当にギリギリの状況だったんだな。山鶏を持って行った時に村長が喜んでた訳だ」
「あの時は本当に驚きました。あの日を境に、ご飯は凄く豪華になりましたから」
村長も肉が貴重とか言ってたからな。
住み込みの女性と三人分だったら三食食っても十分足りる量を届けてたし、たまに白毛長兎の肉も届けていた。流石に鶏ばかりじゃ飽きると思ったんだが……。
「本当にリュークはあの村でいろいろしてたのね。というより、リュークは何ができないのか知りたい位だわ」
「本当にそうですね。頭は全部ひとりで済ませてしまいますし、あのインフェルノサラマンダーを討伐できる力までありますから」
「その事は忘れていたな。大した事じゃない」
「……災害クラスの魔物の討伐は叙爵対象ですよ。王都に居たら今頃貴族だったかもしれませんね」
……叙爵。その可能性もゼロじゃないのか?
今この城塞都市トリーニを離れる訳にはいかない。しかし、叙爵となると王都に呼び出される可能性が高いぞ。
「アレは騎士団の活躍があればこそだし、魔導砲で倒せてりゃ俺の出番なんてなかったさ」
「インフェルノサラマンダー討伐の祝勝会はとっくに終わってるし、今回の晩餐会の招待には関係ないかもね」
「それはどうですかね。叙爵の話が来ている場合、法衣騎士爵辺りでしたらリチャーズ様が代理で行えますし、手続きにこの位の時間がかかる事も珍しくないですよ」
「ここは辺境だしな……」
王族も暇じゃないので、こんな辺境に住んでる平民に騎士爵を与えるのにわざわざ王都まで呼び出したうえで叙爵する訳はないか。
領地を与える訳もなく、法衣騎士爵だと手続きも簡単なんだろうしな。叙爵が決まった訳じゃないが……。
「そうなると私とカリナが呼ばれたことがさらに謎になるわね。うちの商会で他に招待状が届いた人っているのかしら?」
「流石に今回の規模だといないと思います。その招待状の時は騎士爵家の当主とか次期当主くらいしか呼ばれませんので」
「見ただけでわかるの?」
「和紙製の招待状ですよ? 普通は羊皮紙です」
リチャーズの所が製造元だけど、和紙はまだまだ高価だからな。
このサイズの手紙でも、無駄に使いはしないか。送った人数がどの位かは知らないが、それだけでも結構な額になる。
人件費や燃料費なんかを計算に入れても、原価はかなり安いんだがな。
「詳しい内容は晩餐会に行けば分かる筈だ。料理の情報はいろいろ流してあるし、乳製品や酒類も一年前よりいいだろう」
「その為に料理の情報を流していたのね」
「ある程度普及に必要な物はな。教えてない料理も多いぞ」
むしろ教えてる料理なんてほんの一部だ。
ただ、乳製品をはじめとするあれば便利な食材を必要とする料理を、意図的に優先して流しているだけだが……。
「今回の晩餐会はおそらくコース料理ですね。この辺りでまともなコース料理が出るようになったのは、本当にこの一年ほどからなんですよ」
「金が無いと無理だろうしな。それ以前はどんな料理だったんだ?」
「パンとワイン。スープと前菜、それにメインで山鶏か魚の香草焼きがテーブルの中央に置いてあるくらいですね」
それを切り分けて配るらしい。
パンはまともだが、ワインは状況次第では水で薄められていたそうだ。
ちなみに、この辺りではソースをかけるという文化はほとんど無い。王都ではあるそうだが、ここでは出汁やソースの作り方が知られていない。タレを塗って焼いたドジョウの蒲焼きを食ったセブリアンたちが驚く訳だな。
「今は期待できるんだろ? せっかく招待されたんだ、料理を楽しもうじゃないか」
「そうね。晩餐会に呼ばれるなんて初めてだし楽しみだわ」
「失礼のないようにしないといけませんね。緊張します」
服は祝勝会の時に来ていた服でいいだろう。
あれから数着同じランクの服を仕立てたし、アリスやカリナも数着持ってるしな。
しかし晩餐会か。この俺が呼ばれるようになるなんてな、昔つるんでた連中が知れば驚くだろうぜ。あの時の仲間はほとんど生きちゃいないが……。
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