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第二十七話 仕方がない事情があったとはいえ、やはり時期尚早だったか。あれの方がアルバート子爵家との確執を考えずに稼げる




 俺とアリスが村に戻って半月、ついに魔導銃の製作に成功した。これで小型のクロスボウとはおさらばだ。ただ、この魔導具の設計図は絶対に誰にも渡さない。その先に何が待っているのか、わかりきっているからだが……。


 さて、こちらの方も結構な問題だと思うんだが、あれから半月経ったのにレナード子爵家からの使者がこの村にやってこない。


 こんな僻地だし使者の人選に苦労しているんだろうが、一日遅れればそれだけ和紙の製作が遅れる訳で、それだけで莫大な損失が出ると分かっているんだろうか?


 もしかしたら魔導エアコンの利権も渡したから、まず先にあれで稼ごうとしているのかもしれない。魔導エアコンの方が旨味はでかいし、和紙を漉くより手間もそこまでかからず量産が可能だ。今の領内では家具職人も暇しているだろうし、鍛冶屋にも仕事が回せるからな。


「仕方がない事情があったとはいえ、やはり時期尚早だったか。あれの方がアルバート子爵家との確執を考えずに稼げる」


「仕方のない事情って?」


「時期的な物も含めて色々な。この辺りは暑いが北部の都市では五月ごろまで割と寒いんだ。今生産して売り出せば暖房機能だけでも売れるし、その設計図も渡してある。今回はほぼ向こうに魔導エアコンの特許を差し出した形だし、その場にアリスがいたら間違いなくこちらの権利を主張しただろう? 損して得をとるじゃないが、大規模に売り出すには貴族を巻き込んだ方がいい場合もあるのさ」


 そう、冷房機能をオミットして値段を抑え、魔導ファンヒーターとして売り出す事も可能なのだ。


 冷暖房機能を備えた方が一年を通して便利ではあるが、ここと同じ様に懐具合の悪い貴族だと、暖房か冷房だけの機能があればいいと考えるだろう。


 俺が渡した仕様書には単独機能の魔導クーラーと魔導ファンヒーターの設計図も載せているので、装飾を抑えて安価な単独機能版を売り出す可能性は高い。


 とまあ、アリスにはこう説明するしかないだろう。流石に本当の理由は教えられないしな……。


「それで私を置き去りにして交渉に行ったのね。酷いとは思わない?」


「込み入った事情があってな。貴族との腹黒な会話には加わりたくないだろう?」


「男の人って悪だくみが好きよね……。お父さんも魔導具の開発中に何度かそんな顔をしていたわ。殺される少し前なんて、少し怖い位な顔をしていたし」


 おそらくその時に十数年に一度程度しか発明されていない画期的な新しい魔導具……、魔導ヒーターを思いついたんだろう。


 欠点だらけで改良しないと駄目な魔導具でも、いったん思いついてしまえばあとは完成するまでトライアンドエラーを繰り返すだけ。まず最初の発想が大切で、それをいかに形にするかは本人の才能次第だ。


「そういうものだ。話は変わるが、アリスは何か魔導具を思いついたりしないのか?」


「う~ん。いろいろ考えてはいるんだけどね。流石にリュークの発想には負けるわよ」


「多少俺が手を加えたものでも、アリスが登録してもいいんだぞ」


「それは私が嫌なの。お父さんとお母さんも、以前それで大喧嘩したそうだし」


 流石にそのあたりは職人としての意地らしい。


 他人のふんどしで相撲じゃないが、誰かのアイデアを形にして自分の作品と名乗るなどあってはならないのだとか。アリスの両親を殺してでも魔導ヒーターの図面を奪った馬鹿に、聞かせてやりたいほどだ。


「アリスが暮らしていて不便に思う事も多いだろう。それを何とかできないか考えるんだ」


「リュークがお父さんと同じことを言った……。わかっているんだけどね」


 何が不便か、言われるまで気が付かない事も多い。面倒な作業や不便な生活も、それが普通であればそこに疑問など抱かないからな。


 仕方がない、ヒントだけでも出しておくか。


「例えばだ、この辺りには風呂に入る風習はあまりないが、貴族の多くは風呂に入る」


「そうね」


「貴族の子女は髪を伸ばしている者も多い。髪が生乾きだと匂いがするし、寒くなれば髪が濡れたままだと風邪を引いたり良い事は無い。ここまではわかるな」


「……そうか、魔導ファンヒーターを小型化して、髪を乾かす魔導具を作ればいいのね!!」


「そういう事だ。誰が何で困っていて、それを何とかするにはどうするか。今ある魔導具を改良してそれを何とかできないか。それだけでもいろいろ考えつく筈だ。俺は忙しいから魔導具の開発だけにかかわってる暇はない、……頼りにしてるぜ」


 アリスの方はもう魔導ドライヤーの設計図を頭の中に思い浮かべているみたいだな。


 魔導具の設計図を書くには羊皮紙を使っている。和紙が高いから使えないんだが、魔導具の図面は昔からそうしているそうで羊皮紙でも特に問題はないそうだ。


「当面の問題はレナード子爵家からの使者だな。使者が来ない限り俺も拠点をトリーニに移せない」


「リュークがいないといろいろ揉めるでしょうしね。あ、ここをこうすればいいのか」


 話を聞きながらもアリスは魔導ドライヤーの図面を描き上げていく。


 どこの世界でも同じと言うか、元の世界のドライヤーと大差のない形に仕上がりそうだな。大きさに関してはかなり大型になりそうだが。


「リュークさん。武装した人が村に迫ってきているそうです」


「どっちからきている? 南か、西か? 流石にまだ北って事は無いと思うが」


「南です。装備から推測になりますが、野盗や山賊ではないみたいですね」


「数は?」


「騎兵ばかりで十。うち四人は完全武装した騎士です」


「やっと来たか。連中はレナード子爵家からの使者だ。ここまで豊かになった村を放置する訳ないしな。俺が話を付けてこよう」


 とりあえず村の連中には本当の事は話さず、以前話した通りこの村の状況がよくなったので徴税対象として視察しに来たという事にしておく。本来であればレナード子爵家の分家辺りがこの村を正式に認可し、今年の秋から税金を収めろって事になってたんだろうがな。


 しかし、本当は俺が招いた使者なのだが、事情を知らないカリナたちは動揺してるみたいだ。


 俺の和紙に関しては契約している以上の税金を取ることなどできないだろうが、最低でも飼育している山鶏(やまどり)や角豚の数に応じて相応の税金を要求したはず。


 そのあたりは話し合いが必要だろうな。


◇◇◇


 驚いた。いや、何が驚いたかと言えば今回使者として送られてきた人物を見たからだ。


「まさか現当主のリチャーズ様が直接来られるとは思いませんでした。あの件をそこまで重要視されていたのですか」


「あの日以来、父上は魔導エアコンの製作現場につきっきりだよ。領内の魔導具職人、家具職人、鍛冶屋、彫金職人、木材商を集めて最高級の魔導エアコンを製作中。王都の王族や貴族相手に一台最低三百万スタシェルで売りに出すそうだ」


「装飾を豪華にすれば幾らでも高値で売れると思いましたが、そこまで高級品に仕上げますか」


「暇を持て余していた職人どもを総動員するそうだ。最低でもこの先数年は仕事に困る事は無いだろう。それと父上が俺に、リュークとは長い付き合いになるだろうから、この機会に顔を合わせておけだと」


「それはこちらも歓迎いたしますが。そちらの方は……」


 護衛にはふさわしくないと思われる初老の男性が混ざっている。


 あの男が魔法使いだったら戦力として考えられるが、あいにくと魔法使いの殆どは若い女性だ。あんな初老の男で魔法使いなど、俺の知る限りでは一人しかいない。その位男の魔法使いは珍しいんだ。


「ついでに紹介しておこう、父の代から仕えている我が家の執事でセドリック・アントニーだ」


「お初にお目にかかります。あなたがナイジェル様にあの魔導具を提供したリューク殿ですな」


「はい、私があの魔導エアコンを提供したリュークです。あれの普及には相当なお手数をお掛けすると思いますが、よろしくお願いします」


「お戯れを、その位些細な事です。あの魔導具の売り上げだけで、この子爵領の全税収を軽く上回るでしょう」


 今後はあの魔導エアコンだけでも、今までの税収の十倍を軽く超えるだろうしな。


 というか、その位税収が無ければ、あの城壁と街道の整備に手が回らないわけだ。本当に無理難題というか、なぜかそこまで金食い虫な城壁を作り上げたのか理解できない。まさか元辺境伯の誰かが、魔王復活の兆候でも感じたのか?


 今はそのことは置いておくとして、十人のうち一人はリチャーズで、もう一人は初老の執事、後の八人のうち四人は護衛で残りの四人はなんだ?


「あとは護衛の騎士たちだな。数名魔法使いもいる」


「見たところ後ろの四人は戦闘向けとは思いませんので、別目的ですか」


「ああ、彼らは植物の育成などに詳しい魔法使いたちだ。例の木の増産や回復にな」


 和紙の木の繊維層の回復や植林事業を魔法でやろうっていうのか。


 確かに楮を使うより和紙の木を使った方が遥かに効率は良い。少ない労力で繊維層を増やせるんだったら、その方が話は早いからな。


「例の木の生える場所には後で案内いたします。この村の現状をどう思われますか?」


「こんな規模の村が存在していたのは驚きだ。しかし、リュークがいるんだったら不思議でも何でもないと思っている。こんな寒村を発展させることなど造作もないだろう?」


「いくつか厄介な存在も抱えていますがね。頭犬獣人(コボル)や例のダンジョンの話は?」


「知っている。だからこいつらを連れて来たんだ」


 万が一の時の為の護衛と、この村を使わずにトリーニの近くに和紙の木の移植や植林する計画か。


 ここより数キロ南でも川の近くに新しい拠点を作れば十分に代用が可能だからな。別にこの村にこだわる必要もない訳だ。


「もし万が一()()が解き放たれれば、最悪此処からトリーニの間にある村は壊滅するでしょう。今の状況ですと、トリーニも無事とは思いませんが」


「遅くとも数年後には問題はなくなる。リュークのおかげでな」


「それはそうですが……。新しい拠点も捨て駒で?」


「そこは難しい問題だ。それに、ここを利用する手が無い訳でもない」


 魔法的な手段で和紙の木の植林事業や引き剥がした繊維層の回復が行われるのであれば、この村の価値は低い。


 ここまで豊かになった村を支配する村人を放置するのはどうかと思うが。


「まずは例の木の状況確認ですか?」


「そうだな。その後はアレを漉く設備の確認もしたい」


「ではまずあの木の確認ですな。川や山とは反対側、つまり西側の木を多く残しています」


 さて、この後が問題だ。


 できれば穏便に話が進んでくれればいいんだが。




読んでいただきましてありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。

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