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第四十一話 俺に何か用か? 今は滅多に見なくなった盗賊だったら、いい子だからそのまま回れ右して帰りな。俺を相手にするにゃ百年早い。はて、そこまで殺気立った相手に心当たりはないが




 恒例の飲み会の帰り道。すっかり暗くなった街道を歩いていると、暗い夜道であるにもかかわらずどこから放たれているのかわかるほどの殺気を感じた。


 俺の手には携帯型の魔導灯があるが、その光から逃げるように物陰に移動した連中がいる。いや、それだけ物音を立てるってどうよ?


 盗賊ギルドの連中ではないな。あいつらだったら今から殺す相手に気付かれるような真似はしない。という事は素人かどこかのチンピラだな。


「俺に何か用か? 今は滅多に見なくなった盗賊だったら、いい子だからそのまま回れ右して帰りな。俺を相手にするにゃ百年早い。はて、そこまで殺気立った相手に心当たりはないが」


「俺たちに気が付いたか。心当たりがないとはね……。白々しいにも程がある」


「いや、ちゃんと味方には金を回してる筈だぜ。あんたんところの親分には損をさせたかもしれないがな」


「……」


「トリーニの北の領地じゃ、黙るのが礼儀なのか?」


 殺気が強くなったが、こいつらの正体はわかった。アルバート子爵家に雇われたチンピラだ。流石に隣の領地に殺し目的で盗賊ギルドのメンツを送り込むのはまずいからな。バレたら大問題だぜ。


 以前の俺だったらこういったチンピラでも苦戦しただろうが、ロックスパイダーの討伐以来俺自身の戦闘能力が上がっているので何の問題も無い。正確には上がっているというよりも、力を取り戻している感覚なんだが……。


 魔導銃は使えない。こいつらを此処で始末するんだったら問題が無いんだが、あれの存在が誰かに知られるのもまずいし、今アルバート子爵家に雇われたチンピラを始末するのも問題がある。


「死ね!!」


 手にしているのは短剣か? 元の世界じゃないからドスって事は無い。


 流石に鎧で武装すればその音で気付かれるので、薄手の革鎧を着こんでいやがるな。


「面倒な事になったぜ」


「こいつ!! なんて速さだ!!」


「この暗闇で俺たちの位置が分かるのか?」


 俺も今は(ヴリル)が高くなったので、目を瞑ってもこいつらの気配くらいはわかる。


 流石に盗賊ギルドのあいつ相手だと今の俺でもどこにいるかもわからないが、こんな素人に毛の生えたようなチンピラ相手に苦戦する程耄碌しちゃいない。


【俺の力や技を使う必要もない相手か】


 一瞬脳裏に聞き覚えのある声が聞こえた。


 ロックスパイダー討伐の後から、たまにこの声が聞こえるんだよな……。こんな声より、とりあえず目の前のこいつらだ。


 すでに三人は行動不能にした。普通の人間など(ヴリル)の籠った拳で殴ればすぐに意識を手放す。軟弱な事だな。


「これで最後か……」


「バカ……な」


 最後のチンピラに(ヴリル)を籠めた拳を腹に叩き込んだ。(ヴリル)はいわゆる人間の内部にある気で、これを使えば身体能力は格段に上がるし、(ヴリル)そのもので直接攻撃をすることも可能だ。


 魔法である魔弾(マギーア・グロブス)と同系統で、(ヴリル)を使った技に氣弾(ヴリル・グロブス)というものがある。これを今の俺が使えるようになれば、あんなランニングコストの高い魔導銃なんて緊急時に使わなくて済むんだけどな。


 この情報の出どころは俺の記憶だが、なぜか前世の記憶で(ヴリル)なんかの情報があるんだよな……。元の俺はいったい何をしていたんだ?


 と、そんな事よりこいつらの処遇だな。このまま放置は論外、衛兵に突き出すのも得策とは言えない。仕方ないな、多忙なリチャーズを巻き込むのも気が引けるが、あいつの所に連れていくしかないだろう。


◇◇◇


 リチャーズを訪ねてソールズベリー商会に行ってもいいんだが、流石にこんな時間じゃ商会は開いていない。


 貴族街にある領主の館を訪ねるのは論外、となるとあいつの息のかかったここに連れてくるしかない訳だ。


「カジノの隔離部屋か。あるとは思っていたが、こうして使う事になるとは思わなかったぜ」


「リュークには無縁の部屋さ。この程度のレートの店で、熱くなる事なんてないだろ?」


「そりゃそうだが。こんなレートでも負けが込んでくると、おかしな真似をする奴もいるのか?」


「それがいるんだよ。自分で賭けて自分で負けておいて、負けたらイカサマだって騒ぎ出すって最低だぜ。勝った時には喜んで勝ち分を持って帰るのに」


「ここはイカサマなんてしないだろうしな。誰が勝とうが負けようが、胴元は損をしない仕組みだ」


「入場料や飲食物の売り上げもある。レートも低いし気楽な商売さ」


 ダスティンたちとの会話だが、公式の場所でもない限り敬語は不要という事で、こういった話し方が出来る間柄にはなった。


 ここ数ヶ月でダスティンたちの懐には莫大な額が振り込まれたし、他の貴族の三男以下を取り込んで手下を増やしたってのも大きい。そのおかげでこのカジノで働かせる人間が増え、支配人や副支配人の仕事を一部任せて自分たちは休みを増やしたと聞いているからな。


「ここを使った事は?」


「もちろんあるぜ。大体、月に数度だな。流石にここに連れ込む以上の騒ぎを起こせば衛兵を呼ぶ」


 ここはあくまでも隔離部屋で、頭を冷やさせる目的に使っている部屋って事だな。


 暴れたりすると流石に看過できないので、衛兵を呼ばれて暴れた奴は後悔する事となる。店に損害を与えた場合はその賠償金もあるし、牢にぶち込まれた時には最低でも負け分の数十倍はする保釈金を支払うか、そのまま犯罪者として強制労働へ連れていかれる可能性も高い。


「こいつらなんだが、どうするんだ?」


「背後関係を吐かせる。と言っても誰が送り込んできたかはわかりきってるし、向こうはこんな奴ら知らんというだろうがな」


「アルバート子爵家か。リュークが関係してるという事は羊皮紙の件だろ? 羊皮紙の売り上げが子爵家の税収になるとはいえ、あの程度の売り上げが落ちた位、そこまで気にする事じゃないだろうに」


「あの程度の売り上げでも向こうだと死活問題なんだろう。リュークと付き合いがあれば、何でもない額だけど」


 ダスティンたちの金銭感覚も相当狂い始めているな。


 この半年近くで落ちたアルバート子爵家の売り上げ、羊皮紙の売り上げは半分以下になり、市場に余った羊皮紙の価値が下がったので今はその価格も半分程度になっている。つまり羊皮紙の売り上げが四分の一にまで落ちたって事だ。


 落ちた羊皮紙の売り上げ額は予測ではあるが二百万スタシェルほど。決して少なくはないが、ダスティンたちに言わせてみても、そこまで高額って訳じゃない。今となっては二人ともその数倍の額を銀行に持っているわけだしな。


「とりあえずリチャーズ様宛ての手紙は届けた。緊急という事にしたので、すぐに返事があるかここに来てくださると思うんだが」


「この程度の事で来るかな?」


「あの程度の額でも、一応他の子爵家を巻き込んだ問題だからな。こいつらの処遇もあるし、俺たちだと判断できん」


 デリックもめんどくさそうに縛り上げられたチンピラを見ている。


 こいつらがただのチンピラだったら、とっくの昔に衛兵に突き出すか、状況証拠だけで首を跳ねられているだけだ。相手が平民だったらともかく、同じ平民でも今の俺を相手にこんな真似をしたら確実に首が飛ぶからな。


 しばらく酒とつまみで時間を潰しながらリチャーズの返事を待った。忙しいあいつはここに顔など出さないのはわかりきっているんだが。


 それに今回相手にしたこいつらはアルバート子爵家の分家筋の人間でも何でもなく、あいつらが金で雇っただけのチンピラだ。ここで殺してそんな奴は知りませんでも問題は無いし、アルバート子爵家もこいつらがどうなったかなんて興味はない。殺されたという報告を聞いて終わりだ。


「リチャーズ様から手紙が届いた。リュークの判断で好きにしろだそうだ」


「丸投げか。こんな奴らにかまっているほど暇じゃないだろうしな」


「俺たちのトランプの売り上げでもひと悶着ありましたからね。あそこまで売れるとは思いもしていなかったんでしょう」


 トランプの販売数。説明する時には月に百セットって事にしたが、実際にはその五十倍は売れている。利益で言えばそれ以上だが……。


 加工に使うスライム溶液が一時高騰したりもしたし、貴族や王族様により洗練された図柄や美しい模様のトランプまで開発され、レナード子爵家の新しい特産品としての地位を不動のものとしていた。


 その話を聞いた時、リチャーズの奴は分家の次男や三男程度には過ぎた商品だったと後悔したが、そんなものが霞むほどの売り上げを叩き出す魔導エアコンの増産計画で、トランプの利権に手出しする余裕はない状況だという。


 人が聞けばさぞかし羨ましい話だろうて。


「とりあえずこいつらはアルバート子爵家に送り返すか。向こうで処刑されるだろうが、こいつらも承知の上だろうしな」


「何か言いたそうにしているが」


「向こうの貴族が、こいつらに正直に話す訳ないだろ。捨て駒の扱いなんてどこでも同じだ」


「こいつらの移送は任せてもいいか? アルバート子爵家には俺から手紙を出そうと思う。リチャーズ様にも許可をもらってな」


「何かいい話があるのか?」


「もうこっちは手いっぱいだ。向こうにも少し金を回してやろうと思ってな」


 レナード子爵家の領内で稼ぐのもいいが、人手不足で今は新しい事業に手出しなんてできやしない。


 手間と時間のかかる利権をいくつかアルバート子爵家に回し、こっちと仲良くなってもらうのは悪い考えじゃない。


 その点に関しては、リチャーズの奴も同じ考えだしな。


「少しがデカいんだろ?」


「最低でも羊皮紙の売り上げなんて霞むレベルだ」


「ホントにリュークは凄いよな。知り合えてよかったぜ」


 こうして俺の味方は少しずつ増えている。


 信用できる奴を何人か商会で雇っているし、商会員の数もそろそろ二十人になる。しかしまだこれといった仕事が無いのが問題だな。


 アリスは商会用の魔導具の開発や、自分が考えた魔導具の開発で毎日大忙しだが、それ以外でまともに稼働しているのは近場の食堂の運営位だ。食堂に回している人間の数も増やしたし、それに伴ってメニューの数も増やしたので毎日飯時は戦場の様だと言っていた。


 しかし、俺がやろうとしていた本来の仕事は、そのほとんどが手付かずだ。今の状況じゃ仕方がないが……。




読んでいただきましてありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。

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