第六十話 俺の事情を知ってる奴は、こうしたお誘いをしてくるとは思わなかったんだが
最近、女性商会員からのお誘いが多くなった。昼や夜の食事もそうだが、日曜日にどこかに出かけませんかといったものがほとんどだな。この世界でデートがどんな物かは知らないが、ガキの頃からひとりで生きてきた俺にエスコートなんて無理に決まってるだろ。
前世の記憶? 思い出せる範囲ではあるが、あいにくとそんな甘酸っぱい思い出なんてひとつもなかったぜ。
声をかけられる理由として俺が美容関係の商品に手を出したって事も大きいが、商会としてもかなり利益を上げているのでその頭である俺を結婚相手として候補に入れたという事なのだろう。
この世界というかこの国では、割と貴族と平民の結婚なんかも認められている。王族や公爵辺りの姫や令嬢と平民の結婚は流石に無理だが、伯爵以下であれば平民との結婚も問題はない。問題はないのだが、結婚した際にその姫や令嬢の身分は平民に落ちる。
継承権を持つ貴族の男性が平民の女性を娶った場合、生まれた子がたとえ男子で長男であっても子供に爵位の継承権はなく、他に子供がいなければいったん家から出した後で養子に迎えるなどと言った面倒な手続きが必要になる。
そんな事情もあって特に貴族の座から転げ落ちる寸前の法衣騎士爵家の次男以下や、結婚適齢期近くになっても婚約者の決まらない娘などは、金を持っている商会の役員辺りやその娘などを結婚相手に選ぶことも珍しくない。
法衣騎士爵家であれば実家の俸給が年間十万スタシェルから二十万スタシェル。月額で二万スタシェル以上稼ぐ男であれば、実家にいた時よりも良い暮らしができるに決まっているからだ。
その為、うちの商会に努めている法衣騎士爵の次男や三男も大人気で、すでに何組かは商会内で結婚まで決まっていた。
「俺の事情を知ってる奴は、こうしたお誘いをしてくるとは思わなかったんだが」
「敵討ちの事を言ってるんだったら、私も同じだからね。カリナと違って……」
「わ……、私も両親の仇をリュークさんにとって貰いました」
「初耳なんだけど……」
「俺が倒した頭犬獣人は、八年前に村を襲った奴とは別個体だろ?」
あの時の頭犬獣人討伐は両親の敵討ちとは別物だろう。
俺やアリスみたいに相手を捕まえて処刑した訳じゃない。
「うぅ……、こうなったらお爺様の仇を討ってもらうしか」
「勝手に村長を殺すんじゃない。仇がいないんだったらその方がいいだろ」
「でも、それだとリュークさんと同じになれないから」
「別に同じになる必要はない。俺だって、討ちたくて仇を討った訳じゃないんだ」
もし仮に両親が生きていた場合、俺はどうなっていただろうか?
両親の個人商会を手伝って大きくしたか、そのままその状況に満足してなんの行動もとらなかった可能性はある。
その場合、俺の中に眠っていたあの力はどうなっただろう? 戦いが無ければあの辺りの技なんかは使わないだろうしな……。
「そうですね。ごめんなさい」
「いや、せめている訳じゃない。カリナもあの村で平和に暮らしていたというには、かなり語弊があるだろ?」
「リュークさんが来なければ、あのまま廃村になっていた可能性もあります。もうかなり限界でしたので」
「あの時、どうしてあそこまでボロボロだったんだ? 食糧問題だけじゃないだろ?」
「前の年まで畑仕事を受け持ってくれていたキールさんが、リュークさんが来る一年前くらいに荒れ地に山鶏を狩りに行って、逆に殺されてしまったんです。それで……」
ああ、俺があの村に居つく前に、そんな事件もあったんだ。
そういえば村長が村の連中じゃ、山鶏を狩るのは無理だとか言ってたな。前例もあった訳か。
それでキールとかいう奴が死んだことが原因でさらに労働力が低下、畑もうまくいかなくなってあの有様って事なのか……、納得。
「俺があそこに住み着いたのは運がよかったって訳だ。食糧事情を真っ先に改善してよかったぜ」
「あの時の事は本当に感謝しています。お爺様はまだ気丈に振る舞っていましたが、毎日の食卓には本当に僅かな野菜と茶豚鼠の欠片でもあれば贅沢な状態だったのです」
「村長でそのレベルだと、他の奴らがあの状態なのは理解できる。川まで魚を獲りに行きたくても、あの距離を移動する体力もなかった訳か」
「よく村を維持できてたわね」
「崩壊寸前だったのは間違いないな。八年前に頭犬獣人の襲撃が無ければ、結構おおきな村になっていたと思うぜ」
狩りさえできれば、あそこの荒れ地は食料の宝庫の様なもんだからな。豊富なのは食料だけじゃないが。
あの村の奴らが最初に鋼蔓辺りを見分けて加工できるかどうかも問題だ。鋼蔓も見た目には他の蔓植物と変わらないしな。
加工出来ればかなり強力な紐や縄が出来るし、それを使えばいろいろと作れる。特に鋼蔓製の紐は魚の罠とか使い道は多い。
「マカリオとオリボも朝から晩までいろんな仕事を手伝っていたんですよ」
「俺が住み着くまであの村の若手コンビだったしな。畑の手伝いや柵なんかの修繕作業か。二人だったら他の仕事は確かに無理だろう」
「私が行った時からは考えられない状況だったのね。住んでみた第一印象は楽園みたいな村だと思ったのに」
「あの時は俺が住み着いて半年くらい経ってたからな。食生活は改善されていたし、色々と手を打った後だった」
魚を食うようになったからカルシウムが豊富になり、骨も丈夫になったんだろうな。その状態で体力も付けば、角豚や山鶏位狩れるさ。
俺が狙っていた白毛長兎は毛皮目的だったが、肉も食えるし内臓も肉醤に加工できる。本当に捨てる所の無いいい獣だ。
そろそろ金毛長兎の毛皮をサングスター商会に売りに行く時期なんだが、今年も兎の笛にいる金毛長兎を結構間引いたから、毛皮がかなり余ってるんだよな。
一度に売りに出せば当然値崩れを起こすだろうし、価値が無くなると方々に迷惑をかけるだろうから出荷枚数は抑えないといけない。
「半年でつぶれかけた村を再建って……」
「リュークさんには本当に感謝しています。だから、お爺様に言われなくても私はリュークさんの事が……」
「あ、今週の休み。どこか行かない?」
「ア~リ~スさん!!」
「この状況と雰囲気でそれを言い出せるアリスが凄いな……」
例の一件の後も別に付き合っているわけではないし、アリスも彼女面をする訳でもないんだが何故かカリナをからかう事が多い。
カリナが俺に接触しようとしたら割と邪魔はするし、他の女性商会員が近付いた時も横槍を入れることはある。でも、彼女面しないというか、それ以上の行動は起こさないんだよな。
俺がダスティンたちと飲みに行くときにはついてこないし、基本的に俺の行動に口出しをしてくる事は無い。
「アリスさんとばかりずるいです。たまには私とどこかに出かけませんか?」
「今週末は別に予定が無いしな。何処かに出かけるのは問題ないんだが……」
「珍しいわね。最近は工房に籠ってばかりだったのに」
「保湿クリームの開発を急がされていたからな。あれが完成して時間が出来ただけだ」
「代わりに商品開発部の方が大忙しだよね。容器の発注とか値段の設定とか色々仕事はあるし」
俺が全部やっても仕方がないので、開発が終わった後はある程度他の商会員に任せている。
開発に関しても一部は任せているが、やはり元の世界の知識がある俺に比べて発想が保守的というか、既存の商品に手を加えたようなものが多いんだよな。
どうやら他の連中も同じようで、今までの生活が不便だと理解したうえでどうすればそれが楽になるか分からないらしい。したくない仕事を書き出して、それを魔導具に任せりゃいいんだよ。
「で、どうするんだ?」
「え? ああ、どこかへ出かけるって話?」
「出かけるといっても最近できた服屋や小物商巡り、他には食堂街で何か食うくらいしかないぞ」
「最近は景気が良くなったから、いろんな店が増えたじゃない。最近人気なのは食堂じゃなくてカフェだっけ?」
「あれもひと悶着あったんだが、トリーニには無数にできたな」
ケーキ類のレシピは話し合いの結果、一応はレナード子爵家のリチャーズの奴が勝ち取った。
しかし、ケーキ作りに必要な生クリームやチーズなどはアルバート子爵家が握っているため、最終的に両家が利益を折半する形で納得したようだ。
王都でも各種ショートケーキやふわふわのチーズケーキが大人気で、毎日すさまじい量が工場の様なケーキ工房で焼き上がり、時間停止型のマジックバッグに詰められて王都に向かっている。
そのマジックバッグは通い箱のような扱いになっており、代わりに王都から他の食材や資材なんかが送られているという……。
「じゃあさ、週末は三人でカフェに行かない?」
「俺は構わないが……」
「私もそれでいいですよ。アリスさんに独占させるよりはいいですので」
そこで私だけとって言わない所がカリナなんだよな……。
はっきり態度を決めない俺が悪いのはわかっているが、今特定の誰かと付き合うといろいろ面倒に巻き込みそうなんでな。
悪いが暫くはこの状況で我慢して貰うしかない。
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