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第三十六話 商会を立ち上げたのはいいが、まだまだ人手が足らないな。どこかから引っ張ってこようとしても、まともな人材はすでにどこかの商会で雇われてるときた




 現在、俺の商会ではそこまで仕事が無い。


 まだ商会員が八人しかいない上に、マカリオやオリボが商会の人間としてはそこまで役に立たないという事もある。マカリオなんてローテーションを組んで、イザドラ達と一緒に食堂で働かせてる位だしな。


 オリボは元々頭もよく手先も器用なので即戦力ではあるが、今は任せる仕事が無いので色々覚えて貰う為に毎日朝から晩まで勉強中だ。あと数ヶ月もすればいろいろと仕事を回せるようになるだろう。


 アリスは隣の工房で魔導具を開発中。魔導ドライヤーはアリスが登録し、大手の魔導具工房に委託して量産中だ。値段が値段なのでまだ貴族相手にしか売れていないが、それでも月に百台程度の注文が来ているみたいだな。


「商会を立ち上げたのはいいが、まだまだ人手が足らないな。どこかから引っ張ってこようとしても、まともな人材はすでにどこかの商会で雇われてるときた」


「今の特需で仕事の無い人って、よっぽどな人だしね」


「少しでも力があれば、最低でも木材の伐採や運搬業務で雇われているからな。読み書き計算が出来る奴は、各商会で取り合いな状況だ」


「だから僕がこうして勉強してる訳なんだけど、マカリオにも勉強を教えたらどうかな?」


「あいつは文字を見ると寝る。それに教師を雇うのも一苦労だ」


 本気で人材不足が深刻な問題になりつつある。誰かにものを教えられるレベルの人材など、とっくの昔に各商会やリチャーズの奴に雇われた後だ。


 言い訳になるが、これに関しては俺の動きが遅かった訳じゃない。俺がリチャーズに頼まれて和紙制作工房の立ち上げに手を取られている間に、目先の利く商会によって既に引き抜きが始まっていたんだよな。


 次に大手の商会に目を付けられたのは各孤児院で、その際に孤児院には莫大な額の寄付金が支払われたが、労働条件を満たした孤児たちは各商会に一斉に引き抜かれた。


 読み書き計算ができる孤児などは即囲い込みが始まり、醜い争いも勃発しているようだ。まともな商会だと、この好景気が一時的な物じゃない位理解しているからな。


「元々この辺りは人が少なかったからね。今はアルバート子爵家の領内やロドウィック子爵家の領内から、人が流れ込んでるんだっけ?」


「ロドウィック子爵家は今までと逆の流れに驚いているだろうな。向こうは人口も多いし、多少減っても問題ないだろうが」


「この辺りの人口の半分は、ロドウィック子爵家にいるからね。やっぱりあれだけの穀倉地帯を持つと強いよ」


「この機会に一旗揚げようって職人は、こぞって求人に募集しているからな。それでも全然人が足らない状況だぞ」


 そういう事もあり、人材の確保に失敗した俺には今やることが無い。


 いろいろ手を広げたくても、その為の人材がいないんだからな。出来る事と言えば村でやっていたことの延長で、魔導具の開発やマジックバッグを使った酒などの熟成だ。


 酒以外にも応用できるんじゃないかと考え、現在いくつかのマジックバッグの中では味噌、醤油、ウスターソースなどが熟成中だったりする。


 いや、あの時間経過の速いマジックバッグの価値に気が付いていない奴らに、全力で感謝したいところだ。製造法が確立したらそのうち作り方を持ち込むとするか。今リチャーズの奴の所に持ち込んだら、ひんしゅくどころの話じゃないしな。


「あの魔導ドライヤーの売り上げ。本当に私が貰ってもよかったの?」


「アレはアリスが開発しただろ?」


「ほとんどリュークのアイデアじゃない。私は細かい調整をしただけよ」


「それでも、アレはアリスの発明だ。その気があるんだったら俺が開発しているさ」


 魔導ドライヤーの売り上げで、アリスも結構な額の金が手に入った。


 その金ですぐに盗賊ギルドを雇うかと思えば、今はまだあいつらと関わるのが怖いらしい。普通に考えりゃ、そりゃそうか。


 という事で、アリスはしばらく敵討ちを見合わせるみたいだな。今手を出されても困るので、俺にとっちゃありがたい事だ。


「今度は私のアイデアですっごい魔導具を開発するんだから。みてなさいよ」


「ああ、期待しているぜ。こんな状態でも商会の営業時間中に開発したら商会の商品になる。その契約は覚えているか?」


「決められた営業時間中は、何もしなくてもお金がもらえてる訳だしね。私の為の魔導具の開発は仕事の後にするわ」


 流石にそのあたりはキッチリしておかないとな。


 今のうちの商会の給料は月に二万八千スタシェル。ギルバート達食堂運営者には、さらに食堂の売り上げの中から純利益の半分を人数割りして渡す事にしている。


 商会員の家は近場の元宿屋を丸ごと買い取って改装した後で寮代わりにしたし、アリスの自宅兼工房もこの商会の隣にある。この辺りの賃貸料が高くて今までは借り手がいなかったが、これから先は争奪戦になるかもしれないな。


「家賃もタダだし、こうして勉強をしてるだけで毎月こんなにお金をもらっていいのかな?」


「オリボが戦力になれば、すぐに取り返せる額だ。気にせずに今は勉強に精を出してくれ」


「ホントにリュークってすごいわよね。私と一つしか違わないのに……」


「先行投資は基本だぞ。できれば他の商会が手を出す前にもう少し人材を確保したかった」


「切実だね……」


「今、レナード子爵家に新しい商品を持ち込むのは無理だが、人手があればその準備くらいはできるからな。魔導エアコンと和紙がひと段落したら、いろいろ持ち込めるんだが」


 今新しい仕事を持ち込んだら、いくら俺でも追い返されるだろうしな。


 それに向こうからも俺と接触することを控えているようだ。あの魔導エアコンや和紙工房の出どころを探っている奴らもいるみたいだし、リチャーズの奴もそんなことは承知しているだろう。


「何か売る物があるの?」


「いくらでもあるぞ。調味料系は出来るだけ早く普及させたいんだが……」


「本当にリュークは凄いな。今は仕事中だから、ギルバートみたいに頭って呼んだ方がいいかな?」


「あいつは仕事中以外でも、俺の事を頭呼ばわりしてるだろ。人がいない時は今まで通りでいい」


 俺はまだ商会として看板を出しているわけじゃない。


 商会を立ち上げはしたが、何か商売をするにも手元に何も商品が無いからな。いや、売り物だったら鋼蔓(はがねつる)の綱や網があるし、矢竹で作った籠なんかも十分に商品にはなる。


 ただ、俺がこの商会で扱いたいのはそんな物じゃないので、商会としては存在しているが仕事が無いという状況な訳だ。当然うちを訪ねて来る客もいないって訳だな。 


「今の所うちの商会で仕事をしているのは、ギルバート達だけだね」


「もう少し店員を増やしたいところだな。あの状況じゃ、碌に休みもとれやしないだろ?」


「忙しいのは昼時と夕方だけよ。トリーニでも日が落ちた後の行動は制限されているし」


「何か特別な用事が無いと駄目だったか。貴族は制限なしだが」


 以前は夜活動するといえば、盗賊どもがほとんどだったからな。


 少ない衛兵に負担を掛けないように、一般市民は日が落ちた後は極力外出をしないようにというお達しが出たのは、もう十年以上前の話だ。


 携帯型の魔導灯があるから夜でも活動は可能だろうが、一般市民が使うには少々値が張るからな。今だったら皆、特需で懐があったかいので魔導具の一つや二つ買えるだろうが、数ヶ月前では考えられない事だしな。


「花街はお泊りが基本らしいわよ」


「花街になんていかねえよ!! ……オリボ?」


「え? たまにはいいんじゃないかな?」


「マカリオはほぼ毎日通ってるって話だったけど、オリボもなの?」


「僕はたまにだね。あの辺りに近付きもしないリュークが異常なだけだよ」


 日が落ちた後は、俺は本来する筈の仕事が多すぎて暇がないだけだ。


 しかしマカリオの奴、俺が出した給料を何に使おうが勝手だが、まさか花街に突っ込んでるとは。道理で食堂での仕事が終わった後、そそくさとどこかに出かける訳だな。


「ああいった商売を否定する訳じゃないし、無いと困る奴が多いのも確かだろう」


「うちの給料は高いからね。毎日でも通えるくらいだよ」


「もう少し給料を下げたら?」


「貰った給料を何に使うかは個人の自由だ。そんな理由で給料を下げられるわけはないだろ。下げる時には全員分一気に下げるぞ」


「給料を下げられたら、副収入の殆ど無い僕が一方的に被害にあいそうだね」


「給料は下げないさ。そういえば、他の奴らは全員別に実入りがあるからな。オリボも何か仕事があればいいんだが……」


 カリナやマカリオには食堂の収入があるからな。オリボにもたまに手伝わせているが、本当に忙しい時にヘルプで頼むくらいだ。


 という訳で、オリボ以外で真面目に食堂の運営をしている連中に関しては、実際の手取りが俺が出している分も含めて四万スタシェルはあるはず。元の世界基準で月四十万、この世界の物価だとそりゃ持て余す額だろう。それ以外の息抜きや遊びなんて本当に限られているからな。


「オリボはあと数ヶ月の我慢なんじゃない?」


「そうだな、勉強が一段落したら何か仕事を任せてもいい」


「責任重大だね」


「どんな仕事でもそれは同じだ」


 無責任に適当な仕事をされても困るしな。


 オリボは割と真面目だし、そこを間違える事は無いだろう。


 ……問題はマカリオの女癖か。まさかそこまで花街にハマる奴だとは思わなかったぜ。



読んでいただきましてありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。

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