第十九話 年越しに何もないのはさみしいので、蕎麦くらい打つが……
年末、というか今日で一年は終わり明日から新しい年になる。
貴族には新年を祝う風習があるのかもしれないが、この辺りの村人などに年越しの風習は無く、普通に過ごして年が変わるのを待つだけだ。この村には俺以外に魔導時計を持っている人間もいないしな。
今までは年を越すどころか何とか冬を越すだけの食糧しか確保できなかったんだろうから、年越しに特別に何かを食べるとか考えもしなかったんだろう。
「年越しに何もないのはさみしいので、蕎麦くらい打つが……」
北部のアルバート子爵家の領地では蕎麦が栽培されている。そこまで大規模じゃないが、小麦の代わりというか無いよりはまし程度の扱いで栽培されてる形だ。その証拠にトリーニで蕎麦を出してる店は聞いた事もないし、積極的に食われているという話も聞かない。売値もタダ同然だったしな……。
本当はザルで食いたいところだが、醤油はない、味醂もない、当然日本酒もないとくれば山鶏のガラで出汁を取った蕎麦くらいしか用意できない。一応肉醤で味付けしたから醤油味風にはなっている。塩味じゃ味気ないし……。
箸にする矢竹は豊富にあるし、川で採れた海老のてんぷらを乗せた天ぷら蕎麦を啜りながら過ごす年末もいいものだ。
「変わった料理だよな」
「この蕎麦を、啜るというのが難しいですわ」
「リュークが変な料理を作るのは、今に始まったことじゃないから」
「でも美味しい。少し寒いからありがたいわ」
俺はひとりで静かに年越しをする予定だったが、なぜかマカリオとオリボとカリナとアリスがうちに来ていたりする。
最近はアリスが持ち運び用の魔導灯も追加で作成したので、こいつらは日が落ちた後も出歩いたりしてるんだよな……。
俺はあまり日が落ちた後で外に出る事は無いが。
「少し寒いといっても、今は魔導ファンヒーターがあるだろう」
「リュークの家と村長の家とアリスの家だけね。他の家は今まで通り暖炉に薪をくべてるんだよ」
「この魔導具もリュークの提案なのよね。魔導回路の設計から何からひとりでやっちゃったし。……これ登録したらすっごいお金が入るわよ」
「相変わらずリュークは凄いな。本当に何でもできるんだ」
「これだけ魔導具を考え付くなんて普通じゃないわ。新しい魔導具なんて一つか二つ考えるだけで、一生食べていけるのに」
今まで発明というか、登録されたり発売された魔導具は意外に少ない。それどころか魔石を必要とする魔導具はともかく、それだけで完成された魔道具に関してはそのほとんどがダンジョンから算出されたものだという。ダンジョン産の魔道具と言えばマジックバッグが有名だが、筋力が上がる指輪や腕輪など元の世界であったゲームに出てきそうなアイテムもあるそうだ。
魔導灯は必要だったのか、かなり早い段階で発明されたらしいが、それ以外の画期的な魔導具は天才的な魔導具職人がいた場合でも早くて数年、普通の時期だったら十数年に一つか二つ発明されるペースという事だな。
他に有名というか普及している魔導具と言えば、俺も購入した魔導時計。魔導時計に関しては装飾でかなり値段が違い、宝石などで飾られたものは元の世界のものと同じ様に天井知らずの値がついている。特殊な加工をされた極小で普通程度の魔石の交換が面倒だそうだが、魔石の交換は十年に一度位でいいそうだ。
そのほかには魔導コンロがあげられるだろう。あの不良品の製造権が切れた後で大々的に改良が施され、手前に魔石を三つセットできる場所が付いた火力調整機能付きの魔導コンロが発売されたという話だ。魔石ひとつごとに火力が上がり、三つ付けると強火で調理が出来るそうだ。そして魔石を全部外すとオフになる仕組みで、これを不便だと思わない感覚が凄いよな。
「何が不便で、それを何とかするにはどうするか。そこを考えりゃ魔導具なんて幾らでも思いつくだろ。必要は発明の母っていうくらいだしな」
「初めて聞いたわよ、そんなことわざ」
「何処の国のことわざなんだ?」
「総突っ込みか……。この辺りじゃ言わないんだな」
元の世界の言葉だしな。この世界にも元の世界の文化というか、元の世界から流れて来たんじゃないかって物もあるんだ。こういったことわざもあるかと思ったんだが見当違いだったか?
しかし、不便なのをそのまま受け入れているというか、生きていくだけで精いっぱいだと少し楽にとか考え無くなるもんなんだな。
食い物にしてもそうだ。魚や鳥をただ塩焼きにしたものがご馳走とかありえないだろ。
「何かを必要とするのは、余裕がある人だけよ」
「去年までは年を越すのが大変でした。僅か一年でここまで村が豊かになるなんて思ってもいませんでした」
「確かに去年までは酷かった。それにリュークが来る前には、茶豚鼠の肉片を巡っての醜い殴り合いとかもあったんだぜ」
「去年までは肉も貴重だったからね。今のこの状態が信じられない位だよ」
「俺がこの村に来た時には皆ガリガリに痩せてたからな……。何があったのかと思ったぜ」
本当に酷い有様だったしな。
頭犬獣人の一件で労働力になりそうな奴らがかなり減った事と、その後に無事な奴らが村を去ったのがトドメだったんだろう。
畑もまともに維持できなくなり、そして食い物が無いからどんどん弱体化する。負のスパイラルって奴だ。
俺が来るのがあと一年遅けりゃ、前回の頭犬獣人襲撃で完全に終わってただろうな。ただ、俺がいない状況だとあれだけの食糧が無いし、頭犬獣人が攻めて来たかどうかも怪しい所だが。
「魚の罠にしてもそうだけど、リュークのおかげで色々と便利になったのは間違いないな」
「物見櫓のおかげで遠くの獲物も見つけやすいし、頭犬獣人が近付いてもすぐにわかる。弓のおかげで狩りもできるし、まさか村で角豚や山鶏を飼う事になるなんて思いもしなかったよ」
「養殖や飼育は安定した食料の確保には必要な事だ。燻製なんかの保存食作りもその一環だしな。それに魚は燻製にした方が酒のつまみにゃいい」
年越しに蕎麦だけってのはさみしいし、ワインとつまみくらいは出してやるか。
ワインは陶器の大徳利みたいなものに何本か移してるし、それを出せばいいだろう。流石にガラス製のボトルなんて見かけないんだよな。
つまみの方はニジマスっぽい魚の燻製と山鶏の胸肉の燻製だ。これを軽く炙って薄切りにしたものを皿に並べただけだが、ワインの肴にはちょうどいいだろう。
「ワインだって安くないのに、こうしてポンと出せるのが凄い」
「樽で買えばかなり割安になるぞ。アレ一つでしばらくは飲める」
「しばらくって……」
「お爺様もひと樽頂きましたが、普通に数年後までありそうですわ」
俺が買った樽は約二百二十五リットル入りだ。よほどの酒豪でもない限り数年はもつ量だな。
この辺りは水で薄めて飲む場合が多いから、実際に飲む場合はその数倍になる予定だ。
トリーニで買えばワインひと樽で金貨二枚程度だ。日本円で約二十万円、元の世界の基準で考えても樽で買ったと思えばかなり格安だぜ。その代わり熟成期間は短いし、ワインの味も樽ごとにかなりまちまちだが……。当たりハズレがデカいんだよな。
「この辺りの貴族だと親しい人と年越しに誰かとワインを飲むって風習があるんだ。こうしてワインを出してくれてうれしくはあるけど、リュークって……」
「貴族じゃないぜ。ただの個人商会の親を持つ一般人だ」
「そういう事にしておこうぜ。さあ、英気を養ってまた一年がんばるぞ」
「そうですわね」
残念ながら除夜の鐘は無い。
しかし、こうしてこいつらといろんな話をしながら過ごす年越しも悪くは無いな。
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