第三十九話 これが特殊な加工をした紙で作られたトランプです
賭場。正確にいえばレナード子爵家が管理しているが、実際は分家筋が仕切っているカジノだな。俺はこんな場末の賭場で賭け事なんてしている暇はないが、今日は別目的というか、まっとうな商売でここを訪ねてきたわけだ。
今回の商売相手はカジノの支配人であるダスティン・バイアット。分家筋の一つでバイアット家の次男という話だな。
流石に当主や家督相続権を持つ長男が賭場のオーナーなどありえないので、このダスティンが此処の運営を任されている。先日刃傷沙汰に巻き込まれたのは、こいつの弟で四男のデレクという男だ。
デレクも四男という立場なので普段はそこまで金を持っていないはずなのだが、何処から手に入れたのか数十枚の金貨を皮袋に入れて持ち歩いていたという話だな。今はその時の傷を癒す為、教会の治癒院に入院中。持っていた金貨は治療費として教会にほとんど持っていかれるだろう。
今ここで行われているのはサイコロや六面ダイスを使ったギャンブルが多く、剣・盾・鎧・馬・杖・帽子が刻まれた特殊なダイスを使ったスリーダイスというゲームが人気種目らしい。揃ったマークで役が決まるのはどんなゲームでも同じだよな……。
以前相談を受けた時にチンチロリンやクラップスやバカラなどのルールも教えているので、ここで遊べるゲームの数は意外に多い。
ただ、流石にサイコロや六面ダイスのゲームだけではやはり飽きが来るので、何か目新しい競技がないかと言われて顔を出したわけだが……。
「これが特殊な加工をした紙で作られたトランプです」
A4サイズより少し大きめで厚めに作った和紙を名刺サイズに切り分けて、表には数字やマーク、裏には無難な模様をスタンプで押してある。スタンプを押した後で乾燥させ、特殊な加工をしたスライム溶液に浸して均一の厚さに仕上げたものだ。
和紙のままだと水気に弱いしすぐに皴になるので、半透明なスライム板に閉じ込めたんだが若干弾性もあるし、割といい出来になったと思っている。
「五十四枚セットで二万スタシェルですか。かなり高額なものですね」
「元々和紙が高額なのもありますが、数字や模様などの印刷や加工が手間でして。これ以上値段を下げるには材料を変えるしかないですな」
「ここで使う場合は、安価な木片で再現するのが一番か。貴族向けにはそのままで売れると思うが」
「ここには平民も多く来るしな。酔って盗まれでもしたら大変です」
副支配人のデリック・ヘーゼルダインも分家筋の一人で、こいつはヘーゼルダイン家の三男だ。
何かあった時にまとめて責任を取らせられるように、こういった施設には次男や三男が多く送り込まれている。
「とりあえずこのトランプで増やす競技の説明書を置いておきます。かなり高額にできるものもありますので、取り扱いにはご注意を……」
「このカジノは良心的なレートを心掛けている。向こうのカジノとは違うのでな」
「超高級宿【月夜の夢】名物、地下カジノですな。このトランプも、向こうではそのまま使うという話ですが」
「あっちは超高級宿泊施設の地下に作られた、貴族や大商会の人間向けの高級カジノだからな。貴族と言っても俺たちみたいな分家の三男とかじゃないぞ。最低でも男爵家の当主クラスの人間しか泊まれない料金設定だ。カジノのレートも最高十万スタシェル。いくら景気が良くても平民には手が出せんよ」
貴族街の近くに建つ超高級宿【月夜の夢】。部屋などの宿泊設備も最高級品で揃え、宿泊料金は驚異の一泊五万スタシェル。
滅多に宿泊客などいないが、それでも潰れたりしないのはこの高級宿のオーナーがナイジェルだからだ。あそこの維持費にも税金が使われているらしいが、他の領地から貴族が来た時に泊まらせる宿が無い方が問題らしい。
「今はナイジェル様がご不在なので、リチャーズ様が管理しているという話ですな」
「もう戻ってこぬのではないか? 流石に王都の方が住み心地がいいだろう」
「この城塞都市トリーニが広いといいましても、王都とは格が違うといわれていますな。あの城壁の修復工事が終われば、美しい街に変わるかもしれませんが」
「この好景気がいつまで続くかだな。リュークにはまだ色々考えているものもあるのだろう?」
「そのトランプを誰かが量産すれば、それなりの利益は出ると思うのですよ。いえ、現在和紙や魔導エアコンの現場を仕切っておられるリチャーズ様やクリストフ様は御多忙で、これの量産には手が回りません。どなたか任せられる方がいればよいのですが……」
暗にバイアット家かヘーゼルダイン家で量産しろと言っているんだが、こいつらにそれが分かるか?
元の世界でも莫大な利益をもたらしたトランプだが、この世界では和紙の値段が高すぎて、このサイズでもそこまで利益は期待できない。
トランプ用の和紙制作手順も用意してあるが、その後更にスライム溶液で加工するのがかなり手間なんだよな。
「どのくらいの利益が出ると思う?」
「デザインや仕上げ次第ですが、これ一つで数万スタシェルですかな。あくまで二万スタシェルはレナード子爵家に売る価格です。他に売る場合は当然そこに幾分か上乗せする必要がありますので」
「倍で売るとしても、利益は一つ二万スタシェルか……。大事業だな」
「魔道具とも呼べぬ玩具ですが、暇を持て余している王都の方々には、ウケるのではないないかと思います。最低でも月に百セットは出ると思いますので、二万スタシェルの計算で年間三千六百万スタシェルですな」
トランプの利権をこいつらのどちらかに渡すのは、先日リチャーズに報告済みだ。
そろそろ他の商品も持ち込みたいのですがといった所、あまり利益が出ない商品は分家に回せと言われたんだよな。忙しいしそれどころじゃないのは、銀行に振り込まれる魔導エアコンの利益で分かるけどさ。
「さ……三千、ろ……六百万スタシェルだだだ……と? 我が騎士爵家の総収入の数十倍ではないか!!」
「我がヘーゼルダイン家でも同じです。その利権ですか……」
いや、二人で睨みあうのはやめてくれよ。
それに、この利権をお前らの実家に渡すって言ったわけじゃないんだし。
「どうでしょう。トランプの生産をリチャーズ様の和紙制作工房に依頼するとして、その販売で得る利益をお二方で折半されてはいかがですか? 図柄の印刷やスライム溶液での加工をする必要がありますが、どこかの魔導具工房に依頼を出せばいい訳ですし」
「俺たちが直接?」
「いや、それでは実家に……」
「こんな仕事を押し付けた実家に、そこまで義理立てする理由が? お二人で分ければ、半分でも年間千八百万スタシェルですよ」
別にこいつら二人に、バイアット家やヘーゼルダイン家に喧嘩を売れとは言っていない。
ただ、運よく利権を掴むのは、こんな汚れ仕事を支える者の方がいいんじゃないかと思っただけだ。
「それに、お二人の口座をご実家が調べる訳ではないのでしょう?」
「……リュークだったな。このことは……」
「トランプの利権と販売に関しては、リチャーズ様には相談済みです。お二方のご実家には何の話も致しませんし、今後も何かを話す事は無いでしょう。このトランプ、製造過程でスライム溶液を使いますし、魔道具と言い張って登録すれば今後も安心ですな」
「いや、今日は良い縁が出来た。今後俺の事は友として付き合って貰えると助かる」
「俺もだ。リュークは今は貴族ではないが、そのうち貴族になるだろうしな」
国や領地で大きな功績を残すと平民でも爵位が与えられるらしい。
おそらく魔導エアコンの発案者が俺だとバレると、間違いなく貴族の仲間入りを果たす事になるだろう。
確かに貴族と平民の壁は厚い。逆にこの二人は貴族とはいえほとんど平民に近く、実家から追放されればその日のうちに平民落ちもあり得る状況だ。
ただし、二人が莫大な資金を持っていればどうなるか。バックに本家であるレナード子爵家が控えており、毎年もたらされる莫大な利益があればそう簡単に二人を追放したりはできないはず。しかもこの状況はトランプが売れ続ける限り永遠に続く。
「ではこの契約書にサインをお願い致します。……この控えを三人で持ち、それぞれ管理するという事で」
「わかった。このトランプの遊技や競技の説明書も、もらっていいのか?」
「トランプの普及に、それは必要だと思います。参考までに、トランプを魔道具として登録する際の注意点と、書類の書き方も付けておきました」
「痒い所に手が届くというか、流石だな……」
「いや、感謝する。これで実家の冷や飯食いからおさらばだ……」
数ヶ月もすれば、その利益に驚くだろう。
月百セット? 王都のカジノで使い始めれば、その百倍だって余裕で売れる。
それに元の世界を鑑みても、貴族たちがハマらないわけがない。
契約書ではトランプの製造価格である一万スタシェルは仕方が無いとして、もう半分の一万スタシェルは俺の口座に振り込まれる形になっている。つまり今回のトランプは、この利権に噛んだ全員がトランプワンセットごとに一万スタシェルの儲けを得るって話だ。
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