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第五十一話 フレイムサラマンダー。炎の精霊で有名な火トカゲではなく、炎を操る巨大な大山椒魚の方か




 数ヶ月前からロドウィック子爵家の領地にある山の一部で火災が頻発していた。場所的には東に横長い穀倉地帯のほぼ中央で、そこから北部に向かった旧魔族領の中でも禍々しき魔素の比較的に濃い地域で発生した物だ。


 報告を聞いた者は最近活発になったこちらの動きをけん制する為に、魔族が仕掛けてきた策ではないかと状況の確認に奔走し、全領内から盗賊ギルドと冒険者に依頼が飛んで数多くの目撃情報と現場検証の結果、この一件には魔族が関わっている可能性は無いと判断された。


 そして先月、今度は穀倉地帯で大規模な火災が発生し、初夏に収穫を待つ冬小麦のうち一割近い量が焼失する。


 最初は魔族でないのならばロドウィック子爵家と仲の悪い他の穀倉地帯を持つ貴族の仕業ではないかと疑われたが、その原因であった魔物は日中は沼や池に潜み、夜陰に紛れて川を下って畑に侵入しそしてそこで炎を纏って黄金色に実った小麦を紅に染め上げた。


「フレイムサラマンダー。炎の精霊で有名な火トカゲではなく、炎を操る巨大な大山椒魚の方か」


 この世界では割と人気な魔物の一種で、五メートルほどの個体が冒険者には最高の獲物らしい。


 フレイムサラマンダーはごつい特別な皮膚の上に可燃性の高い粘液を分泌して身体に炎を纏う。しかし、その体には火傷を負うことなく、その下の肉にも纏った炎の熱は通さない。その為フレイムサラマンダーの皮膚はなめされてマントの下地などに利用される事が多く、耐火性能の高い素材として非常に人気だ。


 体長一メートルほどの個体は同じ皮膚を持ちながらまだ炎を纏う能力が無く、初心者冒険者によく狙われているのだが、若干皮が薄かったり強度がなかったりするので買い取り額は低く、やはり五メートルクラスの個体の物が一番品質も良く、当然買い取り額もかなり高額となる。


「冒険者に人気の魔物だが、俺が調べた情報だとフレイムサラマンダーじゃないらしい。こいつは進化種だ」


「進化種と言いますと、禍々しき魔石を飲み込んだ魔物ですか。一匹で一国の軍に匹敵すると聞きますが」


「その通り。ただのでかいフレイムサラマンダー討伐と意気込んで向かった冒険者十名ほどが、その口から放たれた広域な炎のブレスで消し炭になったそうだ」


「フレイムサラマンダーは炎のブレスを吐きません。魔物の正体はインフェルノサラマンダーで間違いないようですな」


 インフェルノサラマンダー。滅火竜バーニングドラゴンに匹敵する魔物で、魔物災害の一種と呼ばれている。


 外見は少し厳ついフレイムサラマンダーなのだが、炎のブレスに加えて自身を中心とした半径数十メートルを炎で焼き尽くす業炎という技が凶悪で、この技がある為に迂闊に接近して迂闊に攻撃などしようものならば、その炎であっという間に消し炭だ。


 その炎で焼かれた動植物は禍々しき魔素で汚染され、その闇の魔素を自らに取り込んでさらに成長していると聞く。


「奴がどっちに向かうかは知らんが、こちらに向かってくれば流石に知らん顔もできまい」


「最悪、城塞都市トリーニ城塞が炎に呑まれます。しかし、ロドウィック子爵領の問題に、勝手に口出しをするのはまずいのでは?」


「そこだな。いくらこの辺りが三家で共同運営しているとはいえ、今まで独占してきた穀倉地帯で起きた問題で俺たちを頼るのは筋違いだろう」


 そう、ロドウィック子爵家はこの地に移り住んで以来、当時から一番マシな領地であった西南方面を真っ先に自分の領地だと主張した。


 当時のアルバート子爵家当主やレナード子爵家当主にはあれほど広大な穀倉地帯を運営した経験はなく、元々農耕貴族と呼ばれていたロドウィック子爵家に言われるがままに、あの肥沃な大地を明け渡したのだ。


 実際にはロドウィック子爵家に広大な穀倉地帯を運営する能力はなく、無理のない範囲で穀倉地帯を運営し、収穫される農作物を独占する事に成功した。


 結果としてそれがうまく輪作のサイクルにはまり、以後も同じような形で農耕地の管理を続けている。


「当時から領地運営に苦労した他の家に穀物を売って繁栄したのだ。こんな辺境の値段としては安くはあったが、それでも奴らは農作物を独占して俺たちの祖先から金を毟り取った」


「いまだに根を引く問題ですな。アルバート子爵家やレナード子爵家がロドウィック子爵家を目の敵にするゆえんですか」


「そうだ。だから例の問題でも奴の分家を処罰する、いい機会だと思ったのだが」


 どうやらアリスの敵討ちはついでの様だな。


 主な目的はアルバート子爵家やレナード子爵家が、ロドウィック子爵家の分家を断罪する為の口実という訳だ。


 どうりで俺が噛んでいるとはいえ、二家がやけに協力的だと思った。


「インフェルノサラマンダーはどうしますか? まさかトリーニが焼け落ちるまで放置という事は無いのでしょう?」


「忌々しい事だが、ロドウィック子爵家側の城壁の状態は完璧だ。あの状態であれば、切り札が使えるという判断だ」


「……あの噂の魔導砲がまともに稼働すると?」


「流石にリュークだな。知っていたか」


 知っているとも。あの馬鹿げた城壁の事は一度徹底的に調べた事がある。


 なぜあんなにも城壁の摩耗が激しいのか、その答えはあの城壁内部に搭載されている対魔族用高出力魔導兵器、通称魔導砲が存在するからだ。


 この魔導砲、通常時でも城壁外に微弱な魔導波の放出をしており、その魔道波が外壁に細かいヒビなどを発生させ、結果として外壁が異常に早く摩耗する形となっていた。


 外壁は魔導砲を隠す為の目隠しであり、その為に城壁の維持が義務付けられてきたという事だ。なお、同じ魔導砲が王都の城壁にも組み込まれていると聞く。


「発動には相当な量の魔石が必要と聞いております。魔導エアコンの量産で、この街には十分な魔石が無いのではありませんか?」


「魔法使いに肩代わりさせる方法もある。最悪の場合、尊い犠牲になるやもしれんが……」


「百人単位の魔法使いが必要と聞きましたが」


「高純度の魔石だけでなく、普通純度の魔石もできる限り用意する。その場合犠牲者は十数人だろう」


 インフェルノサラマンダーの討伐に、十数人の犠牲で済むのであれば尊い犠牲だと思うのだろうな。


 犠牲にされる方にすれば、堪ったものではあるまい。


 しかし、他に方法が無いのも事実だ。僅かな犠牲に躊躇して手を(こまね)いていれば、城塞都市トリーニに住む数十万人もの住人が犠牲になる。


 領主ともなれば、この冷たい決断を迫られることもあるのだろう。


「魔導エアコンの量産は、しばらく王都に任せるという事で?」


「そういう事だ。何処で量産しようが、入ってくる金は変わらん。アレを売り込む先もな」


「結局は王家と公爵領ですからな。王都で生産した方が、距離的には近いでしょう」


「領内の商会共は他にもいろいろ持ち込んで、この機会に儲けているらしいぞ。目玉商品は再開したジンブ国産の絹に、何処から入手したのか不明な金毛長兎(ゴールドシルク)の毛皮だ」


 ジンブ国からの輸入品は、レナード子爵家領内にある大手の商会がほぼ買占めているという話だな。


 魔導エアコンの売り上げや、その生産に伴う特需で潤っているので、この機会に商会の規模を拡大しようといろいろ手を広げているそうだ。


 不慣れな事に手を出すと火傷するぞ。


「輸入品ではありませんが、他の貴族領からの魔石の購入は難しいですか?」


「今の状況ではまず無理だな。父上にお願いして高純度の魔石を送って貰うように頼んだのだが、半年経っても無理という事だ。高純度の魔石はどこも貴重だからな」


「王都の魔導砲用ですか」


「そういう事だな。それと普通の魔石は魔導エアコンの量産の為に手放しはせん。現状では残念ながら近隣のダンジョンのドロップに期待するしかない」


 冒険者も今はダンジョンで大活躍中だ。


 特に魔石やマジックバッグは買取価格がいいからな。入手したマジックバッグの性能次第じゃ、その中に魔石を詰め込んで持ち帰るって手段もある。


 ただ、その冒険者たちでもインフェルノサラマンダーの討伐は無理だ。


 超一流の冒険者であっても、あの魔物を倒す手段は持ち合わせていないからな。


 数十年前の話になるが、北方に出現したインフェルノサラマンダーの近種でブリザードサラマンダーという魔物がいた。こいつは炎の代わりに周囲を凍結させたり、氷化のブレスを吐いたりしたのだが、いまだにその時氷漬けにされた村は冷たい氷の中に閉じ込められている。


 ブリザードサラマンダーを討伐した方法だが、出現した場所は割と山の中だったので、断崖絶壁の上から地中深く続く穴の中に叩き落したという話だ。討伐できたかどうかは不明だが、それ以来ブリザードサラマンダーは姿を見せないらしい。


 地形的な問題でこの辺りにはそんなに深い崖は無いので、インフェルノサラマンダーに同じ方法は取れない。


「アルバート子爵家のダンジョンが頼みの綱ですな」


「我が領内では何故か魔石のドロップ率が悪い。こればかりは天の采配でどうにもならん」


「海底神殿でもう少し魔石が入手できれば良いのですが」


「ダンジョンから何が産出されるかは運だ。王都の近くにある黄金宮殿などが有名だろう?」


「有名な金山要らずの黄金ダンジョンですな。黄金や銀のドロップ率が異常に高いとか」


 この国に大きな金山は無い。


 なのにこの国は周辺諸国の中で高純度な金貨を鋳造する国として知られており、この国の周辺の国で金貨と言えばこの国が鋳造する金貨を指す。


 あの魔導エアコンを馬鹿みたいな規模で購入しているのに金が尽きない理由もここにある。俺があるところから金を毟り取るといって理由も同じだがな。


「法衣貴族が多いこの国の内情だな。土地は与えたくないが金はある。だから法衣貴族が多いんだ」


「領地が欲しくば魔族からその地を取り戻せ、でしたか? 実践したのが前領地拍ですが」


「あの男は勇者の末裔らしい。真実はわからぬがな」


「勇者の末裔など言ったもの勝ちですからな。王族と違い、勇者の血族や末裔を騙る事は罪になりません」


 公的な場で王族だと騙れば捕まって即打ち首だ。そうでない場でも役人の耳に入れば高確率で捕まるし、家族がいれば連座で処刑される。


「どこかで勇者でも見つからぬかな」


「インフェルノサラマンダーの討伐が出来れば、勇者として認められるでしょう。消し炭になる確率の方が高いですが」


「だろうな。だから今回は魔導砲にかけるしかない。ロドウィック子爵家には気の毒だが、穀倉地帯の半分と多くの領民の命を犠牲にしてな」


「避難勧告は出さないのですか?」


「それどころか、収穫できそうな小麦を急いで収穫し、トリーニに運べというありがたい通達を出したらしい」


 バカじゃないのか? 天秤にかけているのは人の命と小麦だぞ。確かに主食である小麦をあれだけの規模で失うのは痛いが、小麦は他の貴族の領地から買えばいい。


 穀倉地帯を持っているのはロドウィック子爵家だけではないし、ロドウィック子爵家の数倍の規模の大穀倉地帯を持つ貴族も何人かいる。


「度し難い一族ですな」


「昔からだ。我が家もアルバート子爵家とは交流もあるし付き合いもあるが、ロドウィック子爵家とはかなり疎遠だな。アルバート子爵家も同様だ」


「……魔導砲の件は大丈夫なのでしょうか?」


「それだけは大丈夫だろう。ロドウィック子爵家は犠牲にする魔法使いの事など気にもせんよ」


「……嫌われる訳ですな」


 貴族としては正しいんだろうが、正しいからこそまともな感覚を残すリチャーズたちとは反りが合わないんだろう。


「それに、アルバート子爵家側の魔導砲も整備中だ。城壁がかなりダメージを受けるだろうが、背に腹は代えられん」


「万が一の時の保険ですな」


 インフェルノサラマンダーの討伐が何事もなく済めばいいが、少し嫌な予感がするな。


 しかしロックスパイダーとはわけが違うんだ、あのクラスの魔物相手に俺の出来る事なんてない。


 悔しいが成り行きを見守るしかないだろうな……。




読んでいただきましてありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。

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