第三十七話 さて、高額で特殊な肥料まで使ったんだ。ちゃんと生っていてくれよ
例の山桃苺の挿し木を増やした時、俺は別の場所にもある木を挿し木にして植樹した。
リチャーズが和紙の木の増産の為に和紙制作工房の村に連れてきていた植物育成魔法が使える魔法使いたちには口止め料も含めてかなり多額の報酬を払ったし、このことはリチャーズの奴にも秘密にしている。
その木の名前は赤茄子の木、単に赤茄子と呼ばれる時も多い。小型の茄子とトマトの中間の様な実を成す割と大き目の木なのだが、その実は別名医者要らずと呼ばれており、様々な薬の材料となっている。
様々な薬効がある為、この赤茄子の木の別称は金のなる木。その実が大体大銀貨五枚、五千スタシェルで取引されている為、今赤茄子の木が生えている場所はすべて誰かに知られており、赤茄子の実が生る頃には多くの冒険者や村人がまだ薬効の低い青い実を収穫していく。
赤紫色に完熟するまで待つ人などおらず、買い取り値が十分の一以下でも他人に獲られるよりはマシと、まだ青い木の実を奪い合うように木から摘み取っていく姿はかなりシュールな光景だ。
完熟した実が無い為に当然芽吹くサイズまで成長した種などある訳もなく、挿し木で増やそうにもあまり一本の木から多くの枝を切り落としていると冒険者たちから不審がられる。
無数にある赤茄子の木から数本ずつ枝を採集し、俺が必要とする数が揃ったので植物育成魔法が使える魔法使いたちに協力をお願いし、以前クズダンジョンがあったあたりの荒れ地を整備して赤茄子の木の植樹を行う事にした。
この場所にした理由なのだが、和紙制作拠点の村から北は基本立ち入り禁止で、さらにこの赤茄子の木を植えている場所に至っては特別な許可が無ければ絶対に立ち入りできないし、もし無断で立ち入れば殺されても文句の言えない場所だからだ。
俺はリチャーズの奴にこの辺りに立ち入る許可を得たが、俺が何をする気なのかは聞いてくる事は無かった。儲け話であれば俺から話すと思っているんだろうし、内容を詳しく話さないという事は別な考えがあると理解してくれているんだろう。
「さて、高額で特殊な肥料まで使ったんだ。ちゃんと生っていてくれよ」
俺が植樹した赤茄子の木は二十本。まだ植えた年なのでそれほど実は生っちゃいないだろうが、それでも一本辺り十程度の実は出来るはずだ。
全部で約二百個の完熟した実。これだけあればいろいろ役に立つはずなんだが……。
植樹した場所には赤紫色に完熟した赤茄子の実が見事に生っていた。
実が多い木と少ない気があるが、少なく見積もっても二百個を下る事は無いだろう。
「聞いていた通り、ずっしりと重くていい状態だ。この実だったら薬効も本来の能力を発揮するはずだ」
今主に使われている赤茄子の実は、その名を偽るかの様に黄緑色か緑色に近い状態で収穫されている。
薬効に関しては十分の一以下、しかも本来の能力を発揮しないから、赤茄子の実が唯一の特効薬となっている病気が赤茄子の実を使った薬で治っていないのが現状だ。
その話を聞いて流石に馬鹿らしくなったので、俺が完熟した赤茄子の実の一大生産拠点を作ろうって考えた訳だ。
「しかし、聞いていた通り傷ひとつついていないな。虫や鳥は絶対に食べないと聞いてはいたが、葉に芋虫一匹湧いていないのも不気味だ」
薬効が高すぎて、虫や鳥が間違えて食べると高確率で死ぬらしい。
葉の方も木に生えているうちに採取して他の薬草類と混ぜ合わせる事で、貴族が使っている虫除けの香などが出来るそうだ。
俺が村で作っていた除虫菊もどきよりも遥かに強力で、山鶏なんかの鳥を飼う際には使用を控えた方がいいとまで言われている。
本当に人体に影響がないのか不安になるが、信頼しているところからの情報なので信じて赤茄子の実を集めようと思ったわけだ。
◇◇◇
ここに来るのも久しぶり……、と言っても、稼ぐようになってから月に一度くらいは寄付に来ている。今は十月なのであれから五回くらいは顔を出したことになるか。
今回はいろいろあったので二ヶ月ぶりだが、ここもこの数ヶ月でかなり様変わりしちまったな。
「リュークではありませんか。最近は見ないので心配していたのですよ」
「シスターシンシアか。最近はいろいろ忙しくてな。これは今回の寄付だ。女神ユーニスに感謝を」
「いつも多くの寄付をありがとうございます。あのリュークが此処まで立派になるなんてね~」
「素が出ていますよ。シスターシンシア」
「私としたことが。今日の用事はこれだけですか?」
いや、これはいつもの挨拶みたいなものだ。
本当の目的はこれからなんだが。
「赤茄子の実を手に入れて来た。例の薬の調合を始められると思うんだが」
「完熟した赤茄子の実が手に入ったのですか?」
「ああ。これで死病と言われている青肌病の治療が出来るはずだ」
青肌病。全身に特殊な毒が充満し、最終的に肌が真っ青になって死に至る事からこう呼ばれる。
何が原因で発症するのか不明、その上発症する条件も不明。年齢、性別、貴族平民の区別もなく発症するこの病は各地で恐怖の代名詞となっている。いろいろとチートな薬や魔法が存在するこの世界ですら治療が難しく、病気などを治す魔法ですら効果が薄いという話だ。
重篤化した際の死亡率は約七十パーセント。運よく回復しても割と重めの後遺症が残る事が多い。
教会の奇跡を使えば完治させることは可能だが、かなり大きな奇跡の力を必要とするため、平民どころか男爵クラスの貴族でさえ教会に支払う代価が足りない為に奇跡の使用を諦めるという話だな。
「どうしてあなたがこんなものを……」
「青肌病の治療薬が高すぎるからさ。欲の皮が突っ張った奴らが効果の無い実を摘み取る様が醜くてな、馬鹿馬鹿しいとは思わないか?」
「確かに熟していない実では青肌病に効果はありません。完熟して種まで十分に成長した状態が必要なのですから」
俺がなぜ赤茄子の実を必要としたか。
商会員の誰かが青肌病に罹った時の保険でもあるが、未来の為の投資というか、先の先まで考えての事だ。
この実一つからできる特効薬の量は意外に多い。これだけの量を一度に持ち込めば値崩れを起こし、冒険者や村人が群がって収穫している熟していない赤茄子の実の価値などゼロに等しくなると思ったからだ。
熟していない赤茄子の実に価値が無ければだれも収穫しなくなる筈で、そうすれば来年以降は安定して完熟した赤茄子の実が手に入るはずなんだ。
「あの緑の実を収穫する奴らにゃ恨まれるだろうが、あんな実でも買い取ってる冒険者ギルドやここも悪いと思うぜ」
完熟した赤茄子の実は一つ五千スタシェルだが、まだ熟していない赤茄子の実はせいぜい百スタシェルから二百スタシェルだ。
それでも日本円に換算して一つ千円から二千円。それが木にぶら下がっていれば、誰かに取られる前に収穫してしまおうと思っても仕方がない。
「あの状態でも薬効が無い訳ではありません。それにまだ軽い状態であれば青肌病の進行を抑える事も可能なのです」
「抑えるだけじゃ意味はないだろ? まあいい、今日は完熟した赤茄子の実を二百持ってきた。これだけあっても時間経過の遅いマジックバッグに入れておけば問題ない筈だ」
「二百ですか!! 流石に一度に百万スタシェルも用意できません」
まあ、そうだろうな。
俺もこんな大金が教会にあるなんて思っちゃいないさ。金庫をさらえば何とかあるのかもしれないが、そんなことをすれば明日の食費にも困っちまう。
教会に併設されている治癒院では、完成した青肌病の薬を五万スタシェルで売っているそうだが、他の材料も割と高価なのでその価格は仕方ないと思っている。
治癒院の売り上げはあそこで働くシスターの給料としても使われているし、薬草なんかを調合する調剤室もあるそうなので、そこで新たな薬の研究をするのにもつかわれているという話だ。
だからあそこから教会へ金が流れて来る事はほとんどない。
「代金はいらない。その代わり今治癒院で青肌病を治療中の患者に、無償で薬を提供して貰いたい。完治するまで面倒を見る事も条件のひとつになる。もちろん外部には口外禁止でだ」
「今回無料で行うと、次回以降で対価を請求できなくなりますからね。……今回は大口の寄付で何とかなったという話でどうですか?」
「それでもいい。薬や治療費だが、次回以降は正規に請求して貰って構わない。だが、俺の知り合いや商会員の家族が患った場合、最優先で治療を頼みたい」
「本当の目的はそこですか。ですが、それにしても百万スタシェル分の赤茄子の実を……」
いいのかシスターシンシア。俺は一言も患う病気が青肌病だなんて言っていないぜ。
今俺が口にしたのは、何か病気を患った時、最優先で治療を頼むといっただけだ。別に死病が青肌病だけとは限らない。しかも、その方法が薬だけとも限らない。
言い換えれば俺が頼んだ時に奇跡を使えって言っているのと同義だからな。
シスターシンシアには色々と感謝してるが、それとこれとは話が別だ。
「その時はシスターシンシアの権限でよろしく頼む」
「わかりました。私が責任をもって治療にあたらせていただきます」
「頼んだぜ。これが赤茄子の実だ。少々多いがな……」
これで何かあった時には教会を頼れるぜ。
この世界には元居た世界では説明できないような病気や状態変化が起こる。毒や麻痺などは普通の病気でもあると思うが、元の世界でゲームにあったような石化や宝石封印などの特殊な状態にも陥る場合がある。
流石に石化などの状態になると教会の奇跡くらいでしか元に戻す事は難しく、その代価は安くても百万スタシェルと言われている。
大きな教会では奇跡が貯まるのははやく、小さな教会では石化などの状態を治す奇跡など数年がかりで貯めるらしい。それだけに教会も奇跡の使用を渋る傾向があり、石化を治すだけの奇跡の力があれば、別の病気で苦しむ人を数倍から数十倍救えるのだから分からなくもない。
俺が今回先手を打ったのは、その奇跡を使う事に対する確約だ。たとえ口約束でも教会のシスターがした事だからな。その時が来れば、いやでも奇跡を使って貰うぜ。
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