第三十四話 和紙の木の増産は順調と聞きましたが、こうして呼び出されたという事は何か問題が?
和紙の製造工房。というか、和紙を製造する為にリチャーズの奴の指示で作られた村だが、その村はバスコ村長の村からトリーニに向かって二キロほど南の平野に作られた。
今はリチャーズが直々に集めた分家の三男などが中心になって、あの和紙製造工房を稼働させている。
俺が作っていた紙漉き用の機材をお抱えの大工に改良させ、長時間稼働させても大丈夫なように頑丈に作り上げられていた。その機材を全部で二十台用意し、五十人ほどのグループで紙漉きを効率よく行っているそうだ。
製造工房の一日の生産数は約千枚。つまり、一日最低価格五百万スタシェル分の和紙を製作しているという事だ。毎日俺に五十万スタシェル振り込まれている計算になるんだが、今はまだ和紙というかジンブ紙が高騰しているらしく、その数倍の金が振り込まれていたりする。
「和紙の木の増産は順調と聞きましたが、こうして呼び出されたという事は何か問題が?」
昨日リチャーズの使いが商会に来て、何か知らないが俺に和紙の生産の件で話があると言う事で俺は今ソールズベリー商会に顔を出している。
ここを運営しているナイジェルが王都にいる為、今は代理でリチャーズが此処を仕切っている状況だ。商会長用の執務室を改造し、そこに領主としての仕事も持ち込んでいるようで、机の上には羊皮紙の書類が山となっていた。
この状況で和紙の作成に問題が出れば、流石に俺に相談するほかないだろう。
「いや、和紙の木の増産と育成は順調だ。植物成長系の魔法まで使って毎日木の数を増やしている状況だな」
「という事は紙の接合材ですか?」
「いや、それも問題ない。和紙の販売ルートも増やしたし、漉いた分だけ売れている状況だな」
「何か問題があったと聞きましたが」
「人手がな……」
「それはそうでしょうが」
魔導エアコンの製作と販売。城壁や街道の修繕工事。和紙製造工房の運営とそこで漉かれた和紙の販売。さらに言えば、和紙制作工房には護衛の兵を何人も派遣している。いくらトリーニの周辺にレナード子爵家の分家がいたとしても、これだけ増えた仕事を任せられる人材はいないだろう。
魔導エアコンに関しては、王都だけではなく周辺の貴族領にまで生産した分から輸送している状況だ。向こうから追加生産に必要な魔石や魔銀などをはじめとする様々な商品を輸送しているそうだが、それを管理する人材も必要だと聞いている。
しかも魔導エアコンの生産を一手に引き受けていたナイジェルは現在王都で暮らしている。向こうで王族の無理難題を聞きながら、莫大な利益を生み出しているという話だ。まさかナイジェル自身も領主の座を息子に譲った後で、王族と付き合いができるとは思ってもいなかっただろうな。
「見込みが甘かった。まさか父上が王都から呼び出しをくらうとは、思いもしなかったんだ」
「魔導エアコンは快適ですからな。一度使えば魔導エアコンの無い生活など考えられません」
「その通りだ。今知られている魔法では細かい調整が出来ぬ。夏の暑さや冬の寒さを建築物で工夫するにも限度がある。そこに現れたのが、あの魔導エアコンなのだからな」
暖房機能だけでも十分だが、魔導エアコンには冷房機能も付いている。
今は六月とはいえ、妙に暑い日もある。そんな時に部屋を冷やす魔導エアコンがどれほどありがたいか。元の世界でそれを知っている俺は痛いほどわかるけどな。
「質の悪い類似品でも出回りましたか?」
「いや。魔導エアコンに関しては、王家が直々に複製禁止令を出した。その見返りとして魔導エアコンの設置場所について、王族や公爵家が求める分を優先させるという条件を飲まされたそうだが」
「それは初耳ですな。よほど気にいられたのでしょう」
「俺だって、もうこれの無い生活など考えられぬ。それは良いとしてこの好景気のおかげというか、いきなり仕事が増えたおかげで各方面に人手が足らぬのだ」
これだけ一気に仕事が増えればそうだろう。
城壁や街道の整備や修繕もそうだが、新しく人を雇っても現場監督クラスになるとそうそう増える訳は無いからな。丁寧に育てて、任せられる人材を増やすしかない。
「分家筋に良い人材はいませんか?」
「奴らをあまり使うと、後々面倒な事になりかねないからな。和紙制作工房に回した三男などはいいとして、分家の当主などに仕事を回せば、色々と派閥で問題が……」
「面倒な事ですな。城壁の管理と街道の整備。この二つを分家に任せてしまうのはいかがですか? 金はかかりますが、あまり旨味の無い仕事なのは確かですので」
「それしかないか。奴らに魔導エアコンの製造に噛ませる訳にはいかないからな」
「働き次第では、今後何かしらの利権を渡してもよいでしょう」
あまり旨味の無い利権もあるし、分家程度に渡しても痛くない物も色々考えている。
普及を目的にしているウスターソースなどの権利は、早々に渡してもいいかもしれないな。熟成にはゴミマジックバッグが絶大な威力を発揮するが。
「その時は何か頼めるだろうか?」
「彼らの働き次第という事にしませんか? 飴を与えるのはそれなりの働きを見せていただきませんと」
「それはそうだな。いや、やはり持つべきものは友だ」
「今日の要件は、それがメインですか?」
「何か理由が無ければ、こうして呼び出すわけにはいかないからな。レナード子爵家は元々貧乏貴族だ。執事のセドリックだけで処理できる規模の仕事しかなかったし、ここまで大きな仕事ができる家ではないんだ」
元々領地拍が運営していた領地だからな。三分割したとはいえ、子爵家にどうにかできる場所じゃない。王都から送られてきたレナード子爵家や他の子爵家も、転封という名ではあるが追放に近い形でこの地に送り込まれた。
だれも魔族領近くのこんな僻地に来たい人間などいないからな……。
俺を召しかかるという選択肢があるんだが、流石に今の状況でもまだ俺を雇う訳にはいかない。最低でも俺に分家筋の娘辺りを嫁がせて、貴族にでもしない限り無理だ。
「これから大きくなればいい事です。人材と言いますか労働力に関してですが、他の貴族領からも募集するほかないでしょう」
「となると北部の貴族領か、それとも北西の貴族領。王都まで行けばいくらでも暇をしている貴族はいるが、近場ではそこまで人材に期待はできんぞ」
「働き手に関しては、仕事の無い領民を引き抜くという手もありますが」
「向こうにも寒村くらいあるだろうしな。移住を推奨する訳か?」
「税金も払わないような、領地運営の足を引っ張る寒村はどこにでもあるでしょう。移送費をこっち持ちにすれば、喜んで送り出すのでは?」
この辺りの様な僻地というか元魔族領の人外魔境はともかく、僻地にほど近いド田舎の領地でも生産能力を持たない村というのは結構ある。
魔物が出没する場所は別に魔族領だけではない。禍々し魔素が溜まりやすい地域では定期的に魔物が発生するし、普通の動物が魔物化することも珍しくはない。
そんな場所では狩猟で獣を狩って毛皮や肉を収入源にする訳にもいかず、魔物の存在が大きい為に畑などを耕して農作物で収入を得る事も難しい。とはいっても、他の住みやすい場所には先に誰かが村を築いているし、土地には限りがあるからそこに入り込むのも大問題なのだ。
領主としても碌に税金も払わないような村の為に貴重な戦力を送り込むわけにはいかず、冒険者ギルドに依頼もできないような村では魔物の被害で村が亡ぶか、それとも全員冬に餓死や凍死して果てるかの二択というケースも多いと聞く。
「そんな奴らが役に立つのか?」
「最低でも街道整備の人員としての仕事はあります。近場に簡易な宿を建設し、最終的には駅馬車周辺に移住させてそこを街にするのは良いでしょう」
「今は駅間の距離が長く、駅舎も多いのでほぼ無人の場所も珍しく無からな。街道整備の仕事にはうってつけの場所だし、いい考えかもしれないな」
「簡易宿舎もその後使い道がある事、城塞都市トリーニよりも近い駅舎を拠点にすることで、他の貴族領からの移動距離を短くできるという利点があります。しかし、北部はアルバート子爵家の領地です。開墾などをさせる場合も含めて、向こうに話を通しておく必要があるでしょう」
「城塞都市トリーニから王都へ向かう街道の整備事業は、三人の子爵の共同事業だ。王都に向かう街道が北部にあるからといって、アルバート子爵家に全部任せるには規模がデカすぎるからな。その為の労働力の確保だ、文句は言ってこないだろうが、一応話は通しておこう」
ちょっとした手間だが、それで余計な揉め事を回避できるんだったらその方がいい。
移住してくる人の数が増えた時は少しずつトリーニの近くの駅舎を開発し、そこに町を作らせればいいしな。
最終的にアルバート子爵家の人口と税収が増えるだけではあるが、当面こちらの領内の仕事を任せる為にアルバート子爵家の領内から人員を引っ張る訳だし、そのあたりの調整としてはこの位しなければ嘘だろう。
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