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第二十五話 ご多忙なところに、昨日の今日で押しかけてきまして申し訳ありません。状況が少し変わりまして、こちらで扱っていただきたい商品が増えましたので




 ソールズベリー商会。昨日の今日というか、またしてもここに来るとは思いもしなかったな。今日の訪問には悪いがアリスには席を外して貰った。魔導エアコンを持ち込んだ理由であの話をしない訳にはいかないし、アリスにはまだ詳しい事を教えられないからだ。


 さて、当面の問題は魔導エアコンの登録を申し込んでも既にレナード子爵家には俺に支払う予算というか、報酬として支払うだけの十分な現金が無いという事だな。だから昨日は魔導エアコンの話を持ち出さなかったんだから。


 しかし、盗賊ギルドの情報を貰った以上、こうして動かないと仕方がない。例え不完全な物とは言え先に向こうが登録してしまえば、魔導エアコンというか魔導ヒーターの権利は向こうが所持することになるだろうからな。


「ご多忙なところに、昨日の今日で押しかけてきまして申し訳ありません。状況が少し変わりまして、こちらで扱っていただきたい商品が増えましたので」


「昨日その話を持ち出さなかった理由の推測はできるが、それでもなお、今日話さなければいけない事なのか?」


「はい。実は……」


 アリスの両親がロドウィック子爵家の領内の魔導具職人で、新しく開発した魔導ヒーターの設計図を狙われて殺された事。魔導ヒーターには欠点があり、その改良に手間取っていまだに登録されていない事を話す。


 そしてアリスの両親の仇は魔導具ギルドに所属する、ロドウィック子爵家の分家筋である事を説明した。流石にロドウィック子爵家の分家筋の話を出した辺りでナイジェルも表情を変えたがな……。


「相手が貴族、しかもロドウィック子爵家の分家筋か」


「はい。今のままでは敵討ちなど夢のまた夢でしょう。相手に手を出せばどうなるか、子供でもわかる事です」


「こちらの誰かが手を出して殺せば、分家筋とはいえロドウィック子爵家も黙ってはいないだろう。彼女には気の毒だが、敵討ちを諦めて貰うしかないな」


「アリスには悪いですが当面はそうして貰うのがよいでしょう。ですが、こちらから一矢報いる、言い換えれば嫌がらせを仕掛ける位はいいのではないかと思うのです。そこで、これが私の考えた魔導エアコンという魔導具ですが」


 俺の作り上げた魔導エアコンに関しては、出力調整からオンオフのスイッチまで既に完全な形で搭載されている。さらに言えば、魔石の残量に合わせて目盛りを刻み、あとどのくらい使用できるか一目で分かる機能付きだ。そのうえ、魔石の交換もしやすいように取付位置も考えてある。


 試しにスイッチを入れると吹き出し口から暖かい風が心地よく流れた。いかにこのクラスの商会とはいえ、これだけの広さの部屋全体を温めるにはかなりの火力が必要だ。今のレナード子爵家にそんな予算がある訳もない。


 このサイズの魔導エアコンにこの大きな部屋全体を温めるほどの出力は無いが、そんなものは大きさを変えてしまえば済む話だ。大型の魔導エアコンが邪魔になる様だったら、このサイズの物を何台か用意すればいいしな。


「魔石だけで冬は暖房、夏には冷房が可能な魔導具です。この点だけでも魔導ヒーターに勝りますが、この魔導エアコンには便利なスイッチ機能に細かい出力調整機能もあります。こちらも単独で技術特許の申請が可能でしょう」


「素晴らしい!! こんな魔導具は初めてだが、これであれば一年を通して使える上に、装飾を工夫すれば貴族の屋敷には必須の魔導具となる!!」


「私が作り上げた村では材料が無く、また鍛冶屋や家具職人の協力などが無かった為にこのような武骨なデザインですが、そのあたりを改良すれば王宮でも使用可能でしょう。また、大型化すればかなり広い部屋にも対応可能です。一台で対応が難しければ、複数台を設置すれば済む話ですので」


「大きな屋敷になれば、暖炉にくべる薪が不要になるだけでもどれだけ節約になるか。……これは売れる。この魔導具の売り上げだけで、そのあたりの貴族領の総税収を上回る利益が出るだろう」


「こちらの仕様書に、この魔導エアコンを製造にするにあたっての注意事項や、魔導エアコンを運用すれば起こるであろう事故の例を載せております。また、改良する際の細かな注意点なども載せておりますので、ご一読いただければ」


 和紙の製造を俺がしているんだ。こういった仕様書も全て和紙に書かれている。


 この仕様書に使われた和紙の枚数だけでも相当な額になるが、そんなものはこの魔導エアコンが出す利益に比べれば些細な額だ。


「ずいぶんと細かいことまで想定されているな。暖房時の注意事項や冷房時の注意事項……。なるほど、近くに金属製の物を置く場合の注意点や、幼い子供やペットなどがいた場合の対策まで練られている。なるほど、事故防止用の柵を用意する訳か」


「そのあたりの柵なども、装飾次第でどうにでもできるでしょう」


「それで、この魔導エアコンの登録という事だが」


「向こうより早く登録し、そして大々的に売り出す必要があります。お手数をお掛けしますが、その規模になりますと私の手には余りますので」


 登録と生産体制の確立や販売。そのすべてを押し付ける形になるが、レナード子爵家には十分すぎる位の利益をもたらす。


 魔導エアコンの売り上げと和紙の売り上げで、半年もすれば莫大な額の金がレナード子爵家の金庫に転がり込むはずだ。


「この魔導エアコンの取り分だが。本来であれば利益に関しては、リュークにほとんどすべての権利がある訳だ。登録自体は簡単だし、生産に関しても領内の家具職人と魔導具職人に任せれば問題ないだろう。その辺りなのだが……」


「こちらの取り分は、利益の半分でいかがでしょうか? それでも莫大な額になると思いますが」


「利益の五割!! リュークが考えた魔導具であるにもかかわらず、こちらがそれだけ貰ってもよいのか?」


「かまいません。それに登録と生産工場の立ち上げを考えれば当然の事ですが、今回この技術をお渡しする代金は頂きません。和紙と魔導エアコン。この二つをレナード子爵家領の特産品として、大々的に売り出しましょう」


 貴族相手の商売だ。魔導エアコンに関しては、一台十万スタシェルを切る事は無いだろう。設置する部屋に対応させた装飾や規格次第では、もう一桁上は当たり前になるかもしれない。


 そうすると一台百万スタシェル。この世界は人件費も安いし生産拠点を増やせば輸送費もかからない。ここから運ぶにしてもマジックバッグに詰めて、高速馬車で運べばいいだけの話だ。そうなると純利益はおそらく六割程度として、一台六十万スタシェル。その半分だから三十万スタシェルがレナード子爵家に税収として入る訳だ。


 年間どれくらい売れるかはわからないが、元の世界でのエアコンの普及率を考えればどうなるかくらいは想像できる。王族や上位貴族のすべての部屋に設置されるまで、魔導エアコンは利益を上げ続けるだろう。


「リュークと出会って僅かに二日だが、その二日でこのレナード子爵家の未来は大きく変わった。今年の秋には税収に悩むこともないだろう」


「おそらくあの忌々しい城壁の修繕費を差し引いても十分な額が残ります。また、あの城壁の修繕に人を使えば、雇用の促進にもつながりましょう」


「頭を悩ませていたスラムの問題も、一気に片付きそうだ。人手が不足するようであれば、近隣の村から人を雇ってもいい」


 金が無いと何もできないからな。


 実際に和紙や魔導エアコンの売り上げが入るのは数ヶ月後からだろうが、その頃にはどのくらいの額が入ってくるかの試算くらい終わっているはずだ。


 今までのレナード子爵家では逆さに振っても無理な額が雪崩れ込んでくる、しかもそれが暫くの間は定期的に。笑いが止まらないだろう。


「この領だけ潤えば、他の二家が妬んで逆恨みをするでしょう。特に羊皮紙の売り上げが落ちたアルバート子爵家は行動を起こすでしょうし、アリスの両親を殺して魔導ヒーターを売り出そうとしていたロドウィック子爵家の分家筋も、何か仕掛けてくる可能性があります」


「そのあたりはおいおい考える。金が無いと何もできないのは、十分すぎるほどにわかっているからな」


「何か仕掛けてこようにも、金が無いと?」


「直接宣戦布告された訳ではないのだ、どの家も今の少ない税収の中で逆恨みで使える金など用意できぬよ。そんな金があればせねばならぬ事が山ほどあるのが領主だ」


 その辺りは実感が滲み出ているな。


 このナイジェルも貴族だ、今までに気に入らない相手や競合する相手も大勢いたに違いない。しかし領主として少ない資産を使ってまで私怨のために動く訳にはいかず、今まで腹に据えかねる事があっても同じ様に我慢してきたのだろう。


「アルバート子爵家は直接危害を被るのでは?」


「羊皮紙の売り上げが落ちるのは結果だ。狙って仕掛けた訳ではないだろう?」


「それはそうですが、向こうの主力商品でしょう?」


「あそこは羊毛の売り上げの方が大きい。別に羊皮紙だけが税収のすべてではないからな。鉱山があるので鉄や銅などの金属でも稼げるし、ダンジョンから出る資源もこちらより豊富だ。羨ましい限りではあったが」


 海底神殿に冒険者があまり行かなくなった後のレナード子爵家の税収は無残な物だ。


 ロドウィック子爵家の様に大きな穀倉地帯がある訳でもなく、アルバート子爵家の様に広大な牧草地帯や鉱山を持つ訳でもない。他国との貿易も影を潜め、主だった税収が無いのが現状だった。


 トリーニを逃げ出すものも多く、俺が身を潜めていた寒村の様な場所は無数に増えた。当然の事ではあるが、そこから税が入ることなどない。税金を取ろうにも碌に生産物も無く、税の話をすれば村人は何処かに逃げだして無人の廃村だけが残る。そしてその廃村を放置すれば頭犬獣人(コボル)など魔物の住処になる為、税を払わない村人でもいないよりはマシなのだ。


「もうすぐ過去の話になりますよ。今度は彼らが羨む番です」


「そうだな。数年後には立場は完全に逆転しているだろう」


「莫大な穀倉地帯ですが、米の生産を強制されているのが痛手です。魅力的な穀物ではあるんですが」


「毒麦対策だからな。この国もあの一件で相当懲りたんだろう」


 旧辺境伯時代に起こった大事件。この辺りで大規模な毒麦が発生し、あの穀倉地帯で栽培したほとんどの麦に毒麦の疑惑が向けられ、わずかに一粒も売る事が出来なくなった。


 その当時もこの辺りを維持する重要な税収で、麦の売り上げが数年ほぼゼロになった為、ものすごい勢いで辺境伯領が衰退したという事だ。


 そしてそのことが教訓となり、穀倉地帯の三割近い面積での米の栽培が王家から強要された。そしてその米は麦程王都では売れず、そのほとんどをトリーニ周辺で消費されているという形だという。トリーニのロドウィック子爵領内で一番安いメニューは、米粥とスパイスを利かせた羊肉の串焼きなんだとか。


「今となってはその王命がアダとなっていますね」


「米が売れないからな。麦と違って加工もできない」


「できなくもないのですが、少なくとも今の技術では無理でしょう」


 米からパンなどを焼くにはまず細かい米粉を作る技術が必要だし、元の世界でもかなり近年になって生みだされた技術の筈だ。


 後は酒などに加工するか米飴などに加工する事だが、その情報をまだ流そうとは思わない。


 技術の提供をする場合、ロドウィック子爵家内部に協力者が出来た後だ。


「本当にリュークが我が領内に居てくれてよかった。今後もよろしく頼むよ」


「微力非才な身ですが、この領の発展には力をお貸しできればと思います」


「リュークがもう十年早く生まれてくれていればな……。リチャーズの奴は幸運だ。そのうち紹介したいので、その時は頼む」


「わかりました。今後も良き付き合いが出来れば幸いですので」


 リチャーズ・レナード。現当主で年齢は俺よりニ十歳近く上だったか? 確か俺と同い年くらいの子供が何人もいた筈だ。


 確かにこれからの領地経営は楽になるだろうし、それが息子ではなく自分であればなと考えるのも元領主としては当然の事なのだろう。


 これで後は魔導エアコンの生産を待つだけか。和紙の方は一度村に視察に来るはずなのでそれまでは様子見だしな。


 何事も無ければ数ヶ月は平穏な日々が続くだろうさ。




読んでいただきましてありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。

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