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第四十八話 魔導ヒーターがあの子爵家の主力商品になる筈だったんだろうが、魔導エアコンがある以上もうあの魔導具に価値は無い




 この城塞都市トリーニにおいて、魔導エアコンや和紙などを筆頭に様々な商品で貪欲に稼ぐレナード子爵家は、三家の力関係で既に頭一つどころではない飛び抜け方をしている。


 王国に所属する侯爵を凌ぐ勢いで財を成し、あの忌々しいとまで言い放った城壁や街道の整備を完璧に熟しながら、余った潤沢な予算で様々な改革を始めているのだから。


 アルバート子爵家にはこれといった主力の商品はないが、乳製品や長期熟成ウイスキーの売り上げは好調で、以前とは比べ物にならない程の税収を記録していた。


 また、アルバート子爵家は王都方面の街道整備でも実績を残し、街道沿いに設置されている魔導通信システムの保全も行っている。


 俺が提供した冷蔵箱と魔導式氷量産システムの登録に成功し、無事に広範囲での氷の販売権を手に入れた。


 この氷、冷蔵箱用として使われるだけではなく、俺が提案した食用の氷が晩餐会で料理の演出に使われたり様々な想定範囲外の使用方が考えられ、冷蔵箱以上の数が売れていたりするのだがそのあたりは嬉しい悲鳴といった所だろう。


 さて、三人の子爵家の中で唯一ロドウィック子爵家だけが相変わらずな麦などの穀物だけを主力商品とし、割と多くの税収はあるが西に広がる広大な穀倉地帯と街道の整備に明け暮れ、十年一日のごとくな領地経営を行っていた。


「魔導ヒーターがあの子爵家の主力商品になる筈だったんだろうが、魔導エアコンがある以上もうあの魔導具に価値は無い」


 俺の販売する魔導ファンヒーターもあるしな。


 魔導クーラーも一緒にリチャーズの奴が登録したし、魔導エアコンの一部のラインを削って魔導ファンヒーターと魔導クーラーの生産を開始している。主にレナード子爵家領内にいる法衣騎士爵用に安く提供する為だ。


 この二つの魔導具の出現で思いがけない恩恵があった。早期に導入した王族や公爵家での乳幼児の死亡率の低下だ。


 元々過度な程に保温や室温管理には気を使われていたが、それでも室内の温度管理は大変だ。しかし、魔導エアコンで室温を管理、常に快適な状態で育てるのだから急な熱波や寒波の襲来にもかなり対応できる。


 それに季節外れの寒暖の激しい日にも対応が可能なため、外がどんな気温だろうが王家や公爵家が本来持つ屋敷や城の能力と魔導エアコンの力で、早期に導入した家では変わらぬ快適な時間が約束されていた。


 その辺りの理由が色々と拍車をかけ、魔導エアコンは販売から一年経つ今でもまだ王都での生産が続いており、おそらく魔導エアコンの製造に関しては城塞都市トリーニと王都の工場で、今後数十年は同規模の生産が続くのではないかと言われている。


◇◇◇


「という訳で、ロドウィック子爵家は穀物だよりで碌に交易品はなく、せっかく再開されたジンブ国との貿易でも売る物が無いのが現状だ」


「麦や米があるでしょ。他には……、何かあったかな?」


「何もないと思いますよ。分家筋でも有名ですが、本当に穀物だけが頼りの領地です」


 そう、穀物以外にほとんど何も無いのにそれに依存し、積極的に新たな商品開発を一切しないのがロドウィック子爵家だ。


 アリスの両親のような開発意欲のある魔導具職人などおらず、あまつさえアリスの両親の努力の結晶である魔導ヒーターの設計図を奪い、そしてその問題点を改善すらできなかった無能共の巣窟。それがロドウィック子爵家。


 アリスは両親を殺した犯人が誰なのか聞いてこないが、殺人までした犯人が逮捕されていない時点で、そいつらがどの勢力に所属しているのかくらい予想しているだろう。


 盗賊ギルドを雇って両親の仇を暗殺する事など、造作もない額を持っている筈なのにな……。


「ダンジョンでもあれば違うんだろうがな」


「古代遺跡は多いみたいだね。あそこだって元々魔族領だし、禍々しい魔素が溜まってダンジョン位形成されている筈なんだけど」


「ダンジョンを探す気が無いのか、それとも穀物の収益だけで満足しているのかは謎だ」


 単一商材に命運を任せた領地運営など正気の沙汰ではない。


 元の世界でも同じ轍を踏んだ企業がいくつかあるが、何か問題が発生すればそれはあっさりとこの世界から姿を消す。


 ロドウィック子爵家の領地は一応米の生産もしている。昔毒麦が発生してその主力の麦が壊滅に近いダメージを受けた教訓で国が生産を命じたらしいが、穀物そのものが天候不順や他の要因で壊滅した場合の想定はされていない。


 穀物問題はロドウィック子爵家だけの問題ではなく、あの莫大な量の穀物を購入している、各領地の命運まで弄ぶ行動だと理解しているのだろうか?


「穀物の輸出が禁止されているのが痛いですね。ジンブ国も他国からの米の輸入を禁止していますし……」


「米以外ではジンブ国が貿易に関していろいろと緩いのはありがたい。俺が探していたものがいくつか前回の交易で手に入った」


 港町ザワリシに交易船が来た時、情報を得た俺もその場で交易品を見せて貰った。


 俺が探していたものの一つに綿の種、つまり幸運にも綿花があったのだが、別の国からジンブ国に伝わったという綿花の種を纏まった数で入手する事が出来た。これで今年中に綿花の栽培に手が出せるし、少しは寝心地のいい寝具などを作ることができる。


 この世界では掛け布団や敷布団など存在せず、寝具と言えば毛布の事を指す。毛布も悪くはないのだが、寝具が毛布だけだと何故か物足りないんだよな。


 そこで羽毛布団や綿布団を作ればかなり売れると思っているが、今まではその木綿が無かった。羽毛を集めるにも水鳥などこの辺りではあまり見ない。鳥と言えば山鶏(やまどり)や名前も知らない野鳥ばかりだ。


「頭は植物の種をかなり購入されていましたが、この辺りでは見ない物ばかりですな」


「これが売りに出されているのに、他の物しか買わない商会の奴らばかりだったのは笑ったぞ。確かにジンブ国の酒や武器は貴重だが、あんなものは使えば終わりだ」


「王都に運べば、それなりの価格で取引できますから。金の無い商会には魅力的な商品だったのでしょう」


「目先の欲に飛びつくから、今の状況なのだろうに。仮にも商会を運営するんだったら、先の事を考えるべきだ」


 特にレナード子爵家の領内に店を構えていない商会は特にそうだ。


 ロドウィック子爵家の領内の商会など、本当に一つも見当たらなかったからな。別に何処かの商会に紹介状などを出して呼んでいる訳ではないし、何処の家の商会でも拒絶されたりする事は無い。なのにあれほど大きな商談の場に、顔すら出さないというのはおかしすぎる。


 特産品として売る物が無くても、ジンブ国から運ばれてきた商品を一つも買わないというのは少し異常だ。購入資金が無い? 確かにジンブ国からの輸入品は高価だが、俺が買った種子のように安価な物も多数存在する。ほとんどは価値の無い雑貨だがな。


「絹糸も人気でしたね」


「ジンブ国の絹糸など買う商会は限られている。あそこだろ?」


「そうですね。今回はサングスター商会が全部買い上げていました。あれほどの金貨をどうやって稼いだのでしょうか?」


「さあな。大きな取引でもあったんだろう」


 流石に俺が売った金毛長兎(ゴールドシルク)の毛皮について話す訳にはいかない。


 相手が俺の商会員とは言え、個人的な取引の口外などもってのほかだ。サングスター商会のワインバーグもその位は俺の事を信用しているだろうしな。


「これだけ売れればまた数ヶ月後に交易に来ますよ」


「ジンブ国は船でひと月ほどの場所にあるんだったな。一旦かえってこっちで仕入れた商品を売って、また商品を積んでくる訳か」


「そうですね。次回はもっと大量に運んでくると思いますよ」


 今回はリチャーズの奴が王国経由でジンブ国に交易を打診し、それを受けたジンブ国側が試験的に開始したものに過ぎない。


 売れるかどうかも分からないのに、大量の商品を積んでくるとかありえないからな。 


「それに、次回はアレを纏まった量買い取るだけの金を用意してくるだろう」


「魔導エアコンもそうですが、長期熟成ウイスキーも大人気でしたね。値段には驚いていましたが」


「ウイスキーの方は予算不足でひと樽しか買えなかったし、魔導エアコンも一台だけしか買っていかなかったからな」


「両方高すぎです。特にウイスキーの方はあんな高価な酒を飲むんですか? 金貨を飲んでるようなものですよ」


 十五年物の長期熟成ウイスキーひと樽の値段は五十万スタシェル。装飾がシンプルな魔導エアコンは百万スタシェルで売られていたが、この二つを買い取った時点で用意してきた金を殆ど使い果たしたらしい。後は航海に必要な酒と食料などを購入する為の資金だ。それに手を付ける訳にはいかないだろう。


 ジンブ国にもドワーフがいるらしく、彼らは良い酒には目が無く金が無ければ技術で酒の代金を支払うそうだ。この国にもいるはずなんだが、ドワーフがいるという噂がある鉱山の話は聞かねえな。


「あの長期熟成ウイスキーは酒好きにはたまらない酒だろう。分かる奴しか買わない酒だ」


「リュークもたまに飲んでるわよね?」


「ああ。一度にそこまで飲まないが、寝酒程度には飲んでるさ」


 この世界には飲酒制限は無いし、水で薄めたワインは子供でも飲んでいる。


 水を沸かして飲むにも燃料が必要だしな……。




読んでいただきましてありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。

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