第五十話 保湿成分などを全部入れた美容固形石鹸の価格は金貨一枚、一万スタシェルだ。平民向けに安い商品も出したかったんだが、今の状況じゃ無理だしな
現在、アーク商会で扱う商品は石鹸やいくつかの魔導具、それと陶器製の瓶に入った醤油や味噌などだ。味噌は木桶に入れて売っているが、この辺りではあまり人気は無い。
しかし、売り上げの殆どを支える石鹸の売り上げはすさまじく、毎日生産された商品が瞬く間に売り切れているありさまだ。
その内訳の半分以上は王都行きで、残りも殆どは侯爵などが運営する他の大領都に運ばれている。城塞都市トリーニがいくら好景気とはいえ、流石に平民クラスでうちの石鹸を気軽に使うのは難しいらしい。
「こんな値段付けたらそうでしょうけど、買っているのは殆ど貴族なのよね」
「保湿成分などを全部入れた美容固形石鹸の価格は金貨一枚、一万スタシェルだ。平民向けに安い商品も出したかったんだが、今の状況じゃ無理だしな」
「そんなものを作る暇や材料があるのでしたら、美容固形石鹸の仕込みを増やしてください。王都からの注文書の山をみますか?」
「いや、わざわざ和紙で注文してくる王都の商会に戦慄しているところだ。たかが石鹸にここまでとは……」
安価で一般的になった羊皮紙を避け、わざわざ高価な和紙を使って注文してくるんだから凄いよな。
石鹸に関してはレナード子爵家が関わっていないので、売り上げは丸ごとうちの商会に入る。
一応既定の税金は払うが、それでもとんでもない額の利益が出ている訳だ。
元々原材料費は高くないし、問題となる固形化するまでに必要な時間はマジックバッグで解決済。時間経過の速いマジックバッグが市場にはもうほとんどないからライバルはいないし、完全に独占状態だからな。
「たかがって……、この石鹸は凄いのよ!! ほら、こんなに手がすべすべ」
「香りもいいですよね。香料を変えていろんな香りのバージョンを出した頭には感謝しています」
「みんな同じ匂いをさせてるのも問題だろう? 香料としてはバラの売り上げもいいが、桃やオレンジの香りの石鹸もよく売れているそうだな」
「一番人気はいつも不動でバラよ、次がオレンジ系。商品開発部門で香料の種類も研究中らしいわね、今開発してる追加の香料は十種類くらいかな?」
うちの商会の商品開発部門な。
魔石を使って魔導回路などを作動させる魔導具が開発できる魔導具職人は引く手あまただが、薬品系などの技術者はそれほど需要が無い。
そこで俺が魔導具職人で薬剤に詳しい人間を集めていろいろやっているが、このままだと本気でアーク商会を化粧品メーカーにされかねない勢いだ。
回復薬や傷薬などは教会が独占してるし、シスターシンシアに悪いので手を出していないが、同じ薬でも美容や化粧品系の商品は手付かずだったんでこれに手を出したのが失敗だった。商業的には大成功だが。
「石鹸の普及もあって、最近は一部の貴族しか習慣でなかった入浴がブームだそうです」
「おかげで私の魔導ドライヤーの売り上げも伸びているわ」
「石鹸を持っているのは一部の貴族だけじゃないのか?」
「有料の浴場には改良された箱入り石鹸が置かれているらしいですね。こっちも有料ですけど、値段は格安ですから」
「保湿成分とかは入ってませんけど、香料なんかを少しは工夫されていますね」
前のは酷かったからな。
今のは少しマシらしいが、貴族が使う事は二度とないだろうという話だ。
うちの商会で売り出しているフルスペックの美容固形石鹸は高いのにな。
「入浴の習慣が普及したんだったら、そろそろシャンプーやリンスを出してもいいか」
「なんですか、それ?」
「髪専用の石鹸というか洗剤だな。いくら保湿成分や薬効成分が入っているとはいえ、その石鹸で洗っても髪はゴワゴワになるだろ?」
「そうですね……。仕方が無いと思っていましたけど」
「そこでだ、中の成分がほとんど違う髪専用の洗剤の登場という事なのさ。試作品はずいぶん前に……。ちょっと待て、その場所から動くなよ……」
いや、アリスやカリナはともかく、他の髪の長い女性商会員が襲い掛かってきそうな顔でこっちを見てるんだが。
開発したのはシャンプーとリンス。シスターシンシアに納品する薬草類なんかも参考にして、薬効成分が高く頭皮のケアを行えると同時に、髪質を上げるように色々と工夫してある。その上香料の違いでバージョンを十種類ほど用意した。
机の上に並べていく試作品を見る目が怖いんだが……。
「仕様書」
「え?」
「今すぐ、仕様書を此処に出しましょうか? 後はうちの商品開発部門に任せます」
「……値段の設定。分かった、この商品はカリナたちに任せよう」
俺が作った試作品と、必要な材料や使用上の注意などが綴られた仕様書の束はアリスたちの手に渡り、誰がどのサンプルを使うか水面下での攻防がすでに始まっていた。
美容に対する女性の執念を垣間見た気分だが、カリナやアリスはまだ十代だろ? そこまで気にする事は無いと思うんだがな。
「他には何もないでしょうね?」
「他とは?」
「美容系の他の商品。錬金術用の機材まで導入したリューク専用の工房で、たまに何かやってるわよね?」
「まだ表に出せるレベルのは無いな。俺にはやることが多いんだ」
美容商品だと特殊な薬剤を少し混ぜ込んだ保湿クリーム系を開発中だが、材料の入手に手間取ってるんだよな。
海藻類はシャンプーなんかの開発にも使うが、他にもいろいろ必要だし成分の抽出にも特殊な道具が必要になる。この世界には錬金術師なんかが使う成分の抽出専用の便利な道具もあるが、その専用の道具を使うには氣と魔力が必要なうえにかなり細かいコントロールが必要なんだ。
今も俺が暇を見ては商品開発用の保湿成分などの抽出を行っているが、大規模に抽出する場合は魔力を持つ商会員と氣を持つ商会員がセットで行うしかない。繊細に魔力などをコントロールする能力が必要なので、彼らの給料は他の商会員の二倍近い額だ。
「それの開発はリュークに任せるけど、仕様書に落とし込んだら教えてよね」
「そうですよリュークさん。独り占めはダメなんですから」
こういう時のアリスとカリナは息がぴったりだな。
後ろで頷いてる女性商会員もそうだが、美容系商品開発の話の時の食いつきが凄い。
部屋に飾る超リアルな木製の帆船模型を商品化した時、アリスたちを含める女性商会員全員がほとんど興味なさそうにしてたしな。
あの帆船模型も貴族の間では受け、今や作るところまで含めて一大ブームを巻き起こしている。この街での帆船組み立てキットの生産数は少ないが、他の街で暇を持て余している木工職人が類似品を作っているそうだ。この街以外で生産した物は完成度が今一つと聞くがな。
「完成したらすぐに持って来るさ。とりあえずはシャンプー類の販売だな」
「必要な物は請求するわよ。時間経過の速いマジックバッグがいくつか必要になりそうだし」
「商会の倉庫にあるマジックバッグは使っていい。俺が必要としている分は持っているからな」
予備のマジックバッグも今は三千枚くらいあるしな。
結構な数が酒や石鹸の生産に使われているが、石鹸とかだと物が小さいからひとつでも結構な数を仕込める。酒とか醤油なんかは樽の大きさがデカいので結構な数が必要だ。
「ありがとう」
「他にも必要な物はいってくれ、可能な限り用意する。専門的な機材なんかは時間がかかるが、必ず手配して見せるんでな」
「わかったわ。何かあればリストにして渡すから」
アリスは自分の魔導具開発もあるが、通常時間はキッチリ商会の仕事をしてくれる。
元々魔導具職人をしていたので細かい所にも気が付くし、あらかじめ必要な物を用意して仕事を始める。
別の奴に任せた時は酷かった。見切り発車で開発を始めた上に、途中で資材不足になって商品を駄目に仕掛けた奴もいるしな。あまり数が無かったが、時間停止型のマジックバッグを渡したので何とかなったが。
現在の商会運営は本当に順調で、商会員の数もどんどん増えている。
売り上げもデカいので絶対に倒産する事は無い。この街に何も無けりゃだがな。
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