第四十二話 こんな状況じゃ、わざわざ商会の執務室を作る必要が無かったんじゃないか?
久しぶりに商会でするまともな仕事が出来た。しかし商会にいるのは俺一人、他のメンツは全員食堂かアリスの手伝いだ。
アリスの手伝いと言っても工房で何かしているわけじゃない。足りなくなった魔石や魔銀の買い出しや、今は格安で売られている羊皮紙の追加購入などの仕事をしている。
公式に使用される他の書類はほとんど和紙に切り替わったが、設計図などではいまだに羊皮紙を使っている。アリスも使い慣れた羊皮紙を好み、彼女の作る魔導具の設計図や仕様書は全部羊皮紙製だ。
「こんな状況じゃ、わざわざ商会の執務室を作る必要が無かったんじゃないか?」
商会の二階奥に作られた俺専用の執務室。
いろいろとやばい仕事も抱えているので人目に付かない二階に部屋を作ったんだが、一階はほぼ無人な場合が多い。
俺は気が付いているが、この商会の周りや食堂の周りにはリチャーズの送り込んだ警備兵が数十人待機している。貴重な魔法使いを数人配置したり、能力をあげる魔道具まで装備させた念の入りようだ。
おそらく盗賊ギルドの手勢が攻めてきても何とかできるだろうが、リチャーズの奴は俺の意見を取り入れて領内にある盗賊ギルドを完全に掌握した。しかもそれは武力で制圧したのではなく、礼節を持って彼らの存在を認めた上で毎月莫大な額を支払って全盗賊ギルドの人間を雇うといった形だ。
しかも、リチャーズやレナード子爵家から依頼が無い場合、今までと同じ様に依頼を受けて仕事をしてもよいという条件にしている。その上リチャーズは前盗賊ギルドのマスターを懐刀として護衛に雇い、自身の護衛まで強化してみせた。
「そうでもないだろう。我々も護衛が楽で助かる」
「お前が俺の護衛なのか? それは安心だ」
「これも何かの縁なのだろうな。まさかこの短期間でレナード子爵家が此処まで力を得るとは思わなかった。我々もお前の力を計り損ねていたようだな」
こいつが俺の護衛であれば、今後暗殺の可能性は無いな。
今の俺でさえこいつが今どこにいるか分からない。割と気配には敏感になったはずなんだがな。
「こうして話しかけてきたという事は何かあったのか?」
「大きな動きがあった。今までお前を縛る枷だった例の一件だが、当主が決断したようだな」
「港町クキツ周辺の野盗討伐か。おまえ、あの情報を渡したのか?」
「向こうから正式に依頼があった。お前に渡した物より遥かに精度の高い情報だがな」
「同じ情報だと向こうから金をとれないし、ただで渡す訳にもいかない。仕方が無い事だろう」
あの時俺が出した金は僅かだしな。
しかし、あのリチャーズがとうとう野盗討伐に兵を出したか。両親の敵討ちが終われば俺がこの街を出ていく可能性を理解しながら、俺が齎した利益に対する礼の一環として決意したんだろう。
領主としてもあちこちに蔓延る野盗の存在は邪魔者以外の何物でもないし、今後領内を発展させる上であいつらが存在しない方がいいに決まってるからな。
「我々が渡したのは領内に巣くう一定規模以上の野盗の全アジト、そして各町や村に点在する盗賊宿などだ」
「この領内から野盗だけじゃなく、大規模な盗賊組織を一掃するつもりなのか。かなりの兵力が必要だし時間がかかるな」
「少人数の盗賊などは半分くらい我々がすでに間引いている。残りも領主の送り込んだ兵が討伐済みだ」
「サービスがいいな。というか、そこまで金を出したのか?」
「流石にそれはこたえられない。だが、あの領主が今どのくらい金を持っているのか、お前は知っているはずだ」
近くの国を買える額だよな。
港街ザワリシやクキツを再整備して、ジンブ国との交易を再開しようって動きもある位だ。和紙を生産している以上ジンブ紙はもういらないが、あの国にはまだまだ価値のある商品が多い。
今のレナード子爵家にはジンブ国からの輸入品を買占めるだけの金がある。大型の商船で運んでくるだろうが、こちらから売り出す商品もいくらでもあるんだ。特に魔導エアコンなどは寒暖の差の激しいジンブ国では喜ばれるだろう。
「野盗に関してはリチャーズからの知らせを待つとするか。トリーニ内の盗賊も組織だったものほとんどはいないしな」
「お前が本格的に動き出して一年足らずでこの状況だ。この先いったい何を目指す気だ?」
「平和な世の中さ。誰もが適当に仕事をして普通に家庭を築き、子を育ててやがて死ぬ。そんな普通で当たり前の暮らしができる世界だ」
元の記憶でも今の俺に強く訴えて来るものがある。それは、贖罪だ。
前世で何をやらかしたか知らないが、相当な悪事に手を貸していたのは間違いない。その時に戦っていたライバルの男の姿も、刹那に満たないほんの一瞬だけ垣間見る事が出来た。
その時に理解したが、俺の力の根本というか根っこの部分は光じゃない、闇だ。光の力も無い訳じゃないが、それを遥かに上回る闇の力がこの魂の奥底には眠っている。
そんな俺が清く正しい力と知識でこの世界を平和になんてできない。だが、この世界にも金はある。金はどちらかと言えば闇の力だ。これを利用しない手は無いからな……。
「……お前は王か神にでもなるつもりか?」
「俺が目指すのは悪党さ。しない善よりする偽善、後ろ指をさされたってかまわない。俺は偽物の正義でいいんだから」
「相変わらず面白い男だ。最初に会ったあの時よりも、遥かに面白い奴に育ったな」
「面白いだろう? このまま俺の傍にいりゃ、少なくとも退屈はさせねえよ」
「お前の行く末を見てみたいな。俺もこの命の許す限り協力しよう」
気配が消えた。護衛任務に戻ったようだな。
あいつが傍にいるんだったら、王都の連中が何か仕掛けてきても安心だ。
◇◇◇
後日、リチャーズの奴に呼び出されたので町外れにある衛兵の詰め所に足を延ばした。
すでに拷問されて死ぬ寸前の男が五名、そこで最後の時を待っていた。こいつらが何なのか、俺はすぐに理解したがな。
「少し待たせたが、こいつらだ」
リチャーズの奴はそれだけしかいわなかったが、それだけで十分だった。
こいつらが俺の両親の仇、約七年前に俺の両親を殺して積み荷と金を奪った野盗だって事だな。
「お手数をおかけします。ここまで移送してくるのは手間だと思いますので」
「残念ながら三人程は現地で討伐した。こいつらは運よく生き残った残党だ」
運がいいのか? その場で殺されていた方が幸せだったろうに。
何せ俺の両親の仇だ。想像するだけで悍ましい拷問の数々が行われたに違いない。
「両親の仇だし、リュークが首を斬るか?」
「いえ、それには及びませんよ。こいつらはこのまま焼いて貰えれば結構ですので」
「火炙りか。そこまでしなくてもよいのではないか?」
「今後このような輩が出ないように、残酷ではありますが磔にして火炙りが妥当だと思います。移民に対する見せしめの意味も大きいのですが」
今城塞都市トリーニには各地からの移民が溢れている。
人手不足であり、割と法律も緩いレナード子爵家の領内だが、犯罪者を歓迎している訳ではない。今までは取り締まりをしたくても手が回らず、なあなあで見逃していた犯罪が多いだけだ。
だから今後は厳しく取り締まりを行うという警告として、こいつらの処刑を行う。こんな奴らの命でも有効に使わねえとな。
「理には適っている。今後の領地運営の為にこいつらには礎になって貰おう。良かったなお前ら、最後にこのレナード子爵家の為に役に立てるぞ」
「……!!!!」
既に喉を潰されているのか、口を開いているが声は出ない。
こいつらにかける情けなどないので、俺も擁護する気は欠片も無いしな。
「では火炙りを行うか。城壁外に磔の準備だ」
「準備をいたしますので、少々お待ちください」
今の爺さん、元盗賊ギルドの頭だな。その爺さんが指示を出した男も、元盗賊ギルドの人間だ。動きが違う……。
一時間後、大々的に磔と火炙りが行われ、群衆監視の元で両親の仇である野盗は炎に包まれて灰になった。
七年がかりの敵討ち。終わってしまえば、あっけない結末だったな。
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