第六話 採集ついでにこっちの材料も揃ったし、本格的にこっちの方に手を出さないといけねぇな……
この片田舎の寒村で暮らし始めて既に数ヶ月が過ぎた。毎日せっせと村人に山鶏や白毛長兎の肉を届けたからだが、今ではこの村の半数以上の住人が俺のシンパになったし、村長も俺にカリナを接近させてこの村に取り込もうと必死の有様だ。
俺が教えた害獣対策や魔物対策の為の防護柵の設置も完了し、廃材なんかを利用して村の北側には物見櫓も作られた。村の東側は川があり、南側には城塞都市トリーニに繋がる道がある為に、この村を襲うとすれば北か西側に限定されるからってのも大きい。
実際に数年前にこの村が頭犬獣人の群れに襲われた時、頭犬獣人の群れは北側から攻めて来たって話だったしな。
その為北側の柵は他より丈夫にしてあるし、村人全員に簡易ではあるが弓を配った為に、この数ヶ月で村の防御面は格段に上がっている。
弓の方は俺が材料を入手してきて、マカリオとオリボ達と一緒に組み上げたんだけどな。こんな弓でも無いよりマシだし、極力接近戦をしなくて済むように細い木を加工して槍も作っておいた。これで頭犬獣人の襲撃程度だったらなんとかなるはずだ。
「採集ついでにこっちの材料も揃ったし、本格的にこっちの方に手を出さないといけねぇな……」
別に俺はこの村を良くしたいとか、そんな高尚な志を抱いてここに住み着いたわけじゃない。元々の目的はそんな志とは真逆と言ってもいい位だ。
村の安全性を高める為の物見櫓や柵の材料も、俺の本当の目的であるこいつを完成させる為の副産物に過ぎない。
これの量産にこの村が都合がよかったのが狙いで、白毛長兎や虎牙蔓での稼ぎすらついで仕事にしか過ぎないからな。
「元の世界の知識とはいえ、こんな面倒な方法を考え付いた奴がいるのが驚きだ」
俺が手にしているのは和紙。つまりこの世界でも人力で作れる昔ながらの紙だ。こんな物でも羊皮紙が公式な書類にまで使われてるこの世界では、目も眩む様な高級品だっていうんだから驚きだ。元々は海を隔てた他国……、ジンブって国から入ってきた僅かな紙を重要書類などで使うだけだったそうだ。そんな奴らとはまだ縁もねえし、俺も詳しい事は知らないが。
細かい製法などがなぜか前世の俺の記憶にあったからこれを売り物にする事を考えたが、そもそもこれを量産するための設備を揃える事がまず最初の難点だった。
材料の楮に似た植物はこの近くの荒れ地に無数に生えている。というよりも、この辺りの荒れ地に生える木の半数近くが楮に近い種類の木なのはこの村に潜り込むまでに調べ上げていた。
楮に似た植物とは別に、ほぐした木の繊維に近い性質の層を持つ便利な木も見つけた。小さい頃両親と一緒に街に比較的近い荒れ地に行った時に偶然見つけた木だが、コルク樫のコルク層の代わりに水に浸けて熱すると程よくほどける繊維質の層を持ち、これを使えばかなり効率的に和紙の製造を進める事が出来る。
発見したのは偶然だが、同じ種類の木がこの辺りには無数に生えている為にこの辺りでも和紙製作の為の繊維層を集めたい放題だ。この木の事を俺は和紙の木と呼んでいるが、こんな便利な木があるのに和紙の製造を考える奴がいなかったのは不思議だ。
繊維の接合に使うとろろあおいに近い植物が生えていることも確認したし、和紙の木の繊維を煮出す為の燃料や煮る為の水なんかの確保も入念に行っている。炭焼き小屋も作りたいところだが、現状でそこまで手を広げるのは無理だろう。
「とはいえ個人でやる場合、和紙の量産にはある程度限度があるよな」
俺が売るのは和紙だけじゃねえし、ある程度の量があれば問題が無い。それでもひと財産になるのは間違いないだろうが……。
しかし、相手を納得させるだけの量は最低でも必要だし、その手順を細かく記した仕様書も必要になるだろうな。そのあたりも準備しておかなけりゃいけない。
「最低でも一日当たりの生産量、使用する和紙の木の繊維の量、燃料の量なんかも必要になるだろう。そのあたりをきっちり詰めておかないと、ただの妄想を羅列しただけの紙になっちまう」
この世界には魔法がある。魔石を組み込んだ魔導具を使えば、元の世界の科学の粋を集めた機器よりも更に便利で汎用性のある物を作り出す事も可能だ。
俺は魔法を使えないし、今は便利な魔導具も使えねぇ。その状況での生産量という事になるが、向こうが手順を改良しても根本となる方法が同じ場合は問題ないみたいだしな。
おそらく魔導具をいくつか使えば生産力は俺が試作したときの数十倍……、状況次第じゃ百倍を軽く超えるだろう。
「狩りに出ず、一日朝から晩まで紙漉きをして精々百枚ちょっとか。和紙の木を使って手先が割と器用な俺でこのレベルだが、まだ慣れていないから仕方ねぇ」
俺がこの設備で漉く紙のサイズは二種類。元の世界でいうA4サイズの紙とB5サイズの紙だ。この辺りは羊皮紙で売られている基本サイズがこの大きさなんで、それに倣っただけだが偶然なのか? 使いやすいサイズって事になるとこの大きさになるんだろうが……。
紙を漉くだけだったらもっと枚数を稼げるんだろうが、均一な厚さに漉いたうえで一枚一枚並べて重しを使って水を抜いて乾燥させるのにどうしても時間がかかる。
この辺りの手を抜くと品質がガタ落ちになるし、慣れるまでは必要以上に丁寧にやるしかねぇんだろうが……。
「マジックバックを使う? あれに一時的に取り込めば生産量は上がらないか?」
いや、一応考えてみたがやはり無理か。
基本的にマジックバッグはただの持ち運びができる物置だ。俺が持つこれも見た目よりも遥かに多い荷物を運ぶことができるが、貴族が穀物なんかの輸送に使っている馬車に比べりゃ微々たる量しか入りゃしねえ。
とはいえ、両親が残してくれたこれは割と小さめのサイズだが、元の世界でいう六畳程度の部屋位の収納能力がある。取り込んだ物の時間経過も内部では二十八分の一だったか? この世界のひと月で経過するのが一日って話だしな……。
最高級品のマジックバッグになると、容量ほぼ無限、時間経過無しなんて馬鹿げたものが存在するらしい。逆に収納能力はそこそこでも時間経過が異様に早いマジックバッグなんてものも存在するらしく、同じマジックバッグでも無価値なゴミ扱いらしい。
俺が欲しいのはどちらかと言えばそんなマジックバッグなんだけど、どんな物でも使いようって奴だ。ある程度余裕が出来たら安いうちに買いあさるしかない。他の奴らがその有用性に気が付く前にな……。
「この品質の和紙だったら百枚でもひと財産だ。何せ店で売られてる価格だったら一枚最低でも五千スタシェルするしな」
元の世界の記憶がある俺からいわせれば、馬鹿げてるにも程がある。
羊皮紙の価格はその十分の一で一枚五百スタシェルだが、それでも紙一枚に五百スタシェル……、日本円で五千円って考えると馬鹿げてるよな。羊一頭から採れる羊皮紙の枚数を考えりゃ、仕方がないのかもしれないけど。
「俺が売り込む場合は卸売価格だが、それでも半値以下って事は無いだろう。相手に華を持たせる形にすりゃ二千スタシェルって所か」
それでも僅か一枚の価格だ。一枚二万円って考えると、本気で紙幣を刷ってるレベル?
このまましばらく量産し、十分な量に到達したらあの街……、城塞都市トリーニに舞い戻るつもりだ。
できればこの村で信用できそうなやつらに紙漉きを教えたいんだが、金で雇うしかないだろうな。その為の資金をどうするかだが……。
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