第二十九話 クズダンジョンだと知らずに、あの山の周辺に最近住み着いた奴がいたみたいですね。まだ十名ほどの小さな村といいますか、集落がふたつばかり出来ていました
さて、俺がどう返事をするか考えていた時。村長宅にマカリオが飛び込んできた。
普段だったらともかく、今日そんな真似をすれば首を斬られても仕方がないぞ?
「大変だ!! オリボが北の山の方にいるデカい魔物を見つけた!! あの辺りには最近できた小さな村がいくつかあるだろ? それを襲いながらゆっくりとこっちに向かっているみたいだ!!」
「ロックスパイダーか、予想以上に早かったという訳だ。……あのダンジョンの近くにも村があったのか?」
「クズダンジョンだと知らずに、あの山の周辺に最近住み着いた奴がいたみたいですね。まだ十名ほどの小さな村といいますか、集落がふたつばかり出来ていました」
「その村……。わざとか」
「こんなに早く役に立ってくれるとは思ってもいませんでしたが」
奴らが住み着いた場所から考えれば、岩塩の入手に邪魔なのに放置していたのはそんな理由だ。
岩塩の入手のために本格的に邪魔になればレナード子爵家に許可をもらって排除すればいいし、共存可能であればロックスパイダー発見器として役に立って貰おうと思っただけさ。
最悪、万が一の時に此処を捨てて逃げる時間稼ぎ位にはなると思っていたしな。
「その魔物がロックスパイダーだとすれば、俺が連れて来た騎士だけでは手に余るな。戦闘用の魔法使いを連れてこなかったのは失敗だったか」
「十メートル級のロックスパイダーですと、最低でも高レベルの魔法を使える者が必要です。そのレベルの魔法使いとなりますと、冒険者ギルドに声をかけるほかありますまい」
「仕方がない。この村は捨てて逃げて貰うしかないな。村長、村人に避難命令を出せ」
「たとえ領主様のご命令でもお断りします」
村長がいつもとは違う険しい表情でリチャーズの命令を拒絶した。おいおい、相手は領主だぞ。状況的にもここは一旦全員避難で問題ないだろう?
たしかに、ここで逃げれば畑や飼っている家畜は全滅するのは確実だ。しかし、それは人命に変えられるものじゃない。村は後で再建させればいい。
「なんだと!! 状況が分かっていないのか?」
「わかっております。しかしこの村は儂たちが命を懸けて切り開き、多くの犠牲を払って存続させてきた村なのです。ここで儂らが逃げ出せば、かつて頭犬獣人と戦って命を落とした者が浮かばれませんのじゃ。たとえ、ここで儂らが魔物に敗れたとしても、あの世であの時犠牲になった者に笑顔で迎えて貰えるでしょう。しかし、ここで村を捨てて逃げ出せだせば、儂らは死んだあと彼らに顔向けができませんのじゃ」
「そこまでの覚悟があったのか」
七年前に命を落とした仲間のためにここに残ろうっていうのか。それにあの時命を落としたっていう息子夫婦に対しての責任というか、何があってもここを守るって言う事が彼らに対するケジメになると思ってるんだろうな。
村長がそこまでこの村を大事にしていたとは驚きだ。
「領主様の命令に背く無礼は承知しております。ただ、この首を差し出すにしても、儂らに死に場所を選ばせてほしいのですじゃ」
「村長の覚悟はわかった。しかし女子供は逃がせ。ロックスパイダー討伐後、その者にこの場所に村を再建させる」
「承知しました。カリナ、マカリオ、オリボ。おぬしらは逃げよ。リュークもじゃ」
「残念ながらそれは聞けないな。ここで逃げたら俺はもう俺じゃない」
「リューク!! お前だけは失う訳には……」
「たとえ一年とはいえ共に過ごしたこの村の住人は俺の仲間です。ここで命がけで戦うその仲間を見捨てて逃げるような男に価値なんてないんですよ。大丈夫、必ずトリーニで再会しますので」
村長にここまで男を見せられて、避難命令をはいそうですかと聞いて逃げ出せるほど俺は薄情でもない。
要は迫りくるロックスパイダーに勝てばいいんだ。それもできる限り村に被害を出さず、離れた場所で討伐を成功させる必要がある。
もう少し準備が出来てれば万全だったんだが、それを今言っても仕方が無いしな。
「……護衛の重騎士四名。お前たちは村の防衛のためにこの場に残れ。残りは俺と共に急いで引き上げる」
「領主様の護衛を道連れには出来ません。村と運命を共にするのは、儂らだけで十分ですので」
「だが……」
「村の連中だけでも、勝算が無い訳じゃありませんよ。それに、熟練の冒険者であればともかく、ここに重騎士が四人ばかりいても状況は変わりませんし」
重騎士は対人には強い。その武器も装備も十分すぎるほどに脅威だ。
しかし、向かってくる敵は十メートルを超えるロックスパイダー。どれだけ重装備でもロックスパイダーの攻撃を受ければ俺たちとそこまで変わらないし、むしろ装備が重くてロックスパイダーの攻撃を避ける事すら出来ないだろう。
盾にしてもそうだが、元の世界で重機に小突かれて鉄の板程度で何とかなるか考えれば結果はわかりきっている。即死しなくても追撃で終わりだ。
「確かに我々は魔物との戦闘経験がない。しかし……」
「その装備であのロックスパイダーにダメージが通るとでも? それにリチャーズ様を騎士の護衛も無くここから逃がす訳にはいきませんので」
「リューク、必ず生き残れ。討伐が無理だと判断したら絶対に逃げるんだぞ!!」
「それはもちろん。まだやらねばならぬ事もありますので」
俺だってこんな所で死ぬわけにはいかない。
最悪でもロックスパイダーを撃退し、追い払うくらいはして見せるさ。
「アリスやカリナ。それに他の女子供をある程度の距離まで護衛して逃がして貰えますか?」
「リューク!!」
「そうじゃな。ここで戦うのは儂らだけで十分じゃ」
「お爺様まで……。私たちは役に立ちませんか?」
「足手纏いだとまではいわないが、ここは俺たちの男を立ててくれ」
「そうだね。僕たちだってたまにはいい所を見せないと」
マカリオやオリボだけでなく、最近この村に移住してきた家族の男衆まで手に武器を持って集まってきた。
妻子をリチャーズのいる場所に行かせ、決死の表情で集まってきたんだが、俺はそこまで全員玉砕なんて作戦はたてんぞ。
「女子供はこれで全部だな。よし、俺たちはここから撤収する。リューク、必ず生きて会おう!!」
「ではまた後程」
撤退と言っても女子供も引き連れているためそこまで速度は出ない。
ゆっくりと歩きながら遠ざかっていく妻子を見つめる村人。しかし、一緒に逃げようとする奴はひとりもいなかった。
「俺の考えた作戦だが、二段構えで行こうと思う」
「二段構え?」
「俺、マカリオ、オリボの三人で迎撃に向かい、ある程度攻撃を加えた後でこっちに向かって撤退を開始する。残った村人は全員でここから五十メートルほど先で追ってきたロックスパイダーを迎え撃ってほしい」
「なんで全員で行かないんだ?」
「それはな。これがふたつしかないからだ」
ジンブ国製のクロスボウで、牙熊という三メートル以上あり恐ろしい牙と鋼の様な体毛を持つ熊を殺す為に作られたものだ。使う矢も特殊で、これ一本が銀貨一枚もしやがる。
ロックスパイダー対策として防衛するのに十分な数を揃えたかったんだが、あいにくとこんなものが大量に売り出されているはずもなく、今度買い足そうとは思っていたが在庫分で置いてあった本体二挺と矢が二十本しかないのが痛い。
「でかいクロスボウだな」
「ジンブ国製の高級品だ。威力は折り紙付きというか、ロックスパイダーの外殻も貫ける威力がある」
「そいつはすげえ。これだけしかないのか?」
「トリーニの武器屋が、これを何挺も置くわけないだろ。こんな高額な武器を買える冒険者なんて一握りだぞ」
矢が馬鹿みたいに高いのが難点だな。
普通の冒険者だったら素直に普通の弓を使う、接近戦だったらあれでも十分だ。
「矢は各十本。無駄撃ちはできないね」
「そのあたりはマカリオたちの腕を信用してる。だから迎撃メンツが俺たち三人なのさ」
「仕方ないか。たまには俺たちも活躍しなけりゃな」
「そうだね。いつもリュークにばかり頼ってる訳だしね」
そんな事は無いがな。
最近は俺抜きでも狩り位は何とかなるし、村の連中に任せられることも増えてきた。
「それじゃあ、詳しい作戦を説明する。他の人にも仕事は山ほどあるぞ。これが全部ロックスパイダーの足止め用の罠に使う網や綱だ。今回は落とし穴は意味がない、代わりに巨体が引っかかる綱や網が有効と判断した」
「作戦自体は大体理解した。ちゃんと逃げてこれるんだろうな?」
「これだけ用意していくんだ、ロックスパイダーも無傷じゃない。手負いのロックスパイダーだったら逃げ切れるさ」
「リュークは足も速いからな」
「そういう事だ。それじゃあ、作戦開始だ」
ロックスパイダーがいなくなればこの辺りに魔物の脅威はなくなる。
そもそもあのダンジョンから湧いていた頭犬獣人も、これでいなくなるわけだ。そうすりゃ俺も安心してこの村を離れられるぜ。
あそこまで男を見せた村長を、犬死させるわけにはいかないからな。
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