第四十九話 王家からの報酬というよりも、実質囲い込みですな。よほど魔導エアコンを気に入ったのでしょう
大事件という訳ではないが、リチャーズの奴にとっては寝耳に水の大事件だろう。
レナード子爵家の前当主であるナイジェルに王家から王都の一等地にある立派な屋敷が下賜され、ナイジェルは晴れて正式に王都住まいになることが決まった。それだけならまだいい、リチャーズの母親や妹も王都の屋敷に呼ばれ、こっちの領地にはリチャーズの家族しか残らないって言うんだから驚くのは当然だろう。
前当主であるにもかかわらず、王家から魔導財産発明功労賞という勲章を授かり、年間百万スタシェルの報酬が貰えるらしい。
リチャーズの提案で魔導エアコンの売り上げの一部をナイジェルの口座に振り込むことにもなっており、王都で家族が生活に困る事は絶対にないだろう。
「王家からの報酬というよりも、実質囲い込みですな。よほど魔導エアコンを気に入ったのでしょう」
「父上だけではなく、あれだけ家族や家臣を連れていくとは……。まるで俺がこの地に飛ばされているようなものではないか」
「執事のセドリック殿を残してくれたのがせめてもの救いですな。しかしこのままですと……」
「これ以上の事業拡大が難しい。せめて家宰がいればな」
俺を呼んだ理由はそれだろうが、残念ながらまだ仕えてやるわけにはいかない。
それよりも家臣だ。リチャーズの言う通り、これ以上何かをするには人材が必要になる。俺の所にも使える奴らはいるが、そいつらをリチャーズに渡すわけにはいかないからな。
「今必要なのは家宰より家臣だと思いますよ。別に家宰でなくとも私はここにいろいろお持ちしますが、それを管理する者は必要になります。分家の誰かを召し抱えたらどうですか?」
「それもいろいろ問題があってな。現時点で俺が仕事を回している家とかに対する配慮とか、派閥なんかもあるんだ。特にあの魔導エアコンの一件がかなり尾を引いていてな。あの時話に噛めなかった連中が、家族ごとロドウィック子爵家に移住したほどだ」
「向こうからも人材を引き抜いているんですから、そのあたりは仕方がないでしょう。それに、いま裏切る者は今でなくてもやがて裏切ります。膿を出したと思えば痛くも無いでしょう」
「そうだな。使える奴は向こうには行ってない。あの時話に噛めなかった連中は、よく言っても信用が無い奴らだ」
そりゃそうだろう。
あの時はひとりでも優秀な人材を欲していた時期だし、口の堅い信用の出来る人材であれば多少能力が劣っても仕事を任せていた。
最低でも和紙制作工房で働かせている訳で、何一つ仕事を回していないというのはおかしい。
分家筋とはいえ当主に任せる仕事は分家の次男や三男クラスとは内容や重要度が違うが、それでも責任のある仕事が幾らでもあるからな。
「今の状況で何か必要ですか?」
「今後ジンブ国と交易する際に、何か輸出の目玉になる様な物が欲しい。魔導エアコンもあるが、アレは王家や公爵家を優先させる必要があるし、王都や侯爵領で未だに順番待ちがある位なんだ」
「大貴族の屋敷は広いですから。全ての部屋に設置となりますと、本気で十数年はかかるでしょう」
向こうでも生産しているが、回せる魔導具職人や家具職人などは全員投入されているらしい。とはいえ、魔導エアコンだけを生産する訳にはいかないし、職人や鍛冶屋だって他の家具や生活必需品などを生産する必要がある。
近隣の街に住みながら暇をしている魔導具職人や家具職人などは軒並み王都に招かれ、かなりいい待遇で魔導エアコンの生産に従事しているそうだ。
「父上から聞いていたのだが、魔導エアコンと言えばお前の所で働いているアリスという女の敵討ちはいいのか?」
「彼女はまだ仇が誰なのかすら知りません。彼女の仇は、欠陥だらけの魔導ヒーターを売りに出せずに悔しがっていると思いますよ」
「魔導エアコンの導入を急いだのはそのせいだったらしいな。その点では俺は奴に感謝しなければならないな」
「魔導エアコンは時機を見てこちらに持ち込むつもりでしたので、あの一件が無ければもう少し準備が出来た状態でお持ち出来ました。その状況ですと、ここまで人材不足という事は無かったはずです」
そう、あの時魔導エアコンを持ち込んだのは、時期尚早だったというのは間違いない。
もう少し生産体制やマジックバッグなどを確保したうえで生産に踏み切るつもりだったのだから。
「確かにな。そこまで人手を必要としない和紙の売り上げで態勢を整え、人材を確保した後で魔導エアコンを売り出す。確かにこの流れであれば人出は確保できていただろう」
「それに、室内用の魔導エアコンだけでなく、このような案もあったのです。当初の計画では、同時に展開する予定でした」
「……高速馬車や王家専用馬車に設置する魔導エアコンか!!」
「高速馬車は振動もほとんど感じぬほどに快適と聞きます、王家専用の馬車も同等とか。その位振動の少ない馬車であれば、魔導エアコンを搭載して走らせても問題ありません」
「盲点だった。この情報が知られれば王族が騒ぐぞ!! どんな馬車を使っても、馬車による地方視察は苦痛なのだ」
夏は暑いし冬は寒い。更に言えばどんなに寒くても流石に馬車の中で火を焚く訳にはいかず、たとえ王族であっても温かい外套などで寒さを凌ぐのが一般的だ。
暑い時には窓を少し開ければ少しは気がまぎれるが、外から入ってくる風は温風の様な暖かい風で、体の弱い姫だと体調を崩す事も珍しくないと聞く。
「馬車のサイズにもよりますが、流石に王城の部屋に比べれば規模は小さいでしょう。で、あれば、かなり小型の魔導エアコンに装飾を施し、馬車搭載用新型魔導エアコンとして再登録するという手もあります。馬車の形状にもよりますが、設置する際には入り口や高貴な方が座る場所は避け、邪魔にならない形にすることもできますので」
「なるほど、サイズを極限まで小さくし、天井部分に取り付けるのか。これであれば新型魔導具として登録可能だな」
「最初から馬車の車内を、魔導エアコンを搭載する事を前提としたデザインにすればさらに良いでしょう」
「……色々理解した。リュークの頭の中には、魔導エアコンに関してだけでも複数の策があったという訳だ」
「当然です。魔導エアコンの発売から一年以上。地方の視察に出向かれる王族や公爵家の方々は、室内の快適さと車内の不快感を再確認している事でしょう。今回に限っては、車載用魔導エアコンの登録と発売が遅れた事を喜ぶべきかもしれません」
今までは耐えてきた事でも、快適な状況を知った後では我慢できまい。
魔導エアコンに慣れた者の多くは馬車の中で、ああ、ここに魔導エアコンがあればなと考えるだろうが、流石にどんなに性能のいい王族専用の馬車であっても全然振動しない訳ではない。大きな石を踏めば跳ね上がるし、少し田舎に行けば土が剥きだしの街道に轍など珍しくも無いんだ。
王都であればグラスに注いだワインが零れない性能の馬車であっても、地方の獣道より少しマシ程度の酷道ではその技術が通用しない。元の世界の高級車であってもそうなのだ、幾ら便利な魔導具や魔法があるこの世界の馬車であっても、運び込んだ魔導エアコンは簡単に横倒しになるだろう。
それを防ぐために床に打ち付けるような不格好は好むまい。であるならどうすればいいか。初めから車内用の小型魔導エアコンがあればいい訳だ。
「そのアイデア、誰かが考えつくのではないか?」
「考えついても無駄ですな。あの魔導エアコンの小型化は難しいのです。それに車載用に作り替えるには結構な改良が必要ですので」
「リューク以外には無理という事か」
「アレを改良できるという事は、一から魔導エアコンを作れると同義です。今まで販売されていなかったことを考えれば、まず不可能でしょう」
魔導具という物は、ただ小型化すればそれで終わりという話ではない。
魔導回路の設計や交換しやすいように配置しないといけない魔石の事など、考えないといけない事が山ほどある。
更に言えば車載する事を前提条件とし、急激な衝撃や振動に耐えうる構造にしたうえで、誤作動などを起こさないように何重にも安全装置を仕込んでおくことが必要だ。
そんな真似が出来るのであれば、とっくに誰かが売り出しているさ。
「その仕様書はもらえるのか?」
「魔導エアコンと同様の契約で行きましょう。それと、ロドウィック子爵家にいるアリスの両親の仇ですが……」
「それとなく奴らの立場を無くし、ロドウィック子爵家から逃げ出す方向で追い込もうと思う」
「向こうで始末するのは面倒ですからな。アルバート子爵家にも協力を?」
「この時の為に向こうに利権を渡したのであろう。すでに協力するという回答を貰っている」
今後の付き合いと利益を考えれば、逃げてきた元貴族の身柄など喜んで回して貰えるか。
こちらに招き入れさえすれば、後は文字通り煮るなり焼くなり思いのままだ。
アリスが望むならば、目の前で火炙りでも釜茹ででもしてやろうじゃないか。
もっとも、アリスはそれを望んじゃいないかもしれないがな。
読んでいただきましてありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです。
誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。




