第五十八話 ヘビドジョウでもこうしてつみれにすれば旨いだろ? 生姜に近いこいつを見つけたから考えたんだが
この話から第三章になります
楽しんでいただければ幸いです
ガキの頃の夢を見た。
俺の両親が殺されて一年位は両親が家賃を支払ってくれていたおかげで住んでいた家で暮らせていたが、その後はまだ九歳の俺に家賃など当然支払える訳もなく、一部の形見と生活に必要な物以外の家財道具一式をほぼ売り払って俺は城壁周辺のスラム街に身を隠した。
スラム街はまさに地獄のような場所で、マジックバッグ自体は珍しいものではなくそこまでお宝という訳でそこまで狙われなかったが、小銭を不用意にちらつかせたりすれば暴力で奪われる事が当たり前の様な世界だった。
俺はひと月ほどで仲のいい同年代のガキを数人従えて割と安全なねぐらを確保したが、数人でローテーションを組んで寝ずの番をしなければ命がいくつあっても足りない生活だったのは間違いない。
俺が同世代のガキどもを従えた理由、それは俺がいろんな技術に長けていたからだ。俺の周りにはまともに料理などできる奴などおらず、せっかく食材を手に入れても調理法が分からないので結局無駄にするか、串などを刺してそのまま焼いて食うしかなかった。
またそいつらは読み書きもできないので、何か手に入れても冒険者ギルドや露天に売りに行くこともできない。
詰むべくして詰んでいるんだが、その状況から抜け出そうと足掻く奴などいない状況だ。
「リュークは凄いよな。まさかこいつがこんなに旨いとは思わなかった」
「この肉醤だっけ? これを入れると全然違うよな」
「この野草が食えるなんて初めて知った。知ってれば絶対食べてたのに……」
知識は武器であり力でもある。最初は小さな鍋に作っていた料理だが、それを目当てによって来る奴がいたので食材と引き換えに食わせる様にしたら数人が手にいろんなものを持ってくるようになったんだよな。
その後で仲良くなったので皆で街中の川に行ってジャイアントクレイフィッシュやヘビドジョウを捕まえたり、街の外で丸兎やカラカラ鳥を捕まえたりしていた。
トリーニの北部には岩塩が獲れる場所が多く、レナード子爵家側の門から出てひたすら北上すれば岩塩を採集できる岩だらけの荒れ地が存在する。おかげで塩は安いので買ってもいいんだが、ただで手に入る物はただで手に入れればいいのでそこで拾う事も多い。
その塩を使って作っていたのが肉醤だ。当時は塩かそのあたりに生えている香辛料を使うくらいしかなかったので、肉醤を味付けに使う事でいろんな食材を美味しく食えるようになったもんだ。
「ヘビドジョウでもこうしてつみれにすれば旨いだろ? 生姜に近いこいつを見つけたから考えたんだが」
「それも食えるなんて思ってなかったぜ」
「ホント、リュークって物知りだよな」
地獄のような場所ではあるが、周りにいる奴全員が鬼の様な性格をしているわけでもない。こいつらはただ飢えていただけだった。
スラム街に住み着いた理由は様々で、俺と同じように両親が誰かに殺されたかそれとも両親は生きているが口減らしの為に捨てられたかだ。
教会の孤児院に行くやつもいたが、ここから這い上がるには誰かの世話になってちゃ意味はない。
俺たちはこの生活に耐えられずに孤児院に向かう奴を止める事は無いが、ここで一旗揚げようと考える奴はとりあえず何でも口にしながらその時を待っていた。……永遠にその時がこない奴ばかりだったがな。
◇◇◇
スラム街に住み始めて一年後。俺と仲のいい数人で拠点をスラム街から川に近い空き地に移し、その木陰で雨露をしのいでいた。
この街中の荒れ地も場所的には外周寄りで、スラム街からもそう離れてはいない。
周りには空き家も多かったが状態のいい空き家は貴族に管理されている事も多く、状態の悪い空き家でも住める状態であれば盗賊などの拠点になっている事も多いので迂闊に入り込むのは危険だった。
この荒れ地に拠点を移したことで街の外に出るのは苦労するようになったが、川が近いのでその川に住む様々な魚などの調達は楽になった。浅い所だと罠なんて必要ないしな。
「ドジョウも旨いがほぼ毎日だと流石に飽きるな」
「カラカラ鳥もたまには取れるじゃないか。今日は卵も手に入ったし」
「あいつらを放置してるとうるさくて眠れないからな。敵の接近を知らせてくれるのはありがたいが……」
カラカラ鳥は日中ずっとカラカラという独特な鳴き声を響かせる迷惑な鳥だ。日没後は流石に鳴き止むのだが、夜中でも目を覚ますと鳴き始める事も多い。
寝ている場所の近くにカラカラ鳥がいると誰かが近付いた時に鳴き始めるので、警報機が割りには重宝したりもする。
「数羽でいいよね。それ以上いたら間引いた方がいい」
「まったくだ。肉もそこそこ食えるし、役に立つ鳥ではあるんだがな」
「多いとうるさいし、寝てる木の上にとまってたりするとね……」
たまに糞を落としやがるからな。
あの鳥の真下に居る時には注意が必要だ。気を付けなきゃいけないのはあの鳥だけじゃないが……。
「いろいろと食材も揃ったし、明日は豪勢に行くか」
「メインはなんにするの?」
「ドジョウだ。夏はドジョウがおいしい季節だしな。脂がのって旨いぞ」
「旬って奴? あまり気にした事もなかったよ」
食べ物なんて口にはいりゃいいって奴がほとんどだったから、旬の食材なんて考えた事もないそうだ。
産卵後の痩せてうまくも無いドジョウを食ったり、まだ熟していない木の実なんかを食べてたくらいだしな……。
「柳川鍋にしたいが無い物が多すぎる。小さいが開いて蒲焼きだな」
「柳川鍋が何か知らないけど期待してるぞ」
「ドジョウの蒲焼きだけじゃさみしいから、他にも何か作るか」
「他の奴に声をかけて来る。何か食材を持ってくればいいんだけどな」
当日に食材を持ってこられても困る事も多いけどな
すぐに食える物ならいいけど、泥抜きとかに時間のかかる食材を持ってくる奴も多いんだよ……。
その場合は説明をして、飯は食わせるけどその食材は後日俺たちが食う事になるんだが。
◇◇◇
食事会というか、川の近くで行っている食材持ち込みの炊き出し会。
石を集めて作った竈では開いて串打ちしたドジョウを焼き、もうひとつの即席竈にはでかい鍋が鎮座している。
ロドウィック子爵家の領内で作られて、この辺りでも格安で売られている米は事前に別の鍋で炊いているから、それを後で追加して雑炊にする予定だ。
「なあ、本当にそれを入れるのか?」
「ライスの事か?」
「ああ、それだよ。この辺りの奴は誰も食べないだろ?」
「主食としては割と優秀なんだけどな。今回は丁寧に糠もとってある」
棒と口の小さな瓶を使った昔ながらの方法でな。
城塞都市トリーニの外には荒れ地が多く、そこには色々な薬草や香辛料などが生えている。少し小ぶりな胡椒モドキなんかはあれば便利な香辛料の一つだ。今回はいろいろな香辛料を入れて少し辛めの雑炊にしてある。
今日の雑炊はカラカラ鳥のガラで出汁もとってあるし、肉醤で味も調えてあるから辛くても十分に旨い筈。
「ずいぶん集まったな。三十人くらいか?」
「全員椀くらいは持ってきてるけど、持ってきた食材ですぐに使える物は少ないぜ」
「毎回の事だが、下拵え位済ませた食材を持ってこれないもんか?」
「それが出来るのは本気でリュークくらいさ。持ってきた食材の殆どは後で俺たちの食糧だな」
「使える物もあったのか?」
「食べやすいサイズのホワイトバスだ。これだったらそのまま焼いてもいいだろ?」
臭みが無いから塩焼きにすりゃいいな。
これだけの人数だし、少しでも料理は多い方がいい。
「塩焼きで頼めるか?」
「了解。いつも通りだな」
「これで雑炊が完成次第食えるぞ。ホワイトバスは、後のお楽しみだ」
ドジョウの蒲焼きも結構な数を用意したしな。朝早くから頑張って捌きまくった甲斐があるってもんだぜ。
蒲焼きのタレは肉醤ベースに米飴を加えてドジョウの頭や骨を煮込んで作った物で、あまり量が無いから今日使って終わりだ……。
ヘビドジョウに関しては、ほんとにそこら中にうようよいる。あれだけ取りまくっても全然減ってる気がしない。
「さあ、みんな食ってくれ。今日はかなり気合を入れたから旨いぞ」
「……旨い!! ライスなんて食えないと思ってたのに」
「ここまでうまい雑炊なんて初めてだ!! こんな大きな肉も入ってるしな」
「カラカラ鳥のブツ切りもかなり入ってる。何処が当たるかは運しだいだ」
少し辛いが十分に旨いのでどんどん雑炊が減っていくな。
ドジョウの蒲焼きも食われているけど、こっちは味が繊細だから評判が悪い。ホワイトバスの塩焼きの方が人気なくらいだ。
「これ、美味しですわ」
「この子、誰だ?」
いつの間にか身形のいい女の子がドジョウの蒲焼きを食べていた。
こんな小さな子が食べる位文句は言わないが、問題はこの子の格好だ。
「見かけないというか、この辺りにこんな服を着てる子なんている訳ない」
「大商会か貴族の娘だろうな」
「お嬢様!! このような場所で出る物など口にされてはダメです!!」
お付きの男がどこかからか走ってきて、女の子の食べている串を取り上げようとした。
それを捨てようっていうのか?
「何処の誰かは知らないが、こんな所で作られた料理は食えないっていうのか?」
「当然だ!! こんな不衛生な……」
「この街を此処まで不衛生にしているのは誰だ? 俺たちはここまで街を汚しちゃいない」
「そ……、それは」
「それにだ、料理を作る前にはきっちり手を洗っているし、衛生面には気を使ってる。腹でも壊したら俺たちは命を落としかねないんだ。慎重になるのは当たり前だろ?」
医者にかかれないって事はそういう事だ。
最悪教会の治癒院にお世話になるだろうが、病気が治ってもそのまま孤児院いきなのは確実だな。
「こんなものを……」
「ヘビドジョウは今が旬。そのドジョウを綺麗な水で一週間泥抜きをして蒲焼きにしているんだ。不味い訳がない」
「本当よ。こんなにおいしいお魚は初めてかもしれないわ」
「あんたも食ってみろ。不味けりゃ幾らでも文句を聞いてやる」
「儂も食っていいか?」
いつの間にか髭を生やした厳つい爺さんがそこにいた。
こいつがこの子の親か何かか? 親にしちゃ歳が離れているな……。
「お爺様。この料理、とっても美味しいのですよ」
「ほう、クリスがそこまで言うとは。で、儂も貰って良いか?」
「ドジョウの蒲焼きは人気が無いんでいいですよ。そっちの人も」
俺が差し出したドジョウの蒲焼きを口にして驚く爺さんとおっさん。
日本酒や味醂が無いからまだ不満なタレだが、今ある材料で作るとしたらこれが最高の出来の筈。
「これは旨いな。確かにこんな場所で食える料理ではない」
「驚きました。このような魚など食える訳が無いと……」
「ちゃんとした手順で正しく調理すれば、大抵の食材は美味しく食える」
「本当です。もう一本頂いてもよろしいですか?」
「遠慮なくどうぞ」
この爺さんは間違いなく貴族、しかもかなり格上の貴族だ。
下手な対応をすれば俺はともかく、こいつらも巻き込みかねないからな。
「うわぁ……、本当においしい」
「これは代金だ受け取ってくれ」
爺さんが懐から数枚の金貨を取り出した。
受け取ってもいいが、この場所だとそれは財産じゃなくて自身を縛る鎖にしかならねえのさ。
「いえ、それには及びません。この辺りでそんな金を持っていると、命を落としかねませんので」
「そうか……。治安は悪いがこんな子供がいるとは、この辺りもまだまだ捨てたものではないな。では、後で何か食糧を届けさせよう」
「ご馳走様でした。私はクリス、また会えるといいね」
こうして嵐の様に去っていった少女。もう二度と会う事は無いと思うが、あの爺さんはセブリアンだった訳で、となるとあの少女は孫娘のクリスティーナだった訳だ。
当時の俺が十歳だから、孫娘のクリスティーナはあの時八歳くらいか?
よくあの爺さんの目を盗んでこれたもんだな……。
懐かしい夢だったが、あの当時つるんでいた奴らの多くは最終的に教会に駆け込んで孤児院の世話になったか、冒険者として本格的に活動を開始してそのほとんどが夢の代償に自らの命を差し出した。
俺があの日、城塞都市トリーニを見限る原因となったのも、仲の良かった奴の最後の一人がダンジョンで命を落としたからだしな……。
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