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第四十六話 我がアーク商会も一部の貴族には知られる存在となった。来年も一層の活躍を期待する




 年末というか、俺がアリスたちと知り合って二回目の年越しになった。


 今年はギルバートやイザドラをはじめ、新しく商会員に加わった者が増え、総勢三十人もの大所帯で年越しと新年を祝う事にしたため、会場は商会の大会議室を使う事にした。会議なんてまだしていないので、実質これがこの部屋の初業務だな。


 商会の大会議室に魔導エアコンと魔導ヒーターをフル稼働し、超が付くほど快適な空間を演出しているぜ。


 商会の頭が主催するだけでも宴会が堅苦しい事は重々承知している。なので今日は無礼講というか、だれでも自由に飲み食いできるように立食形式でのパーティを開くことにした。


「我がアーク商会も一部の貴族には知られる存在となった。来年も一層の活躍を期待する」


「いや、活躍してるのはリュークだけでしょ?」


「商会の仕事のほぼ十割が、リュークの仕事だよね?」


「これ以上活躍したら、リチャーズ様がキレるのでは?」


 ああ、そうだよ。アルバート子爵家のセブリアンに持って行った仕様書の殆どは、最初リチャーズの奴に持って行ったものだ。


 あれの多くは利益がそこまででもないのに、手間ばかりかかる仕事だからな。氷の量産システムにしても登録後に氷工場の建設だけでも面倒だし、そもそもの家具職人だってレナード子爵家にいるやつらは、魔導エアコンの製造でそれどころじゃなかった。


 結果、羊皮紙の件の手打ちと共にアルバート子爵家のセブリアンをこっち陣営に取り込む策として、いくつかの提案を追加して手渡す事にしたくらいだ。


 当然追加した提案は街道の整備の整備関係で、駅舎周辺の開発や統治なんかの問題もあったので、出来るだけ早いうちに向こうに押し付けたいという事情もあった。


「魔導エアコンの注文が止まらない状況らしいからな。休みは本気で月に数日、昼食や晩飯をレナード子爵家が提供してまで働かせてるって話だ」


「外に食いに行かせる時間も惜しいのか……」


「割と旨い料理を出すらしいぜ。最近は食材も増えて来たしな」


「今日の料理も凄いよね。ほとんどリュークが作ってるってのも凄いけど」


「イザドラやカリナも腕を振るっているぞ。見慣れない料理は大体俺だが」


 醤油があるから、鳥の唐揚げなども並んでいる。おでん鍋も用意して、仕切りの中には様々なタネが煮込まれていたりもするぞ。


 わざわざ港町のクキツから取り寄せた海老や蟹で作ったかにクリームコロッケと海老フライ。各種いろんな具で作ったピザに、小鉢に入った様々なパスタ。魔導コンロで温めている出汁を注げば食える蕎麦に、一部の人間しか食わないと思われる出汁茶漬けセット。


 焼き鳥をはじめ串カツなどの焼き物や揚げ物。山鶏(やまどり)を丸一羽使ったローストに、角豚のソテーなど肉料理も大量に用意されている。


 アルコール類は各種小樽で特設テーブルの上に並べてあるし、瓶入りのワインなどもテーブルに配られている。アルコールが苦手な者用に果汁の炭酸割なんかも用意しているぞ。


「なにこのおでんって? 悪くはないけど、変わった味ね……」


「唐揚げうまっ!! 今まで食べた中で一番うまい山鶏(やまどり)料理だ!!」


「流石、頭。こんな上等な酒が飲めるなんて最高ですぜ!!」


「これは海の海老? まさかクキツから運んだのか?」


「運ばせたんだろうな。頭の財力があればこそだな」


 流石に貴族の三男たちだ。食材の仕入れ先まで知ってる奴がいるとはな。


 うちの商会で働く人間の殆どは貴族の三男以下の使える奴らだが、初めは平民でも能力があれば雇うつもりだった。それが甘い考えだったのはすぐに思い知らされる事となる。


 そもそもこの街の人間で読み書きができる人間など、本当にごくごく一部の人間に過ぎない。百人くらい集めて数人いればいい方で、集めた人間の地区次第では全滅なんてことも珍しくない。


 あちこちで雇えそうな人間を探した結果、最終的にリチャーズの奴に人材が不足している事を話し、家督相続権を持たない分家の三男以下で部屋住みの無駄飯食いを紹介して貰ったわけだ。


 最低条件は信頼出来て、読み書きができる人間。向こうも使える人材など手放したくはなかったみたいだけど、最終的にはレナード子爵家の利益になると分かっているので、渋々ながら結構な人数を紹介してくれた。


 その時の会話だが……。


◇◇◇

「この書類の山を見て、読み書き計算が出来る人材をよこせとは、いい度胸だと思わないか?」


「書類を書ける人間が減れば、あがってくる書類は減るのでは? それにその書類はリチャーズ様が決裁しなければならないレベルの書類。分家の三男以下には任せられないでしょう?」


「卵が先か山鶏(やまどり)が先かという話を聞いた事はあるか?」


「なるほど、私の生み出す書類()が先か、その書類を基に上がってくる決裁書類(山鶏)が先かという事ですな。確かに、リチャーズ様の部下に読み書きができるものが減っても、書類の枚数は増えるでしょう……」


「よく分かってるではないか。だが、この領を豊かにするには、しなくてはならぬ仕事だ。人材は紹介してやる。その代わり今後も頼むぞ」


「利益率の高く、手間の少ない商品をお持ちしますよ」

◇◇◇


 だったか。


 あれだけ言いながら、分家の三男の中で比較的マシな人間を優先して紹介してくれたからな。リチャーズの奴には感謝してもし足りないぜ。


 話をして使えそうにない奴は流石に雇わなかったが、二十人以上の優秀な奴らを確保する事が出来た。


「私もこんな料理は初めてです。実家でも食べた事がありませんわ」


「うちの実家ではこんなに豪華な料理は出ませんでした……」


山鶏(やまどり)など贅沢品です。家督相続権を持つお兄様の食事にしか出ませんでしたわ」


 読み書き計算が出来れは子女でも雇うと言ったら、何を勘違いしたのかリチャーズの奴は自分の妹を紹介したいと言い出したからな。


 俺は別に嫁を探しているわけじゃなく、表の仕事をさせるんだったら性別は問わないというだけだ。流石に裏ごとには関わらせないが。


 しかし、長男長女以外の扱いはどの家でも酷いらしく、かろうじて大事にされるのは次男までで、三男以下の男と次女以下の娘の扱いはほぼ他人といった感じらしい。また、何か理由があれば長女でも簡単に切り捨てるとも聞いたな。


 当主や長男と食事は別室、普段過ごす私室は貴族とは思えないほどに質素、服などの質も平民並。一応貴族の子女として最低限の教育はされるが、それ以上勉強したければ書庫などで自習。小遣いなども月に千スタシェル以下なんてことも珍しくはないそうだ。


「貴族もタイヘンなのね……」


「アリスだって大変だっただろう。魔導具職人の修行は楽じゃない筈だが」


「「「魔導具職人!!」」」


 周りの貴族共の反応が凄いな。


 今このレナード子爵家の領内で魔導具職人と言えば羨望される職業だ。なにせ魔導エアコンの製作現場で働くだけで、法衣騎士爵の俸給に値する月給を余裕で貰えるんだ。それに、魔導具職人が自分で新型の魔導具を登録できればどれほどの実入りがあるか、魔導エアコンの一件で十分に理解したみたいだ。


「この商会って、魔導具職人を雇えるレベルなのか?」


「仕事を紹介して貰えただけでありがたいのに、そんなに大きな商会だったなんて知らなかった」


「もしかして、給料も期待できるのかしら?」


 そういえばこいつらには、ある程度しか説明を求められなかったな。


 給料の話をしようとしたら、初めて会った時のアリスの様に向こうが月五千スタシェル以上とか言い始めた。こいつらの能力も分からないので試用期間と思っていたが、能力に問題はなかったので今月の初月給から全員満額支給した。


 こいつらまだ銀行に振り込まれた給料を確認してないんじゃないか?


「銀行の口座に、今月の給料は振り込んであるだろう?」


「……銀行振込?」


「就職時に説明したよな? 毎月二十七日に銀行にその月の給料が振り込まれる。手渡しでもいいんだが、額が大きいから持ち帰るのも大変なんでな」


 今の給料は元々いたメンツの基本給が三万スタシェル。新入りは二万スタシェルからスタートしている。とはいえ、実際には食堂で働いたり他の仕事をすれば追加で報酬は出すし、アリスなんかは魔導具の収入なんかもあるから、同じ商会員でもかなり個人差がある。


 銀行から金を下ろす際には手数料などもかかるんだが、リチャーズの奴から銀行に通達が出され、俺の商会員に限り手数料なんかは取られない事にして貰えた。


 俺が預けている額が天文学的な数値になり始めたからだが、俺が怒って全額出すといっても、銀行でもそんな量の金貨は用意できないからな。精々王都にある本店の手形を渡されるくらいだ。


「え? 今月から貰えるの?」


「私まだ二週間くらいしか働いて無いんだけど……」


「そういえば口座の魔道カードを貰っていたわ」


 銀行口座の魔道カード。


 古代文明の遺産というか、冒険者ギルドをはじめとするいろんな場所で使われている謎カードの謎システム。


 冒険者ギルドで発行される同じシステムのカードだと、冒険者として登録した日時、受けた依頼、達成した依頼、失敗した依頼、討伐した魔物などが()()でカード内部に登録されるそうで、誰が何処でどうやってその情報を登録しているのかさえ分からない。カード作成の魔道具自体も古代文明の遺産だったりする。


 その謎システムは各業種で利用されており、銀行のカード、各種商会での商品の売掛や納品状況の管理、関所などで見せる身分証などでも利用されている。


 冒険者や商売で幅広く活躍する者は複数枚持っていたりもするし、村の平民などでは一生一枚のカードも作らないという者も珍しくはない。


「本気で給料を下ろしてなかったのか。もう銀行も閉まっている、この中に年越しの金を持って無い者はいないだろうな?」


「従業員寮はご飯も出ますし、年明けまで過ごせます」


「ごはんは美味しいし、部屋も綺麗で過ごしやすいです」


「毎年実家でも正月は何もすることがありませんので。今年はこうして年越しにご馳走を食べれるだけマシですよ」


 ああ、貴族って何だろうな? 下手をすれば寒村の村人よりも貧しい生活。そしてそんな貧しい生活であっても、貴族として振る舞わねばならぬ呪いの様な責務。そしてその責務に対してあまりにも少ない国からの俸給。


 うちの従業員寮の飯は旨いし、年末年始でも当番制で飯を用意する事にしている。


 といっても、流石に正月はマジックバッグに入れて保管している飯を出すだけだが、それでも普段よりいい物を用意しているからな。


「元々出す予定だったが、この場で餅代を渡しておこう」


「餅代?」


「ボーナスの様な物だ。今回に限り全商会員に同額を支給する。と言っても、これは正式な商会からの賞与ではなく、俺からの個人的な報酬だ」


 別に何処かから借金をしているわけじゃないので不渡りを出す事は無いが、商会としてはまだそこまで利益の出していないうちがこの額の賞与を商会として出すと、いろいろ問題があるんだよな。


 来年の夏は利益に応じて堂々と賞与を出せるようになりたいのものだ。


「全員そこに並べ。酔いが回る前に渡しておきたいからな」


「ありがとうございます。結構重い皮袋だけど……」


「金貨が九枚と大銀貨が十枚だ。大金貨一枚でもいいんだが、両替もタダじゃねえしそんなにデカい買い物はしないだろ?」


 大銀貨でも千スタシェル。


 一万円札と同じ額になるし、この辺りの物価だとそんな額の商品はまだ少ない。食料品なんて材料だと、数スタシェルなんてことも珍しくないからな。


「……十万スタシェル!!」


「え? そんなに貰えるんですか? 冗談……、じゃなかった!! ホントに金貨が九枚と大銀貨が十枚入ってる!!」


「嘘だろ!! すげぇ、金貨なんて初めて貰ったよ。実家だと大銀貨ですら渡してくれなかったからな」


「実家に支給される国の俸給と同額なんだけど」


 ああ、そういえば法衣騎士爵の俸給は、十万スタシェルほどって聞いたな。


 三十一人分でも三百十万スタシェルだ、俺の個人口座の額に比べりゃかわいい額だぜ。


「頭!! ありがとうございます!! これで妹の治療費が払えます」


「サイラス・ウィンバリーだな。妹の治療費という事は、何か難病で治癒院に入院しているのか?」


 レナード子爵家にウィンバリーという家名は多い。かなり昔の話になるがウィンバリーは元々男爵家で、当時は次男や三男まで分家としてウィンバリーを名乗ることが許されたらしい。


 現在は長男しか家を継げないし爵位も貰えないが、その影響でレナード子爵家にウィンバリーは七つ位あったりする。


 うちの商会員にもウィンバリー家の次男と三男がいるしな。当然二人は別の家のウィンバリーだ。


「はい、妹は生まれつき身体が弱くて、度々治癒院のお世話になっていたのですが、少し前に青肌病を患いまして……」


「青肌病か。特効薬が量産されるようになったが、治療費自体はまだ高額だからな。今月の給料だけじゃ足りなかったか」


「はい、もうひと月分の給料を全部使えば何とかなる状況でしたが、そこまで支払いを待ってもらうのも問題でして……」


「あそこが教会の施設でも、流石にひと月は待ってくれないからな。独立採算制だからほぼ別系統だ」


 それでも熱心な女神ユーニスの信者であれば、結構支払いを待ってくれるって言うんだから有情ではあるんだよな。


 平民でもあそこで治療を受けられる理由はそのあたりにもある。流石に教会の一部なので、毎週女神ユーニスに祈りを捧げに来てるような信者は無下に扱えないらしい。


「年始に全額一括で支払いできなければ、治癒院から追い出すといわれていましたので助かります」


「相手が貴族なのに容赦が無いな」


「貴族相手だからなのです。金を持たない平民にはあれで優しい所もありますので」


 流石に今のトリーニに、最低三万スタシェルの治療費を払える人間はほとんどいない。魔導エアコンの量産にかかわっている魔導具師や職人たちの給料は確かにいいが、幾ら魔導エアコンが高いとはいえ奴らの給料を一定以上あげる事はできない。


 その給料をかなり突っ込めば支払いは可能だが、その後の生活で相当に苦労するだろう。


 来年になれば追加で持ち込まれる大量の完熟した赤茄子の実があるので、最低でも今の治療費の十分の一程度には落ちるだろう。赤茄子の実は他の病気の治療薬にも使えるので、治癒院での治療費自体が下がる可能性もあるからな。


 それでも高額な治療費は平民には厳しい額だが、この好景気が続けば他の病気の治療費も払えない額じゃなくなるはず。


「妹のアミーリアを救う為に必要でしたので助かります」


「ん? ……それ、いつの話だ?」


「頼み込んで年始まで治癒院で見て貰えるという事になったのは、十二月半ばです」


「だったらもうその金は払う必要はない。それに妹だったら……。そろそろ来たみたいだな」


 アミーリアには先に従業員寮に行って貰い、これから寝泊まりする部屋を確認して貰っていた。


 夜間の移動は物騒だが、従業員寮はここから近いしそれにあいつらも護衛している。よほどの事が無いと平気だろう。


「必要ないと言われましても。あ、アミーリア!!」


「遅くなりました。サイラスお兄様、どうしてお兄様がここに居るんですか?」


「サイラスもうちで働いているからさ。そうだ、アミーリアにもこれを渡しておこう。全員に配っている餅代だ」


「あの、私はまだ働いていませんが」


「うちで働く話をしたのは先月だ、それにまだ年は開けてないからな」


 あと数分で年が明けるが除夜の鐘はならない。除夜の鐘は年明け前から突き始めるのが普通なんだがこの世界にはその鐘自体が無いからな。


 アミーリアに金貨の入った皮袋を渡して、これで全員に無事配り終えたな。


「よし、これで後は飲み食いして英気を養ってくれ。一応奥の仮眠室で雑魚寝も可能だが、最低でも従業員寮に歩いて帰れる程度で抑えておけよ」


 ほとんどが三男とはいえ、流石に貴族だし雑魚寝は無いだろう。女性も多いしな。


 この日、結局みな朝まで飲み食いし、一部の奴が酔い潰れただけで無事に年越しの宴会は終わった。


 片付けは大変だったが、いい思い出になるだろう。




読んでいただきましてありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。

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