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第十八話 別に俺は料理人になりたいわけじゃない。旨い料理が食えるに越した事は無いが、それを生業にする気はないぜ




 アリスが村に住み着いて既にひと月が経つ。何故か村長がやる気を出した為に数日でアリスの家が完成し、その一室には割と立派な工房も作られた。あれ絶対カリナが村長にお願いしたんだろうな。


 アリスの家が出来たあと、なぜか俺の仕事が増えた。狩りや罠の設置は他の村人がやる事も増えたので、俺は他の山菜や野草などの採集がメインになっている。パン焼きも村人でローテーションを組んでいるので俺の当番日は月に数回程度だ。採集に関しては香辛料系や薬草はどうやら俺くらいしか見分けが使いないらしい。


 そして暇があれば家で紙漉き、そのほかにアリスの工房で魔導具のアイデアを出したり、魔導具の作成を手伝ったり、アリスの家でたまに料理を作ったりだな。


 そのおかげで今では村のほとんどすべての家に魔導灯が行きわたり、その恩恵で今まで明り取りに使っていた油の消費が格段に抑えられるようになった。


 余った油は食用として利用できるので、新しく唐揚げなどがメニューに加わったが味付けは基本塩と香辛料だけ、やはり調味料として醤油やウスターソースが欲しい所だ。肉醤は以前作ったからあるけど、割と面倒なんだよな……。肉醤も使い道が多いのは間違いなんだが。


「この料理だけで王都だと一生繁盛すると思うんだけど……、リュークって他にも料理ができるでしょ?」


「別に俺は料理人になりたいわけじゃない。旨い料理が食えるに越した事は無いが、それを生業にする気はないぜ」


「もったいないなぁ……。あれだけおいしい料理を作れるのに」


「レシピは公開する。そのうち誰かがもっとうまい料理を考え付くさ」


 料理を楽しむには食材もそうだけど、経済的に余裕が無いと無理だ。今のトリーニの住人にそんな余裕なんてある訳ないだろ。


 どこかの商会経由で王都辺りに料理のレシピが流れて、向こうで流行るのが先だろうな。


「それひとつでひと財産築けそうなのに、もったいないわ」


「料理で小銭を稼ぐ趣味はない。このレシピで稼ぎたい奴には稼がせてやる」


 しかし、たかが唐揚げでひと財産とか大げさだ。


 元の世界でも唐揚げ専門店は流行っちゃいたが、そこまで大規模には……。いや、鶏の唐揚げに関しては世界規模なのもあった気がする。この世界の状況次第だと、意外に馬鹿にならないかもな。


「本当に神様って不公平ね。ここまで才能に差があるとかなり凹むんだけど」


「才能ってのは努力の向こう側に存在するのさ。五年もいろいろやってりゃ大抵の事はできるようになるさ」


「絶・対・嘘!! あなたの能力って、そんなレベルじゃないのよ。天才的というか……、ほんと神様か何かの化身じゃないの?」


 そりゃ前世分の記憶があるからだろ。


 元の世界で何をやっていたのか不明なくらい、この頭の中にはいろんな知識と経験が詰まってるからな。詳しく思い出そうとしても無理っぽいのも気になるが。


「俺は天才じゃないし、神様でもない。同じくらいの能力を持つ奴位いくらでもいるさ」


「絶対いないわ。もしいたら、この国が今こんな状態じゃないでしょ」


「この国自体はそこまで貧乏国じゃないぞ。酷い状況なのはこの辺りだけだ。後は魔族領と国境を接するところとかな」


「魔王がいないのに、魔族の侵攻は止まってないのよね?」


 そう、今この世界には魔族を統べる魔王は存在しない。


 魔王は約百年前に勇者によって倒され、北の果ての山脈の地下深くに封印されたという話だ。現在は魔王の腹心、三魔将とやらが魔族を管理してる筈。


 魔族の侵攻は魔王がいた時よりもかなり小規模になり、人類側からちょっかいを出さない限り大きな戦に発展した事は無い。ただ、ちょっかいを出す馬鹿が一定数存在するのはどこの世界でも同じだ。この辺りを魔族から切り取った元領地拍とかな。


「トリーニでも割と聞ける話だろ? シスターシンシアもその辺りの話には詳しい筈だが」


「あまり興味が無いから……」


「この辺りの人間からそんなセリフが聞けるとは思わなかったぜ。内海があるとはいえそこから少し南に行けば魔族領だぞ」


 元々魔族領を切り取って作られた領地だしな。


 今は魔族が積極的に攻めてこないだけでもずいぶん助かってる状況だ。まともに戦えば、今の状況だとあっという間にトリーニまで陥落しそうだしな。というか、今のトリーニだとちょいと大きめの魔物の群れ辺りでも結構ヤバいぞ。


「すこしって……、かなり遠いよ? 魔族領に一番近い南の港町まで、馬でも半月位かかるよね?」


「魔物が空を飛んでくりゃすぐさ。確かに竜種は少ないって話だが、それ以外にも飛んでくる魔物位いるだろう」


 魔物の群れすら迎撃する兵が不足してるんだ、対空防御なんて完全にないだろう。


 今の子爵どもにそれを求めるのは無理難題だしな。


 まずあの街の経済状態を一定水準まで上げないとなにもできない。その為には王都やほかの領都から金を流してこなけりゃいけないんだ。


 こういった事は本来あそこの子爵どもがやらなきゃいけないんだが、あいつらに期待するだけ無駄だろう。


「リュークはそれを何とかしたいの?」


「空から魔物が迫ってきたらその話を聞いた時点で逃げるぜ。流石に今の俺にできる事なんてない」


「そりゃそうよね……」


 魔物対策や魔族の侵攻に関しては今はまだ手を出さなくていいだろう。というか、今の俺の手におえる問題じゃない。


 先の先まで考えるのはいいが、足元をおろそかにしていい事なんて何もないからな。今はまず今後の為に地盤固めだ。


「とりあえずはトリーニで商会の立ち上げと、アリスの工房の設立が先だ。まずはある程度自由にできる資金が必要だしな」


「魔導具もそこまでお金にならないわよ。トリーニじゃそこまで売れないし」


「そこなんだよな……。あそこは一部の金持ちと大多数の貧乏人が住む街だ。売り先は限られるし、そこまで売り上げは期待できない」


 魔導灯にしてもそうだが、一度買えばそうそう買い替える物じゃないしな。


 定期的に買い替えが必要にするか、もしくはいくつも購入させることができる魔導具か魔道具。それが出来なければ、王都などのより多くの顧客がいる場所で売るしかない。


 一応定期的に売り上げが期待できるシステムの構想はあるし、これを実行する場合どこかの子爵家か何かを巻き込む必要がある。それを誰にするかが問題だ。


「私とほとんど歳が変わらないのに、そこまで考えてるリュークが異常なのよ。私はお父さんたちが苦労してたのを知ってるから分かるんだけど……」


「俺の両親は個人商会の行商人だったからな。毎日いろいろ苦労してたみたいだ」


「街に出没する盗賊、街の外に蔓延る野盗や山賊。それに魔物までいるんだしね……。仕入れた商品が売れなくても詰むし、結構きつい商売って聞くわ」


「俺の両親みたいに野盗の手にかかる者も多い。平和な時代だったら、稼げる商売なんだろうが……」


 その日暮らしの者も多い街で、そこまで売れる商品なんてほぼ無い。


 確実に売れるのは食料品や酒などの飲料水だ。トリーニでも井戸水は飲めるが、湯冷ましで薄めたワインを飲む者の方が多い。流石に生水は飲めないしな。


 今現在、トリーニで出回っている肉の多くは羊肉で、これはアルバート子爵家の領内で飼われている羊を処理した時に出るのでかなり供給量が多い。


 アルバート子爵家の主生産物の一つである羊皮紙を作るために年間一万頭の羊が潰され、一日平均で約二十七頭の羊肉が供給される形となる。一日約一トンの羊肉が人口約十六万人の街に供給されるんだ、しかも十六万人のうち貴族やまともな商会の人間は羊肉なんてほとんど食べないから、それ以外の市民だけで消費する形になる。


 割と臭みがあって人気の無い羊肉はタダ同然の値段で供給されるので、これを煮てスープにして硬い黒パンなどを付けたものがあの街の住人の平均的な食事だ。後は人気ない米をそのスープにぶち込んで雑炊とかな。


 貴族たちは養殖されている角豚や山鶏(やまどり)、それに近くの川で獲れた魚なんかを主食にしていると聞く。俺の両親と同じ様に港町から魚の干物なんかを運んでくる商人がいるので、そのあたりも選択肢の一つなんだろう。


「ごめんなさい……」


「気にするな、昔の話だ。俺が考えなきゃいけないのは先の事だし、過去を振り返っても意味はねえさ」


「リュークって、本当に強いのね」


 両親には産んでもらった恩はあるが、前世の記憶を思い出してからはそこまで身内って気がしないしな。


 そのうち仇くらいは取ってやろうと考えてはいるが、それは俺が今やる事じゃない。それにそこは六年前に通った道だ。


「今後の話をしよう。あと数ヶ月後にはトリーニに戻る、それまでにある程度の魔導具は開発したいんだが何とかなるか?」


「リュークの考えてくれたスイッチや改良型の出力調整機能だけでも、一生食べていけると思うわよ」


()()はついでの機能だ。今までなかったのが不思議なくらいだぞ」


 魔導具の起動方法が原始的というか、魔導具を使う時に直接魔石をセットするという方法だった。つまり、家電に例えると使う時に電池を入れたり外したりするシステムって事だな。馬鹿じゃねえか?


 そこで魔石を内部で移動させる仕組みを組み込み、スイッチ機能を取り付けた。これで簡単に入り切りできる。


 そして出力調節機能。これは魔石と魔導具を繋ぐ回路に抵抗の様な物を組み込んだだけだ。これで数段階ではあるが出力の調整ができるようになった。今までは純度の低い魔石を複数使用していたのを出力調整のために減らしていくような形だったらしい。


 魔導灯もそうだが特に魔導コンロなんて、この二つの機能が無いと不便でしょうがないだろうに……。


「あの機能があれば、ゴミとして売りに出されてる魔導コンロが全部お宝に変わるのよ。薪の消費は減るし、いい事尽くめだわ」


「手間はそこまでかからないからな。おかげで料理がやりやすくなった」


 そう、鉄の鍋を燃やすゴミ魔導コンロも、火力調整機能のおかげで普通に使えるようになった。


 おかげで煮物なんかも作りやすくなったんだが、俺の身体がいっそう醤油を求めるようになったのは皮肉だ。やっぱり煮物には醤油が無いとな……。


 前回のトリーニ行きの時に米などは入手してきた。だからアリスが家から出た後は割と米ばかり食っているきはする。これで青梅と紫蘇辺りがあれば梅干しくらいは作れるんだが……。


「リュークが考えた保存食のおかげで、冬でも美味しいご飯が食べられるのはうれしいわ。まるで貴族並よ」


「魚は相変わらず獲れるし、山鶏(やまどり)や角豚も普通に狩れる。今まであんな状態になるまで飢えてたのが不思議なくらいだ」


 狩りができる人間の数や、弓なんかの装備が不足してたし無理はないのか? 魚だけじゃなく山鶏(やまどり)や角豚用の罠の作り方も知らなかったしな。


 とりあえず俺は今出来る事を全力でして、この先の為の準備を怠らないようにしないといけない。


 今の状況でも紙漉きは順調だ、工程の改良については技術の引き渡し後でもいいと思っている。むしろ問題は和紙の木の利用方法とかだな。種から育てるには時間がかかるし、回復魔法か何かで手っ取り早く繊維層を増やせればいいんだが……。




読んでいただきましてありがとうございます。

楽しんでいただければ幸いです。

誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。

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