第十七話 工房の事で聞きたいんだが。魔導具……、と言っても色々あるがアリスは何をどこまで作れるんだ?
昨日やる予定の仕事は全部片付いた。今は安値で買い叩いたほとんど熟成させてないウイスキーを、時間経過の速いマジックバッグに移した後だ。後はこれを定期的に観察すれば、樽酒などがマジックバッグ内でどういった形で熟成していくかが分かるはずだ。
マジックバッグ内部でガスを出してる可能性もあるので、週一程度で状態を確認しなきゃいけないけどな。その辺りも観測して記録する必要がある。儲け話にはなんでも地味でキツイ作業が付きものさ。
ワインの方も何樽か別のマジックバッグに収納したので、こっちも同様の処理が必要だろう。もしこれが成功すれば、ひと樽金貨一枚程度で売られているほとんど熟成させていないウイスキーが金貨五十枚程度の高級酒に化ける。この熟成って方法も他でいろいろ活用できるぞ。
ここが異世界で元の世界と常識が違うとしてもだ、元の世界と全然違う訳じゃない。むしろ似ている要素の方が多い。人型の生物が繁殖する条件とかが元の世界の基準に近いのかもしれないが……。
それに、この世界に金が存在している以上その力は絶対だ。魔法や何やらがあってもあんな物は電気や火薬と変わらない。電化製品が魔導具で、魔法が銃なんかの火器類か? この世界に何かを成すにも金が必要なのさ。それも世界をひっくり返すほどの……。
◇◇◇
「工房の事で聞きたいんだが。魔導具……、と言っても色々あるがアリスは何をどこまで作れるんだ?」
「私は一応基礎は全部教えて貰えたから、ある程度はなんでもできるわ」
「なんでもか。基本的な仕様書や設計図があれば、それに近い物を作れるって解釈でいいのか?」
「無茶な要求じゃなければね。例えばどんなものが欲しいの?」
「そうだな……。ある程度加熱や冷却ができる仕組みを組み込んだ魔導具だ」
「加熱や冷却ね。魔導回路次第だけどできなくは無いわよ」
和紙の製作に必要な機器もいるんだが、この世界で暮らしていくのに必要な物も割と多い。
魔導灯があるから原理的には明かりとかは何とかなるんだろ? 魔石の中のエネルギーを光に変換できるんだったら、電気への変換も可能なんじゃないのか? そもそもどんな原理で作動しているかは知らないが、その原理さえ理解してしまえば元の世界にあった物はほとんど再現できると考えて問題ないだろう。
「少し俺に魔導具の仕組みというか、どうなって成立するか教えて貰えないか?」
「魔導具の原理を? リュークは何処かの学校に通っていたの?」
「いや、俺はガキの頃から一人暮らしだぞ、そんな余裕がある訳ない。ただ、仕組みを教えて貰えれば、色々考えつくかもしれないと思ってな」
ものすっごいジト目で睨んできた。
そりゃ魔導具の専門家の前で、ちょっと仕組みを教えてくれればいろいろ思いつくとか言えばこうなるだろうが、こっちの頭の中にはおそらくこの世界とは別の理論が詰まっている。それを転用したり融合させれば新しい技術が生まれる可能性もあるんだ。
この知識の出どころもかなり怪しいんだけどな。普通の人間の一生で得る知識量を超える事は俺も理解してるし、明らかに経験したと思われる記憶の量が異常だ。いったい前世の俺は何をして何歳まで生きたことやら。
「いいわ。簡単な魔導具の作り方や魔導回路の仕組みを教えてあげる。でも、魔導具職人って別に魔導具とか魔道具だけを作っているわけじゃないのよ」
「どういうことだ?」
「魔導具や魔道具を作るには、様々な薬品や魔法なんかの知識も必要でしょ。それにいろんな道具や工具も自作することが多いの。だから最終的になんでも作れるというか……」
「錬金術師に近い存在って事か?」
「よく知ってるわね。魔導具職人を極めた人は錬金術師って呼ばれてるわ」
思っていたよりも万能な存在だな。
しかし、この世界での回復薬などの製造は、教会が独占しているはず。冒険者ギルドや各商会で売られている回復薬は、教会から仕入れた物に手数料を上乗せして売っている形だ。どのくらいの手数料をのせるかは各冒険者ギルドや商会に委ねられてている。
つまりたまに見かける教会印のついていないそれ以外の薬なんかは、魔導具職人が作ってるって事なのか? そいつは初耳だな。
「回復薬も作れるのか?」
「教会で作られる物よりかなり効果は落ちるけどできるわよ。回復薬のレシピは公開されていないし、回復薬系はやっぱり教会製が一番なの」
「製造法か何かに秘密があるのかもな。回復薬は教会に任せりゃいいか」
別に何でもかんでも作ろうとは思っちゃいないしな、教会の利権にまで踏み込もうなんて考えてもいないさ。
魔導具も商品にすることを考えちゃいるが、後々の事まで考えて行動しなきゃならないのは面倒だ。
「シスターシンシアへの影響があるから、そこには手を出したくないの?」
「シスターシンシアには山ほど借りがあるからな、これ以上借りは増やしたくないだけさ。できればあまり迷惑もかけたくねえ」
「いいわ。薬系以外だと私が得意なのは魔導具ね。魔導灯や魔導コンロなんかは割と簡単に作れるわよ。あまり出力の調整はできないけど」
「魔導灯か。あれば便利だし、稼働時間次第じゃ夜に何か作業もできるな。魔導コンロってのは捨て値で売ってたが、これは違うのか?」
ワゴンセールじゃないが、一口型の魔導コンロが山ほど捨て値で売られていた。
魔石の消費はそこまで悪くないらしいが、火力調整機能がついてない。よく見たら焦げてる奴も何個かあったので、構造の欠陥でもあったんだろう。
あまりに安かったんで、おまけで何個か買ってみたんだが、やはり不人気商品というか、欠陥品だったか。
「……それは初期型の不良品ね。鉄製の鍋を使うと何故か燃えるらしいの」
「火力調整出来なけりゃそうなるだろ。最低でもオンオフと火力調整機能は必要だ」
「初期型でそれが出来れば苦労しないわ。魔導回路が欠点だらけで、それを改良する位だったら新しいのを作った方が早いもの。今ある魔導コンロでも出力の調整は二段階か三段階ね」
バラして中の構造を理解するにゃ、ちょうどいい教材になりそうだな。
改造して使う事が問題無けりゃだが……。
「これの改造は問題なのか?」
「その初期型はもう製造権が切れてるわね。それを改良出来たら凄いんだけど」
「製造権が切れてない魔導具の改良は禁止されてるのか?」
「禁止されてないわ、登録して売る事も可能よ。改造してもある程度の改良手数料は入るけど、基本的にはそれを登録した人にお金が入るわね」
最初に作った者を保護する為か。いい制度だが、貴族が権力で握りつぶしたりしないのか?
王都や羽振りのいい侯爵クラスの領都では魔導具が充実していると聞いてはいるが、この辺りじゃ魔導具なんて碌に売り介されてないけどな。
「流石に新規で作るのはそれなりの知識と技術力が必要だろう。この村に工房を作るとして、設備に関してはそこまで期待できないぞ」
「簡単な物を作れるだけでいいわ。大掛かりな物を作るには魔石とか色々不足してるし」
「魔石か……。頭犬獣人の魔石だったら少しはある」
以前の襲撃の時に回収した魔石が八十ある。粒は小さいし魔石の魔力も少ないが無いよりはマシだろう。
「頭犬獣人の魔石だとそこまで大きな魔導具は作れないわね。乗せる能力も結構限定されるわ」
「魔導具の製作には魔石が重要なのか?」
「そうね。かなり重要な割合を占めてるわ」
この後聞いたアリスの話を纏めると、まずすべての魔石には魔力が籠っていて上から順に【超高純度】・【高純度】・【普通】・【低純度】・【無価値】に分類され、その分類の中で魔石内に魔力がどのくらい残っているかが重要らしい。魔石に魔力を充填するのが難しいそうで、普通の魔石は使い捨てという形になる。
魔石内に魔力が無くなるとたとえそれが最高純度の魔石であってもどんどん純度が低下し、最終的には無価値な石へと変貌する。
ただ、高純度な魔石であればあるほど魔力量が多く、そう簡単には魔力が枯渇する事は無いという話だ。
そのほかにもいろいろ話してくれたが、詳しい事は後で検証すりゃいいだろう。
「大体理解した。とりあえず頭犬獣人の魔石を二十ほど渡しておく。これで何か作るといい」
「ありがとう。この位の魔石でもこれだけ買うと結構するのよね」
「魔物からしか取れないんだろ? ダンジョンの近くでもない限り難しいよな」
「そうね。魔導具製作が盛んな場所には大き目のダンジョンがある事が多いわ。この辺りも恵まれてるけど、アルバート子爵家の領地の方が魔石は安いわね」
「鉱石を産出するダンジョンがあるんだったか。海底神殿は宝石メインで魔石のドロップは悪いって噂だ。そのうえな……」
「今となってはね……。レナード子爵家領内で売られている魔石の多くは、あそこが人気だった頃の物なの。魔石が高いといっても真珠に比べると格段に落ちるでしょ。アルバート子爵家の領内にあるダンジョンからは良質の魔石が獲れるらしいけど」
そりゃ……、魔石の質にもよるが買取価格は段違いだろう。
海龍、つまりシードラゴンクラスになるとバカでかくて高純度な魔石を持ってるんだろうが、冒険者の目当てのアコヤガイ型の魔物からはそこまで大きな魔石なんて出てこないって話だしな。
海底神殿にはそもそもそこまでデカい魔石を出す魔物がいないらしい。
「魔石の値段は高いのか?」
「魔導具に加工した後であの価格で売られてるのよ。買取価格なんて他の魔物素材と変わらないわ。純度や大きさ次第だけど」
「魔導具もそこまで高額じゃないしな。なるほど、魔石の価値もだいたい分かった」
魔石は高いと思っていたがそうじゃなかったか。
高けりゃ電池が割りには使えねえよな。高純度の魔石は魔法使いの魔法電池代わりに使えると聞いた事はあるが……。高けりゃそんな使い方もできねえ。
「何か出来たらすぐに渡すわ」
「もし登録して売りに出せるものがあればそれはアリスの物だ。俺の商会に居ても俺が命じた仕事以外で得た利益は自分の懐に入れてくれ」
「え? いいの?」
「俺の命じた仕事を蔑ろにして没頭しなけりゃ文句は言わねえよ。今は商会を立ち上げる前なんでそこまで仕事も無いしな」
内職を歓迎する訳じゃないが、才能を埋もれさせたまま無駄にする事もないだろう。
商会がデカくなった時は、別部門を立ち上げりゃいいだろうしな。
「わかったわ。家が出来るまでは日中は魔導具の研究。その後は商品の開発でいいかしら?」
「そうして貰えると助かるぜ。春先、来年の二月か三月頃には一度トリーニに戻る。最終的にはトリーニで工房を開く事になるだろう」
「予算はあるの? 商会の立ち上げや工房の設立には結構な資金が必要なのよ」
「俺の計画がうまく行きゃ、工房なんて百でも建てられるさ」
下手すりゃ今の子爵領の総税収をかるく超える予定だしな。今後は俺が稼ぎゃ子爵領の税収も増えるだろうが、俺は別にあの城壁や街道の維持費に莫大な額を持っていかれる訳でもない。自由に使える金は俺の方が多くなるだろう。
ある程度金が増えたらもう少し商会員を増やしたいところだが、信用できる奴が見つかるかどうかだな……。
特に金の管理を一部任せる奴は、相当信用できる奴でないといけない。
読んでいただきましてありがとうございます。
楽しんでいただければ幸いです。
誤字などの報告も受け付けていますので、よろしくお願いします。