第六十一話 そこまで待ってないさ。アルレット商会の新作の服に紅か、似合っているな
約束通り週末。従業員寮から一緒に行けばいいのに、中央通りの噴水前で待ち合わせになった。
俺たちは従業員寮に住んでるが、アリスは商会近くの自宅兼工房に住んでるからな。俺もそろそろ改築させてる自宅が完成するから、そこに引っ越すつもりだ。いつまでも俺と同じ寮に住んでたんじゃ、商会員も気が休まらないだろう。
待ち合わせ時間は十時。商会員には全員魔導時計を配っているので、時間には正確なはずなんだが……。
「お待たせしました。準備に時間がかかってしまいまして……」
「そこまで待ってないさ。アルレット商会の新作の服に紅か、似合っているな」
「ありがとうございます。この紅の事も知ってるなんて驚きです」
そりゃ、これからライバルになる商会の商品位チェックしてるさ。
ただあそこも売っているのは本当に紅色一色だし、品質もそこまでいい物じゃない。
服も仕立てからやっているが、完成品を微調整して身体に合わせて売ったりもしている。今日カリナが着ている服は、間違いなく仕立てた物だろうけどな。
「あら、私が最後みたいね」
「そこまで待っちゃいないが……、その服が原因か」
「ごめんなさいね。かわいい服なんだけど、いろいろ面倒なのよ」
アリスの服はコランティーヌ商会の物か。
宝石などの装飾品をメインに扱っていた商会だが服飾事業に手を出したらしく、デザインは可愛いんだが今一つ実用性に欠ける服を売っているという話だ。
元々が装飾品を扱っていた商会なので、貝殻を加工した美しいボタンに小さな宝石を散らしたりと、細かいところまで装飾には凝っているな。
「コランティーヌ商会か。最近服飾で成長してきた商会だな。着心地とかは良いのか?」
「ちょっと着辛かったりするけど、肌触りはいいわよ」
「そうか。そのブローチと合わせるのに苦労したんだろ。この辺りだと薄い蒼色の服はあまり見かけないからな」
「分かって貰えると嬉しいわ。これはお母さんの形見なの」
魚を模した形の銀の台座に、薄緑色の宝石があしらわれたブローチ。蒼い服は湖面の様に見える。
ブローチ自体はそこまで高価な物じゃないんだろうが、形見という事だったら仕方がない。服の方をそのデザインに合わせるんだろう。
「素敵なブローチですね」
「ありがとう。それじゃあ、カフェにでも行きましょうか」
「今の一番といえば、ヴィクトワールカフェだな」
リチャーズの次女ヴィクトワールが経営するカフェ。
俺がレシピを渡したし、あそこの料理長が全力で支援しているから美味しいのは当然なんだがな。
若干値段が高いのは難点だが、金回りのいい貴族向けの店として人気だ。
「リュークがいいんだった行くけど。いいの?」
「他の店はまだまだだしな。あそこだったら問題ない」
「流石はリュークさんですね」
デートというか、こういった時の支払いは基本俺が出すからな。
多少高いといっても気にする額じゃないし、同じ食うんだったら旨い店で食った方がいい。
◇◇◇
ヴィクトワールカフェ。中央通りの一等地に外観から何からすべて力を入れて作り上げられた喫茶店。
メインは多種多様なケーキ類で店内でお茶などを楽しみながら食べる事もできるが、専用の木箱に入ったケーキを持ち帰ることも可能だ。
余裕のある家なんかは店で食べた後でお土産で幾つか買って帰るみたいだな。
「いらっしゃいませ。リュークさん!! お店に来てくださったんですね」
「今日は仕事じゃなくてな。席に案内してもらえるか?」
「残念です。では奥のテーブル席にどうぞ」
「なにあの子? 私たちと同じ位よね? それなのに店長って……」
「あの人が店長のヴィクトワールさんじゃないですか? リュークさんと知り合いだったんですね」
そりゃ、リチャーズの奴の所に持っていく商品は、可能な限り現地で説明位するからな。
村に住んでいた時は難しかったが今はトリーニに住んでいるんだ、俺が出来る事は手伝ったりもするさ。
特に今回はチーズケーキをふわふわでぷるぷるな状態に焼き上げるのが難しく、魔導オーブンの調整なんかに苦労したんだよな。
今回のケーキ作りのおかげで魔導オーブンも新しい魔導具として売り出したし、その利権を渡したリチャーズの奴はどうやら王都にいるナイジェルに魔導オーブンの量産を丸投げしたようだ。
まだまだ魔導エアコンが売れてるので、こっちでは流石に新しい魔導具なんて作っている暇なんてないしな。
「ふわふわチーズケーキとカリカータ王国産の紅茶です。では、ごゆっくりどうぞ」
「すごいわね。本当にふわふわだわ」
「面白いですよ、フォークでつつくとプルプルしています。……おいしいっ!!」
「紅茶とよく合うわ。カリカータ王国は王都の西にある国だっけ?」
「陸路では割と近場にある国だな。紅茶が名産だが絹も質がいいんで高い」
海路は遠いので、陸路で色々と仕入れているそうだな。
あんなチート性能な輸送方法があるこの世界ならではの貿易体制だろう。なにせ、下手すると船で運ぶより効率がいい。
この世界だと海にも魔物がいるし、魔物に対応できる陸路の方が有利なのは確かなんだよな。
「流石に詳しいですね」
「いろいろ情報は集めておかないと、いざって時に困るからな。こういう日に話す事じゃないが」
「ホントにね。リュークって仕事人間なんだから」
気の利いた話をしてやりたいところだが、俺は本当にこの手の話題くらいしかないしな。
酒場でダスティンたちとする話も似たようなものだし、あの時は他の商売とかの情報を集める事が多い。
大体この世界には娯楽が少なすぎるんだ。この世界ってのは言い過ぎかもしれないが、少なくともこの城塞都市トリーニには碌な娯楽が無い。メインの娯楽が酒場か賭場だ。紙がまだ高いから本すら碌に売られていないし、トランプだって高級品だからな。
「娯楽施設を何か考えるしかないな。その前にこの辺りをもう少し何とかしなきゃいけないが」
「また仕事モードに入った。リューク、今日の目的は何?」
「すまん。レディを放置して仕事は無いな」
「そんな、レディだなんて……」
「騙されちゃダメよ。反省してるんだったら、ここから先はエスコート位して貰わないとね」
「わかった。今日は暑いから涼しい場所がいいし、そうなるとコランティーヌ商会辺りか」
といっても、高価な魔導クーラーなんて流石にこの街でもほとんど普及していない。
この店はヴィクトワールが店長だから魔導エアコンが設置されているけど、ここ以外で魔導クーラーが導入されている店なんてほとんどないしな。
大商会でも魔導クーラーと魔導ファンヒーターを別に購入して、季節ごとに切り替えてるみたいだ。あれも元々は法衣騎士爵辺りを対象にした廉価版だったのに、肝心の法衣騎士爵家では魔導クーラークラスでもまだまだ高価すぎて手が届かないという……。
「いいわね。新作のネックレスとかも見てみたかったの」
「コランティーヌ商会を利用できるのは、流石にアリスさんやリュークさん位です」
「大商会が運営する最高級店舗の一つだからな」
コランティーヌ商会の服飾店舗も、リチャーズの娘のフォスティーヌが運営している。
しかもフォスティーヌは長女なので、次女のヴィクトワールより発言権が強いらしい。おかげであの店にも魔導エアコンが何台も設置されているしな。
「お姉さまの店に行くのですか?」
「このあとでな、お父上によろしくたのむ。支払いはこれで、釣りは良い」
「ありがとうございました」
八分の一にカットされたケーキひとつが銀貨三枚、日本円で三千円。
この値段でも割と売れてるって言うんだから、この街も豊かになったもんだ。
俺は三人分の代金に少し色を付けて、大銀貨を渡して店を後にした。
普通この世界では先払いが当たり前なんだが、この店では何故か後払いなんだよな。それだけ客を信用しているのか、それともこの店で代金を踏み倒せばどうなるのか客が理解しているかなのかは知らない。
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