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第三十二話 俺だ!! ロックスパイダーは倒した。警戒態勢は解除して、全員村に引き返せ

この話で第一章完結となります。




 とりあえず討伐したロックスパイダーはマジックバッグ内に収納し、俺はゆっくりと村へと向かった。


 奴らが心配してるだろうし急いで戻ってもいいんだが、あまり急いで戻ると俺がロックスパイダーに追われていると思ったマカリオたちが変な行動をしても困るしな。


 お、あそこにいるのはマカリオたちか。無事に合流したようだ。ここで手を振るべきかどうかは悩みどころだ。


「俺だ!! ロックスパイダーは倒した。警戒態勢は解除して、全員村に引き返せ」


「流石リューク!!」


「いや、俺はリュークだったらいけると思ったぜ」


「そういうマカリオが、みんなを急がせて此処に陣や罠を完成させただろ」


「それを言うなよ……」


 ロックスパイダーという脅威が去り、弛緩した空気が流れた。かなり離れた場所からでも分かるほどに感じた殺気は消え、笑顔と笑い声が溢れる。


 この空気を感じて、俺は戦いが終わったんだと実感した。


 あのダンジョンが無くなった事で、この先あの村が頭犬獣人(コボル)の群れに襲われる事は無いだろう。


 後はレナード子爵家が和紙の生産拠点をどうするかが問題だな。和紙の木は無事だった訳だし、あの村の近くで挿し木を量産すればすぐに一大生産拠点ができるはずだが……。


◇◇◇


 村に戻った俺たちを迎えたのは、村長以下全村人と領主であるリチャーズやその部下たちだった。いや、あんたらにはアリスたちを引き連れて逃げろって言ったよな?


 街に向かったのは確認した訳だし、途中で引き返してきやがったのか?


「その雰囲気だと無事に討伐を完了させたようだな。流石はリュークだ」


「死ぬつもりはありませんが、ここも無事では済まない可能性があった筈です。リチャーズ様に何かあれば取り返しのつかない事態になるところですよ」


「俺の代わりはいるが、リュークの代わりこそいないだろう。リュークに万が一の事があれば、せっかく明るくなろうとしている領の未来が、闇に閉ざされるところだぞ」


「闇ですか……」


 それこそが俺の拠り所、そして力の源の気がするが、今は気のせいだと思っておこう。


 しかし大袈裟だな、俺がいなくてもこの子爵領くらい……。いや、俺が手を貸さなければあれ以上発展はするまい。するんだったらとっくにしている。


「ロックスパイダーの討伐に成功するとは、リューク殿は冒険者の素質もおありなようですな」


「いったい何ができないのか知りたい位だ。我が領に十分な資金があれば、すぐにでも召し抱えるんだが」


「流石に今は無理ですな。ナイジェル様も同じ考えの様です」


 無名無能であればともかく、あれだけの魔導具を提供した俺を召し抱えようと思ったらそれ相応の金が必要だ。とりあえず、和紙の代金を分割払いしている今の状況じゃ話にならない。


 そしてこれも問題なのだが、俺を下手に安い禄で召し抱えて他の子爵や王都の連中が俺の能力に気付いた時、奴らがどんな手段に出るかわかりきっているからだ。


 金のある貴族や王族は、今のレナード子爵家が出せる碌の百倍の金を払ってでも、俺を引き抜こうとしてくるだろうからな。


「今は何かあれば私がソールズベリー商会へ持ち込むという事で」


「そうして貰えると助かる。いや、持つべきは賢者の如き知識を持つ友人だな」


「私は爵位も持たぬ平民ですが」


「今はな。リュークは数年後にどんな役職についているか想像もできないほどだ」


 数年後か……。数年でこの辺りがまともになるか? 俺の予想だと早くても十年後だが、その時ですら南方の魔物領には手出しできないだろう。


 この辺りが豊かになり、魔族の侵攻に十分対抗できるだけの戦力と防衛拠点を作る。最低でもこの条件が揃わない限り他の貴族領などから人が流れて来る事はない。


 その他に人口が増える可能性があるとすれば、このあたりの領民に十分すぎるほどの食糧や金が行きわたり、産めよ増やせよで出産ラッシュが起こった場合だ。これに関しては十分に可能性はあるが、そこまで経済的に発展した上に食糧事情がよくなるのにどのくらいかかるかはこの先次第だ。


「数年後ですか。城壁と街道の整備、そして南方の拠点に対魔族用の砦辺りは用意したいところですな」


「そこまでできるか?」


「まずはあの城壁の修理。これにどのくらいかかるかですな」


 壁の芯に使われている素材が特殊で、実際に修理や整備が必要なのはひび割れて崩れ落ちた部分だけだ。それでもその範囲が広すぎる為、修繕作業に莫大な人員と馬鹿げている予算が必要な訳だが。


 修復が完了して条件が揃えば信じられない程の防御能力を発揮するという話だが、まだ誰もその力を見た事とが無いんだよな。


「あの城壁の厄介なところは内部の構造が災いして外壁の劣化が早い事だ。対魔族用の城壁という事なので、特殊な仕様なのは仕方がないとはいえ」


「魔族の侵攻が無い今となっては無用の長物……、と言い切れないのも事実です。もし万が一魔族が侵攻してくれば、あの城壁が最後の砦になるでしょう」


「わかっている。だからこそ忌々しいのだ」


 この辺りに魔族の侵攻が無いのは、単に魔族がこっちに仕掛けて来るだけの理由が無いからだ。


 何せ人類側が街道や城壁の整備で勝手に自滅して衰退してる訳で、このまま手出ししなければ何代か続いた後で逃げ出す貴族だらけになり、最終的にこの辺りは荒れ地に戻る。


 そこを魔族が再び支配すればいいだけの話だからな。


「その金は王都の連中から毟ればいい訳ですよ。この辺りが壊滅すれば向こうにも他人事ではないのですから」


「今まではそれだけの価値のあるものが無かった。だからこそリュークの力が必要なんだ」


 俺におんぶにだっこでは困るんだがな。


 しかし、この世界は貴族の力が強い。今はこいつらを利用してでも、この辺りを何とかするのが先決だ。


「そんな話は後にしましょう。今はまず、するべき話があると思うのですが」


「この村の事か? そんなことは決まっているだろう。これほど覚悟の決まった者たちからこの土地を奪う馬鹿などいない。我が名に懸けてこの地はこの村に任せる」


「ありがとうございます。これで死んでいった者たちも浮かばれますじゃ」


 近くまで来た村長が頭を下げて感謝していた。避難命令を無視した無礼もあったが、リチャーズはその事も水に流してくれたみたいだな。


「……村長。名を聞いてもいいか?」


「バスコ・アンドラデですじゃ」


 ん? 後ろの執事たちが騒いでるな。名があるという事は村長も貴族だったのか?


「その名は……、元辺境拍の一族。まだこの地に残る者がいたのか!!」


「本家の者は全員どこかに逃げました。儂の一族はこの辺りで拠点を移して暮らしておったのですが、儂の代で息子夫婦とこの場所に永住しようと考えましたのじゃ」


「我が領内で移住を繰り返していたと?」


「旧辺境伯領全域ですじゃ。数十年前、生き残った本家の者が此処から逃げ出した時、儂の両親は僅かな金と配下の者を引き連れてこの領に残る事を決心しました。魔族から切り取ったこの領の行く末をあんじてだったんじゃと思います」


 詳しい話は知らないが、数十年前に前辺境伯が城塞都市トリーニや街道の整備に手が回らくなり、最終的に一族揃ってこの領から逃げ出したのは有名な話だ。


 しかし今気になる事を言っていたな。生き残った?


「当時の詳しい話は聞いていないが、何かあったのか?」


「魔族の呪いですじゃ。詳細をここで話す訳にはいきませんが……」


「その話は時機を見てトリーニの屋敷で聞かせて欲しい」


「了解しましたのじゃ。これで儂も全ての役割を終えられる気がします」


 村長があんな状態になってもこの村に残っていた理由はそれか。


 村の維持で命を落とした者への贖罪って意味もあったんだろうが、旧辺境伯一族がこの地を去った本当の理由も伝えたかったんだろう。


 村が大きくなればやがて領主の管理下には入る。村が廃村寸前まで追い込まれなければ、時間はかかるがそれを狙っていたのかもしれないな。俺が村に来た事で色々と変な方向に話が流れたけど。


 最初に会った時の村長のセリフ。今思い出せばいろいろ引っかかる事もあったしな……。


「リュークの方にも話がある。近いうちにソールズベリー商会を訪ねてくれると助かるんだが」


「近いうちにはお尋ねします。と言っても、ここでの後始末次第ですが」


「いろいろあるだろうからな。しかし色々と相談に乗って貰えると助かるんだ」


 今は魔導エアコンの生産に大忙しだろうに。それに和紙の生産……、なるほど、ナイジェルが魔導エアコンの陣頭指揮をしているから和紙方面の相談役が欲しいって事か。


 和紙の生産も軌道に乗るまでは大変だろうしな。和紙の生産に関しては放置していると俺の実入りにも影響が出る。少し手を貸すしかないだろう。


「生産拠点の立ち上げには力をお貸ししますよ」


「すぐにそれを察してくれて助かる。では、また近いうちに」


 リチャーズは今度こそ手勢を引き連れてトリーニへと戻った。


 和紙の生産拠点の選定。そして和紙制作工房の立ち上げと輸送ルートの確保。その後の収入次第だろうが、時機を見て生産拠点まで街道が整備されるだろうな。いろいろと大変だ。


「リュークのおかげで今回は何とかなったようじゃな」


「領主が来たのは俺のせいでもありますけどね」


「リュークが来なければ前回の頭犬獣人(コボル)の襲撃か、今回のロックスパイダーの襲撃で村は滅んでただろうね」


「そうじゃな。それどころか、リュークがいなければ何がなくとも今頃滅んでいたかもしれん。あの時、すでにこの村は限界に達しておったからな。いろいろあったが、リュークは村の発展に大いに貢献してくれた。感謝しておるよ」


 村長は領主と話をしたいって事もあったんだろうしな。


「村長が元貴族って事は、カリナも?」


「孫娘のカリナは貴族ではない。本家の連中が逃げ出した時点で、儂も既に貴族ではないしの」


「継承権は流石に切れてますか」


「当然じゃな。この首がつながっておるのが不思議なほどじゃ」


 何があったのかは知らないけど、領地経営放り出して逃げた一族の一人だしな。


 ここが魔族との最前線でさらに辺境でなけりゃ、元領主一族の捕縛の為に王都から誰かよこしただろう。


「そんな事より、村の独立と今回のロックスパイダー討伐の成功を祝って宴でもどうですか? いろんな食材も提供しますよ」


「おお、それは良い。儂もあのワインを提供しよう。皆のもの、酔い潰れるまで飲むがいい」


「すげぇ、今日はワインが飲み放題なのか!!」


「俺も料理の腕を振るうか。さあ、今日はいろいろ作るぞ!!」


 仕込みに時間のかかる料理はできなかったが、角豚の串揚げや山鶏(やまどり)のいろんな部位を使った焼き鳥など酒の肴に最高な料理を大量に用意した。


 更にブナマスの塩焼きブナマスの燻製などをはじめ、ガザミによく似た蟹を焼いた物がさらに乗っている。誰か用意したか知らないが、アレは酒のつまみになるのか? 


「今は移住してきた小さい子もいるからね。みんな喜んで食べてるよ」


「蟹を焼いたのはアリスか。あの辺りの料理もアリスだろ?」


「焼き料理しかできなくて悪かったわね」


「いや、感心してるんだぞ。こういった料理は意外に難しい。これが作れるんだったら、他にも出来るはずだ」


 焼き加減が絶妙というか、アリスが用意した焼き鳥は俺と違ってワイルドというか大味だけどワインに良く合うんだよな。多分ラガーブクにもよく合うはず。


「お世辞はいいわよ。味付けがちょっと微妙なのはわかってるわ」


「単体で食べりゃそうだが、酒の肴にするんだったらこの位濃い方が美味いぞ」


「確かにこっちの方がワインには合うな」


「リュークの料理は割と味が繊細なんだよな」


 俺の料理は全体的にあまり濃い味付けにはしていないのが原因だ。本来だと好みでそこにウスターソースとかを、追加の味付けとしてかけたりするのを想定してる訳だし。


 薄味が好きな人がいると濃いめに作ってしまうと困るしな……。


「これでこの村は安泰じゃ」


「村への移住制限はされるかもしれませんが、徐々に大きくなっていくでしょうね」


「元々豊かな土地だしな。魔物がいなけりゃいくらでも発展しそうだ」


 魚介類が豊富な川があり、荒地では森林資源というか動植物に恵まれ、岩塩は数百年先まで心配無用な量がある。


 一年近く過ごして感じたがこの辺りは気候が穏やかで、大きな天災も起こりにくい。頭犬獣人(コボル)の襲撃がなければ、村にするには好条件だったんだろうな。


 さて、俺はもう少ししたらこの村を出るが、アリスの外に何人ついてくる事やら。


 最大の問題はカリナだろうな……。



読んでいただきましてありがとうございます。

この後第二章と続きますが、楽しんでいただければ幸いです。

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