第四十五話 なるほど、確かに言われてみれば納得のいく部分も多い。弱った体に効果の強い薬なんて投与したら、かえって患者を弱らせかねないからな
十二月に突入し、俺はある目的の為に教会の治癒院を訪れていた。
別に俺や商会員の誰かが病気になった訳でも、誰かを妊娠させた訳でもない。
例の赤茄子の実で作る薬の話や治療法などの説明を受ける事と、そこに至るまでの経過を教えて貰う為だ。
そんな中、青肌病を患った患者で少々面倒な状況に陥った患者がいると聞いた。
「なるほど、確かに言われてみれば納得のいく部分も多い。弱った体に効果の強い薬なんて投与したら、かえって患者を弱らせかねないからな」
「説明を理解して貰えて助かります。これをなかなか理解してくれない人も多いのですよ」
「特効薬って聞きゃ、飲んだらすぐに治ると思ってる奴も多いからな。あくまでもその病気に効果的な薬であって、神の奇跡とは違う」
「そこを勘違いされている人も多いですね。軽度であれば問題ないのですが、重篤化してくると複合的な治療が必要になりますので」
この世界は元の世界よりも怪我や病気に対する切り札が多い。
例えば怪我、四肢の欠損クラスの状態でも、この世界では四肢再生クラスの力を持つ薬や魔法を使えば再生するし、神の奇跡でも失われた四肢や視力などを回復させることが可能だ。
病気も同様で、薬や魔法の複合的な治療で元の世界では難病と呼ばれる病気も治るし、最悪患部をごっそり切り取って再生させるという力技まで存在する。
しかし、最も厄介なのはそういった手段を使うかどうか判断に困る病気だ。時間は掛かるが、薬と自然治癒に任せても回復する可能性はあるし、かなり高額な薬や魔法の代金を考えれば、安価な薬と本人の回復力にかける者も少なくない。
教会に併設されているとはいえ、治癒院は独立採算制なので治療費の請求や支払い能力の査定がシビアで、払えないと判断されると最悪患者を治癒院から追い出す事も珍しくはない。
「で、彼女はどうしてまだ入院中なんだ?」
「あなたが出した条件を受け入れた結果ですね。彼女はあまりに状態が悪く、長い治療の末にようやく青肌病の治療に取り掛かれるところなのです」
「あれから結構経っているが、今までかかったのか?」
「彼女は生まれつき身体が弱く、その状況で青肌病を発症しましたので」
「今までよく持ったな。まさに女神の奇跡だ」
皮肉ではない。生まれながらに病弱なこの少女がこれほどの状態で青肌病に罹れば、普通はひと月も持たずにあの世行きだ。
痩せていなければ相応の美人だろうに、今は蒼白なその顔を青く染めようとしていた。
「どうして……、助けたんですか?」
「ここが治癒院だからだろう。それ以外に理由があるか?」
「我が家にはこれほどの治療費を払う余裕などありません。普通は家に帰されているはずです」
「運がよかったからさ。例の薬を使って完治するまでどの位かかる?」
「普通でしたら退院できるまでに八万スタシェルほどですね」
そっちじゃねえよ!!
ほら!! 彼女が怯えまくってるだろうが!! 八万スタシェルの治療費なんてこの子爵領内でポンと支払えるのは、リチャーズの奴かダスティンたち位だ。
「金じゃなく、時間の方を聞きたかったんだが」
「今年中にギリギリといった所でしょうか? 今月中には完治しますが、その後の経過観察に彼女の場合ひと月ほど必要ですので」
「元々の病気の確認の為か。完治するんだったらいいんじゃないのか?」
「それが、治癒院の院長から完治後の治療費を請求するようにと」
「約束が違うんじゃないか?」
「いえ、青肌病が完治するまでは無料としましたので、それ以上になりますと流石に治癒院側の負担も大きいのですよ」
完治するのにどの位かは知らないが、青肌病以外でも難病となると薬の代金は大体五万として、それ以外の治療に二万程度か? となると、食費や入院費も含めて十万スタシェルは請求される形になるな。
「いくらなんだ?」
「四万スタシェルですね。赤茄子の実を使う青肌病以外の薬の価格もすでに落ちていますので、今は三万スタシェル程です。元々の病気の方が約一万スタシェルとなりますね」
思ったよりも安いが、それでも法衣騎士爵の家が気軽に払える額じゃないな。
「彼女の実家は、その額を払えるのか?」
「治癒院では支払い能力が無いと判断しました。ですので……」
「青肌病が完治したら、彼女をここを追い出すとでも言いたいのか?」
「そういう決まりですので」
ふざけるな!! 青肌病が完治した状態とはいえ、彼女は病人だ。こんな状態で家に戻せば、回復しきる前にまた何か別の病気を患うだろう。
大体彼女の実家での扱いなど予測できる。薄汚い個室に閉じ込めて、彼女の体力が尽きて最後の時が来るのを待たせるだけだ。
「俺が残りの治療費を出す。大晦日、十三月の二十八日までここで彼女の治療を頼みたい」
「その後はどうします? 彼女を実家に送り届ければよいですか?」
「うちの商会の従業員寮がある。そこに彼女を送り届けてくれ」
「え? 私をですか?」
いきなりうちの商会に来いと言われれば戸惑うだろうな。しかも今俺は彼女の勤務体制や給料に関して一切の説明をしていない。
治療費の四万スタシェルは契約金代わりにくれてやる。後で請求することも一切しない。その代わり、うちの商会員としてキッチリ働かせてやる。
「嫌か? 実家がどんな扱いかは知らないが、少なくとも法衣騎士爵の家よりはマシな暮らしを約束してやる。うちも商会なんで、仕事はして貰うが」
「えっと……、私働いた事なんてありませんけど」
「読み書き計算位はできるか?」
「一応貴族ですので、最低限の教育は受けていますよ」
十分だ。
今は本気で人手が足らなさ過ぎて、孤児などを集めて字を教える所から始めているからな。教師は人員が足りな過ぎて、カリナやアリスにまでお願いしているありさまだ。
孤児どもには商会から少し離れた場所で集団生活をさせながら勉強を教えているが、三食とおやつ付きなあの状況で満足してくれている。だが、あいつらがモノになるには数年かかるだろう。
「年を越して連休明けからの仕事になるが、従業員寮に居れば飯は出せるし寝泊まりは問題ない。最低限の生活雑貨は揃っているが、気に入らなけりゃ給料で好きに変えて貰っても構わない」
「お金を貰えるんですか!!」
「うちの商会で働くんだ、そりゃ給料くらい出すさ。最初はそこまで高くないが、仕事で成果を出せばきっちりその分の報酬は出すぜ」
「あの、治療費はそこからお返しすればいいんですか?」
「ん? 治療費は契約金代わりだ。うちの商会で働くんだったら払う必要はねえ」
うちの商会で働かなくても請求はしないが、おそらくうちの寮の方が扱いは良いだろうからな。
貴族の三男や結婚が見込めない娘がどんな扱いなのか、今までダスティンたちに散々聞いている。少なくとも、彼女を実家に帰してはダメだ。
「四万スタシェルですよ?」
「大した額じゃない、気にするんな」
「ふつうの平民では一生かけても稼げぬ額ですよ」
「肩の上に乗っている物が飾りなんだろう。世の中には足りない物だらけだ。それをほんの少し便利にしたいと思えば、幾らでも商売のアイデアくらい湧いてくるさ」
別に前世の記憶なんて必要ない。
元の世界で大企業に成長した会社の多くは、元々個人で始めたような豆粒の様な小さな会社だった。
今必要な物は何か? それを考えるだけで作らなければならないものくらい考えつくし、何もなければ新しい何かを作り出せばいい。それが出来ないから、奴らは未熟な赤茄子の実を摘んだりするのさ。
「流石に商会の頭取となると違うんですね」
「こんな人間はこの人だけです。普通の商会はそこまで異常ではありませんよ」
「俺が異常の様な言いぐさはやめて貰おうか。そういえば彼女の名を聞いていなかったな」
「私はアミーリア・ウィンバリー。ウィンバリー騎士爵家の長女です」
「俺の名はリューク。残念ながら平民なんで名字は無い」
アミーリアか。
しかし、騎士爵家だと長女でも病弱だとこんな扱いなんだな。
三男以下の扱いを知れば納得だが、貴族でいろいろ金がかかるのにその金が無いってのはご苦労なこった。
俺の商会にいる間は、少なくとも衣食住と小遣いには困らない生活をさせてやらなけりゃいけないな。
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