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第二十八話 これが和紙の木です。木の幹をぐるりと取り囲むこの層、これを繊維層と名付けましたが、これを利用すれば効率的に和紙を漉く事が出来ます




 和紙の木はコルク樫に似た植物だ。


 春先に花を咲かせ、夏から秋にかけてクルミの様な木の実を付けるが実が虫に食われる事が多く、その実から新しい芽を吹くことは意外に少ない。


 そこで俺は小さいうちから実に袋を被せ、結構な数の無事な木の実を確保することに成功している。その実は今はマジックバッグの中だ。 


「これが和紙の木です。木の幹をぐるりと取り囲むこの層、これを繊維層と名付けましたが、これを利用すれば効率的に和紙を漉く事が出来ます」


「例の仕様書ではこの楮の木でも和紙を漉くことは可能なそうだが、どれくらい違いがあるのだ?」


「効率で言えば十倍以上でしょうか? 楮は無数にありますし、余裕があれば利用するのも手です」


「それほど差があるのか。では、この木を使う選択肢しかないな」


 そりゃそうだろう。ここまで和紙を漉く為に生えているような木なんて初めてだ。


 楮の場合、同じ量の繊維を解すだけでどれだけ手間がかかるか分からない。


 柔らかくするために木を煮る燃料も余計に必要になるし、製造コストや工程数にも格段に差が出るからな。


 執事のセドリックがいくつか落ちている木の実を拾って中を割ってみた。しかし、実は穴だらけで中は完全に虫に食いつくされ、ほとんどガワだけしか残されていなかった。ちらっと見ただけでも周りに落ちている木の実に同様の穴を確認できる。


「この木の実は全部ダメです。植えても芽は出ないでしょう」


「これだけあるのにか?」


「その木の実は全部去年の秋に落ちた実ですが、ひとつたりとも芽吹いてないでしょう? 虫害が酷い木でして……」


 木の実も旨そうなのだが、ほとんど全ての木の実に虫が湧いている。和紙の木がどこかに生えるのは、まだ実が完全に熟していない青いうちに大型の獣が丸ごと飲み込み、虫の湧いていない中の種をどこかに排泄した時だけだろう。


 繊維層の中にも虫が湧きそうなものだが、幸いな事に繊維層に潜り込む虫はこの辺りにはいない。冬がそれほど寒くないので、虫も普通に活動しているからなんだが……。


「では、植林計画は無理か?」


「無事な木の実が入手できれば可能です。しかし……」


「挿し木ではダメですか? 植物成長系の魔法が使えれば比較的簡単に育成可能なはずですが」


「おお、その手がありましたか。種から育てると思い込んでいたので忘れていました。……確かにこの木であれば挿し木も容易なはず。魔法を使えばさらに簡単に木を増やせるでしょうな。リチャーズ様、解決策が見つかりました」


「父上の言う通り、リュークは才能の塊なのだな」


 挿し木がダメだったらマジックバッグ内にある種を使っただけだ。


 この種も手間暇かけて入手したものだし、そのうち何かの機会に使いたいものだな。


「では、挿し木用に枝をいくつか採集して戻ります。植物の成長魔法は田畑には使えませんが、品種改良やこうして挿し木を育てるには使えますので」


「穀倉地帯など、田畑の規模が大きすぎると効率が悪いという事ですか。逆に品種改良は急速に成長させる事で、時間の節約になりますからな」


「リチャーズ様。この方は何者なのですか?」


「いずれレナード家の軍師か宰相になる男だ。今はただのリュークだがな」


「あまり期待されても困りますが、出来る限りの事はしたいと考えております」


 それがレナード家の考えと同じかどうかは知らないけどな。


 このまま城塞都市トリーニが昔の姿を取り戻し、更にそれ以上に発展すればどうなるかは、南と南西に拠点を構える魔族次第だ。特に南は魔王の腹心だった三魔将の一人がいる。近くで人族が栄華を謳歌すれば、気分がいい訳がない。


 その時までに迫りくる魔族を殲滅できるだけの戦力が必要になる。単独での戦闘能力が人を遥かに凌ぐ魔物と戦える、優秀で勇敢な人材の育成をどうするかが問題だ。


「では、枝の採集が終わればあの村の視察だな。紙漉きの道具も見たいのだが」


「私の家で紙漉きの道具を一通り見た後、村長宅で昼食などどうですか?」


「こんな僻地の村で……、いや、リュークがいるから期待はできるな」


「あまり食材の無い僻地ですが、出来る限り用意させていただきますので」


 この辺りで採れた食材で料理を出せば、あの村の価値も少しは上がるだろう。


 魔導冷蔵庫や冷蔵箱の開発はまだ終わっていないので冷たい菓子は出せないが、今の時期だったら温かい菓子でも問題ない筈だ。


◇◇◇


 村の視察と言っても少しはましになった畑、それに山鶏(やまどり)や角豚の飼育場。川で獲ってきた魚の燻製の製作所やパン窯などを見て回っただけだ。


 流石にここまで本格的なパン窯があるとは思っていなかったのか、焼かれている大量のパンには驚いていた。流石に百人分のパンだから、毎日焼いていても凄い数になるんだよな。


「こんな僻地の寒村とは思えませんな」


「リュークがいればどの村でも一年も経てばこうなるだろう。むしろこの程度に抑えている可能性すらある」


「村長やほかの村人の頑張りがあればこそですよ。頭犬獣人(コボル)の襲撃が無ければもう少し何とか出来た可能性はありますが」


「それがあったか。リュークはこの村の人間を従えて、八十匹の頭犬獣人(コボル)を撃退したという話だったな。しかも村人にはひとりの怪我人も出さずに」


「この方は本当に何者ですか……」


 頭犬獣人(コボル)程度、十分に対策をすりゃどうって事は無い。


 山鶏(やまどり)や角豚の飼育も、奴らだって楽に餌が食えりゃそこまで逃げ出そうなんて考えないしな。


「あとは村長宅での昼食か。期待しているぞ」


「出来る限りの物は用意できたと思っております」


 村に戻った後で俺は最初に村長に事情を話し、村長宅で昼食会の為の準備をして貰っている。


 料理は一旦俺の家で作り、あまりやりたくない行為なのだが料理を作った後で時間経過の無いやや小型のマジックバッグ内に保管し、村長宅に運ぶことにした。


 村長宅での昼食会。流石に同じテーブルに着けるのは、村の人間の中では俺と村長だけだ。


 デルフィとカリナたち女性陣が給仕としてテーブルに料理を運ぶ段取りとなっている。流石に十二人分料理を運ぶのも大変だからな。


「まさか領主様と食事ができるとは思いませなんだ。僻地の田舎者故、礼儀作法など心得ておりませぬので、そのあたりはご容赦ください」


「今日はリュークに用があってきたのだが、この視察も必要な事だ。今日に限り直言も許すし、無礼な行いもある程度は目を瞑る」


「ありがとうございます。今日はリュークが腕を振るいましたので、いつもより豪華な物になったと思っております」


 テーブルの上に籠に入ったパンが人数分置かれ、その籠の中にはバターロールが五つほど入っている。


 バターに関しては羊の乳から作った物だが、アルバート子爵家領内ではあれだけ羊を飼ってるんだから羊乳を飲もうとか考える奴が一定数存在するらしい。


 それで前回のトリーニ訪問中に苦労して手に入れたって訳だ。バターロールのレシピが完成したのは一週間前だがな。


「なんだこの柔らかいパンは!! 普段食べている物より上だぞ!!」


「父上もリュークは料理にも詳しいと言っていたが、そんなレベルではないようだな」


「何処にでもあるパンですよ。よろしければ後でレシピをお渡しします」


「このようなパンのレシピを惜しげも無く……」


「流石にリュークだな」


 バターの普及に協力してくれるんだったら、こんなパンのレシピくらい幾らでも渡してやるさ。


 例の和紙の件でアルバート子爵家には多少迷惑をかける。その穴埋めではないが、羊乳や羊乳のバターなどが売り物になればそこそこ補填になるだろう。


山鶏(やまどり)のコンソメスープ、角豚のカツレツ、蔓芋のポテトサラダ、ブナマスの燻製のタルタルソース掛けです」


「見た事のない料理ばかりだが……、この黄金色のスープは素晴らしいな」


 コンソメスープには山鶏(やまどり)の肉や卵の白身を使っている。黄身の方はタルタルソースの材料にした。


 角豚のカツレツは岩塩をハーブソルトに加工して味付けをしているので、追加でウスターソースなどが無くても十分に食える。蔓芋のポテトサラダは特に語る事は無いが、あの食感は面白いと思うぞ。この辺りじゃ見ない料理だしな。


「この角豚の料理。こんな料理は初めてです!!」


「ブナマスを燻製にし、その半身から骨を取り除いてこのソースをかけたのか……。手間をかける」


 実際の手順は逆だな。三枚に下ろしたブナマスから骨を取り除き、その後で水気をきって燻製にしたんだ。でないとこんなにきれいな形にならず、骨を抜いた時点でバラバラになるだろ?


 この辺りには玉ねぎが無かったので、タルタルソースに使ったのはノビルによく似た野草だ。実際にはノビルというよりはラッキョウに近い大きさだったが、その野草の根を刻んで混ぜ込んである。マヨネーズには山鶏(やまどり)の卵黄を使ってあるが、きっちり加熱して十分に殺菌処理を施した。こんな重要な食事会で食あたりなんて御免だからな。


 デザートもと思ったが、今回は昼食だしなくても構わないだろうという事でこの位のメニューにしてみた。今だと大したデザートは出せないしな。


「いや、思った以上の料理だ。リュークがいるとはいえ、ここまでの物が出て来るとは思わなかった」


「ありがとうございます、腕を振るった甲斐がありました。こちらが本日の料理のレシピです。他にもいろいろと載せていますので、晩餐会などで使えばいろいろと楽しめると思いますので」


「本当に恐ろしい方です。それ程の知識を一体どこで……」


「味方にすればこれほど頼りになる者もいないだろう。時期が来ればすぐに声をかける、その時は頼むぞ」


 今のレナード子爵家には残念ながら、俺を召し抱えるだけの金が無いからな。あれだけの商品を持ち込む男に対する碌、それが低ければ即座に愛想を尽かせてどこかに流れると考えるのが普通だ。


 俺が持ち込んだ特許などで利益を得た後召し抱えても、その金の出どころは結局のところ俺だがな。別にレナード子爵家に仕えなきゃならない理由も無いし、その気になれば王都辺りに流れると思っているんだろう。


 だが、こうして声をかけておけば、召し抱えられる可能性は上がる。両親の件もあるし、そう簡単にここからどこかに行くとは考えていないだろうが。




読んでいただきましてありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。

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