第四十話 バイアット家に和紙制作工場の話は来なかったんですか?
あけましておめでとうございます。
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カジノの支配人であるダスティンや副支配人のデリックにトランプの利権を渡して二ヶ月ほど経過した。
今はすでに十三月で、今月が終われば新年が始まる。城塞都市トリーニはあの村よりさらに南に位置する為、この時期になっても寒くも無けりゃ雪が降ったりする事もない。
ここがもう少し寒くなる場所だったら、冬場に大量の凍死者が出たんだろうが、運のいい事にこの街では凍死する者など滅多にいない。
周りは少し寒くなったが、それとは対照的に懐があったかくなったダスティンたちとは街の高級酒場で一緒に飲む機会も増え、ついでに二人の昔からの知り合いも一緒に飲みに行ったりしている。
最近は週に一度はこうして集まっているので、他の分家筋の三男に知り合いが増えた。やはり三男以下になると懐具合がさみしいらしく、こんな高級酒場で飲むことなど夢のまた夢なのだそうだ。
「騎士爵の三男以下なんて自由にできる金は月に数百スタシェルもあればいい方で、ほとんどの仲間は部屋住みで暇を持て余しているだけだ」
「バイアット家に和紙制作工場の話は来なかったんですか?」
和紙制作工房には数百人が働いている。そのほとんどは法衣貴族というか、領地を持たない貴族の三男以下だ。
和紙制作工房についてはその内部での仕事の殆どが極秘扱いなので、身内というか口の堅い貴族の子弟で固めたという事だな。その代わり支払われる給料も相当な額と聞く。
「うちには来なかった。順列じゃないがやはり本家と仲の悪い家も多いし、口が堅くて仲のいい家から順に声を掛けられたみたいだ。下手にトリーニの外に領地なんてあると、あの僻地の屋敷で一生飼い殺しだぞ」
「うちに来たのは城壁の現場監督の仕事だな。そんな仕事でも兄貴たちが優先されて、俺なんかは平民に混ざって壁や街道の工事を手伝えって言うんだぞ」
肉体労働というか、純粋に人手が足りないから分家の四男以下は平民と同じに扱っているらしい。
騎士爵の四男とはいえ一応は貴族の端くれなので、給金の面では平民より遥かに優遇されているという話だが、平民に混ざって土方作業は貴族のプライドが許さないのかもしれないな。
「その点俺たちは運がよかった。リュークと知り合えたしな」
「あのカジノ、そんなに儲かってるのか?」
「カジノだからな。そこそこ元手はかかるが、今はみんな懐が温かいだろ? 花街に行かない奴は酒場かカジノだ」
「本家から売り上げに応じた給料が出るんだったな。貴族としての仕事がある奴がうらやましい」
流石にダスティンたちも、トランプの事は欠片も口に出さない。俺と知り合った話の内容としては、俺が教えたチンチロリンなどの新しい競技の儲けがデカいって事にしているらしい。実際に俺が教えた競技は人気だし、結構な利益をあげているのも事実だが。
ダスティンたちは自分の口座にどのくらい入っているのか知ったうえで、それを自慢せずに隠し続けている。これがなかなか出来ない事で、この二人には時機を見てもう少し利権を渡してもいいかもしれない。
しかし貴族としての仕事か……。トリーニの南東側に無数に広がる荒れ地を開墾すればいいのに。
「何処か開墾するというのは?」
「今更小麦を栽培しても、ロドウィック子爵家が生み出す穀物の山に潰されて終わりだぞ。自分の領地で食うにしても、ロドウィック子爵家から買った方が早いし安上がりなんだ」
「成功したとしても、その狭い土地に縛られるだけだ。領土の切り取りがしたければ、魔族から奪うのが条件だしな」
その話は俺も聞いた事がある。
たとえ平民であっても、魔族の領地を切り開いて村を作れば、その責任者が代表として貴族になれるそうだ。
あの寒村の村長であるバスコが、あの荒れ地を切り開いて村を作り上げたのに貴族になれなかった理由は多い。
元々貴族であった事、逃げ出した辺境伯の一族であった事、切り開いた場所がすでにレナード子爵家の領地であった事などだ。
実はリチャーズ達はバスコ村長の事を国に報告していない。バスコ村長が口にしていた以前この地を支配していた辺境伯の一族にまつわる呪いの話だが、それを聞いた後でそう判断したと聞いた。俺にはその呪いの事を話しちゃくれなかったがな。
「どこかに金のなる木でも生えてないかな……」
「まじめに仕事しろ。こうして奢ってやれるのも、この好景気中だけかもしれないんだぞ」
「それだとずっとだろ……。うちにも魔導エアコンが欲しいぜ……」
どうやら酔い潰れて寝たみたいだな。酒を飲むのも久しぶりだと言っていたし、本当に貴族の三男以下は金に苦労しているようだ。
俺としては駒というか、俺の言う事を聞く貴族側の人材がもう少し欲しい所だ。ダスティンたちはもう実家の命令など聞かず、俺のために働いてくれるだろう。毎月あれだけ振り込まれる金を前に、今まで自分たちを邪魔者扱いしてきた実家に尽くす義理は無いし、あの利権を手放す馬鹿はいないしな。
それにダスティンたちの紹介で、貴族の三男以下に結構な数の知り合いが出来た。後必要なのは同業である商人と冒険者か……。
この二つは下手に手出しすると面倒な事になる。冒険者に関しては先にラッセル辺りに話を聞いて、可能であればこちら側に引き入れる事にしないとな。
「魔導エアコンか……。買えなくもないけど、まだかなり高いよな?」
「大きさ次第だけど、買ったのがバレると実家がうるさいぞ」
「やっぱりそうだよな……。一台だったらいけど、アレを何台も買うのは正直キツイ」
現在トリーニで生産している魔導エアコンも、そのほとんどは王都や侯爵クラスの貴族の屋敷に送られている。
それでもトリーニにある重要拠点や、超高級宿【月夜の夢】のすべての部屋にはすでに設置されているし、レナード子爵家の屋敷やソールズベリー商会の執務室、それに応接室などには設置されている。
快適に過ごす本家筋を横目に、分家の当主などは買える筈もない魔導エアコンを羨ましそうに見ている状況なのだ。
そんな状況で分家の次男や三男が自室に魔導エアコンを買えばどうなるか、その購入資金の入手法や今の資産状況を聞かれて面倒な事になるのはわかりきっている。
ダスティンたちはこのカジノの売り上げもあるので説明は難しくないが、そんな物を買う金があるのならば、まず当主に差し出すのが筋だろうとか言われて魔導エアコンを横取りされる可能性は高い。一応分家でも貴族なのでその辺りの順位というか上下関係にはうるさいって話だしな。
「ダスティンたちだったら余裕で買えるだろうが、実際に買うとなると手に入るのは何時になるか分からないからな」
「今納期は数ヶ月待ちまで縮まったらしいぞ。例の三交代前までは量産型のデザインでも数年待ちだった」
「王家や公爵クラスの受注生産は最優先、その代わり割増料金も凄いからな。王都や侯爵が統治する大領都に住む一部の貴族での話なんだけど、魔導エアコンの効いた部屋で晩餐会をして悦に浸るのが流行りらしい」
「財力とかを見せ付けたいんだろうが、あまりいい趣味じゃないよな?」
「貴族はどこもそんなものだ。うちも実家は金があればそうするだろう」
悲しい事に法衣騎士爵クラスにはそんな金は無いからな。
魔導エアコンはおろか、晩餐会すら開けるか怪しい財務状況だ。
正直、仮にも貴族なんだから、もう少しいい物を食っているかと思ったんだが、当主や次期当主の長男くらいはまともな食事を出して貰えるが、三男以下など村での食事の方が遥かにマシと言った惨状らしい。酒なんて滅多に飲めないし、飲めるとしても水で薄めたようなワインがコップに僅か程度だとか
「今は金があるだろう。結婚とかは考えているのか?」
「上次第だな。俺たちが次期当主の兄貴より先に結婚すると問題があるんだ」
「おいおい、お前らの兄貴という事だと、そろそろ三十近いだろ? まだ結婚してないのか?」
「できないのさ。結婚ってのは相手が必要だろ? その日の生活がカツカツな貧乏貴族に嫁ぎたいって女がいると思うか? 嫁に出す家の方が躊躇するさ」
ダスティンたちの実家も領地を持たない為、この国からの給金で生活している。
法衣騎士爵の俸給は十万スタシェルから二十万スタシェル。その額で貴族として恥ずかしくない生活をしないといけないそうで、その俸給では当主と次期当主予定の長男にそこそこの教育を施すのが精々らしい。
ダスティンたちが今いくら持ってるか知れば、当主や彼らの兄が何を言って来るかわかりきった事だ。
「無数にいる法衣騎士職に出すには、そのあたりが限界なのか」
「騎士爵だと俸給の代わりに、どこかの村の統治を任されることもある。その方がきついだろうな」
「村の統治もきつい。大き目の畑があって、近くで何か収穫が無いと……」
「村の近くに川は必須だな。漁業権とかいろいろ面倒な問題があったりするが」
「漁業権が発生する川なんて、どこかの大貴族が管理する川くらいさ。この辺りの川なんてリチャーズ様も碌に管理していないし、誰が何をどの位獲っても文句も言われないぜ」
バスコ村長の村の近くにある川もそうらしい。
城塞都市トリーニの中に流れる川にも、結構な数の魚がいる。特に多いというか、水路の中でも水深の浅い場所にいるジャイアントクレイフィッシュやヘビドジョウは子供でも簡単に捕まえる事が可能だ。
川の水は割と綺麗なので住んでいる魚も食べられるそうだが、流石にドジョウなどは泥臭いのであまり食べる人はいない。調理法次第で美味しく頂けるんだがな……。俺もガキの頃はよく食ってたし……。
ジャイアントクレイフィッシュはあれだ、五十センチほどの大きさまで成長するザリガニだな。たまに子供が捕まえようとして、鋏で挟まれて怪我をしているそうだが。
「トリーニの……」
「誰も漁業権なんて主張しないし、あの川の魚を食べる奴は本当に少数だ」
「川魚を食べる時には、城塞都市トリーニの近くを流れる川の本流に行くのが常識さ。あの川でよく獲れるドジョウとか子ナマズなんて食べないだろ?」
調理法次第だがな。そのうちこいつらにヘビドジョウを使った柳川鍋でも食わせてやろう。
しかし、流石に貧乏貴族でも、あの川で獲れた魚にまでは手を出さないみたいだ。
しかし露店で売られている魚が何処で獲れたかは、よく確認した方がいいぜ。俺もガキの頃は露店の店主にドジョウなんかを良く売ってたからな……。
あの川にゃ、小さいがホワイトバスも見かけるんだぜ。
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