第十一話 無料で治療もするが、奇跡の使用や薬なんかは有料か。金が無い状態で大怪我をしたら流石に助からねえんだよな
本当は寄る予定じゃなかったが、久しぶりに街に帰ってきたからにはここに顔を出さない訳はいかないだろう。
この世界の宗教は女神ユーニスを崇めるユーニス教だ。本当にいるのか怪しい所だが、ユーニスってのがこの世界を治める女神らしい。
教会には孤児院や治癒院が併設されているため、金の無い住民などは一度くらいは世話になった事がある。
「無料で治療もするが、奇跡の使用や薬なんかは有料か。金が無い状態で大怪我をしたら流石に助からねえんだよな」
「有料なのは当然で、神の奇跡も無限ではないのです。それに、この教会の運営も大変なのですよ」
「シスターシンシア、いつも世話になってすまないな」
サンクトゥアーリウム・ユーニス教会。城塞都市トリーニ最大の教会で、この街の信者はたいていここに参拝に来る。
小さな町にも規模に見合った教会はあるが、やはり規模が大きい方が奇跡の溜まりがいいらしく、怪我などで奇跡の力を使う時には大きな教会の方がいいそうだ。当然手数料というか、結構な額の寄付をお願いされるがな。
「今日は何の用ですか? 見たところ怪我もしていなさそうですし、あなたでしたら食べる事に困ってはいないでしょう?」
「集めた虎牙蔓を持ってきた。残念ながらこの辺りには女神鈴は無かったんでな」
「女神鈴をこの辺りで見つけるのは困難でしょう。見つかればすぐに誰かが摘んでしまいますので」
女神鈴はこの世界における蘇生の切り札、反魂の秘薬の材料のひとつだ。蘇生と言っても生き返る条件はかなり限定されているし、死後二十四時間以上経っていても駄目。その上死体の損壊度もかなり影響するので、高額な割には蘇生率は悪い。
それでも藁にも縋る思いで反魂の秘薬を求める者はいるが、現状では良くて月に一人というありさまだ。ここで作られた反魂の秘薬はそのほとんどを王都の大聖殿に送ってるという話だが。
「それで、いつも通り虎牙蔓の買い取りなんだが……」
「毎回よく集めて来るわね。生きていく為だから仕方ないけどさ」
「話し方が素に戻ってるぞ」
「……そうでした。今は以前より立場がありますので」
シスターシンシアはもう中堅で、若いシスターを教育したりする立場だ。
少し偉くなったのは長い事ここで務めているからだが、いつまでも若いのはエルフか何かの血が混ざっていると聞いた。
「こんなものを集めてでも、自分の食い扶持は自分で稼ぐ。当たり前のようだがなかなかこれが難しくてな」
「立派な行いですよ。それすらできない幼子を孤児院では預かっていますが、あなたに近い歳になっても今のこの街ではまともな仕事もありませんので」
「最低でも読み書き計算位できないと、商会じゃ雇ってくれないからな。独立しようにも個人で店なんて開きゃ、あっという間に強盗の食い物にされちまう」
「嘆かわしい事です。今は強盗の数は減ってはいるのですが」
「襲う相手がいなくなって廃業したんだろ。流石に中央通りの商会や貴族に手出ししたら、どうなるか分かっているだろうしな」
良くて死刑。最悪は貴族や大商会の人間の暇つぶしで、徹底的に拷問された挙句に殺される。その時ですら水に沈めたり飯を与えずに放置したりと、貴族に手出しした事を心底後悔させてから殺す。
襲う相手に関してはこの街だけじゃなく周辺の村や町も含めて、人口そのものが減ってるしな……。冬が来るたびに減っていると聞く。
「貴族以外で僅かでも資金のある方は、他の貴族領か王都に逃げ込みます。流石にお金を僅かも持たずに駆け込めば追い返されますが、納税できるだけの能力を示せば向こうもそれなりの対応をしてくれると聞いていますね」
「行商人か冒険者でも無けりゃ、領をまたぐのは大変なんだがな」
「この辺りは事情が特殊ですし、関所も魔物対策のためですから」
元々魔族の領土を切り取って作られた領地だけに、その頃から住民の移動を推奨していた。
昔はこの新しくできた辺境伯領に期待し、ここで一旗揚げようと多くの住人が移住してきたという話だが、今となってはその流れが完全に逆になっている。
最盛期に六十万人はいたという元辺境伯領の人口。それが今や十六万人いるかどうかというありさまだ。
当然この人口も三等分という事は無く、景気のいいロドウィック子爵家が約八万人、広大な牧草地帯と鉱山を持つアルバート子爵家が約五万人、そして俺のいるレナード子爵家が約三万人程度って状況だ。結構広大な領地の中に、元の世界の町レベルの人口しかいやしねえ。
「それで虎牙蔓をどのくらい持ってきたのですか?」
「中身の詰まったいい棘が五百だ。見てくれだけのスカスカな棘は一つもないぜ」
「五百ですか。こちらでの引き取り価格はひとつ二スタシェルですので、全部で千スタシェルですね」
「大事な生活費……、と今は言わないが無いよりマシな額だ」
「大きく出ましたね。ではこちらで預かりましょう」
マジックバッグに入っていた麻袋をシスターシンシアに渡した。
こうして虎牙蔓を買い取って貰うのは久しぶりだが、当時は本当に貴重な収入源だったからな。金になる薬草や虎牙蔓の情報をくれたシスターシンシアには本気で一生頭が上がらない気がするぜ。……対価は払った気がするがな、淫乱シスター。
「こちらが代金の銀貨十枚です。大銀貨ですと一枚ですが、銀貨の方が使いがってがいいでしょう?」
「助かる。両替もタダじゃねえし、そのあたりの店じゃ銅貨での買い物だしな」
「あなたが銀貨で買い物をする姿は想像できませんが、今着ている服は間違いなくそのレベルでしょう? いったいどこから……」
「盗んでねえよ!! 盗みはしない。俺の流儀は知っているだろ?」
「何かを手に入れる時は対価を払う。立派な考えだと思いますよ」
盗みは悪だ。俺は悪党を自覚しちゃいるが、そこに手を出したことは一度もないぜ。
物の価値が分からない奴が捨て値で売りに出している商品を買ったりはするが、その商品を盗んで手に入れようと思った事は一度もない。
「それが普通さ。相手を殺してでも奪い取ろうとする奴らが異常なのさ」
「結局はそこなのですね」
「ああ、自分の中で消化しちゃいる。だが、死ぬまで忘れる事は無いだろう」
個人商会を運営し、行商中に野盗に殺された両親。
あの日たまたま俺は家で留守番だったが、一緒に行っていたらそこで死んでいただろう。
この辺りじゃ珍しくも無い話だが、だからと言ってそれが許されるなんて思っちゃいないぜ。
ん? 俺と同じくらいの年齢の少女が歩いているが、孤児院はこんな歳のこどもも保護してたか?
「それは仕方が無いと思いますよ。あ、アリス、貴女には掃除をお願いしていたはずですが」
「掃除はもう終わりました。……もしかしてその人」
「ええ、以前貴女に話したリュークです。ずいぶんと身形がよくなっていますが」
「リュークだ。シスターシンシアにはいつも世話になっている」
「私はアリスフィーネ。みんなからはアリスと呼ばれてるわ」
変わった名前だな。
この辺りの名前って感じじゃなくて、もっと別の領地かどこかから流れて来たのか?
ここ最近はこの教会に顔を出していなかったが、少なくとも一年前に虎牙蔓を持ち込んだ時には見なかった。たまたま顔を合せなかっただけかもしれないが……。
そんな事よりもだ。
「以前話したって何の事だ?」
「小さい頃に両親を失ったのに孤児院の世話にもならず、犯罪に手を染めずに自衛しながら自力で生活してる人がいるって話しただけですよ」
「自分の足で立てるんだ、そうするに決まってるだろ。稼げる方法を教えて貰った恩は忘れちゃいない」
「それは結構特殊だと思うよ? 特にこんな街だと」
「確かに、真似をすることはお勧めしないな。不用意に小銭なんてチラつかせると、路地裏に転がる羽目になっちまうぜ」
ここには信用できる奴なんてほとんど居ないからな。
周りは全部敵。この街じゃそう考えてなきゃすぐに命を落とすぜ。
「ねえ、リュークって私を雇ったりしない?」
「アリス、貴女……」
「どういう了見だ?」
「その格好。あなた商売か何かしてるんでしょ? それも割と大きな」
今のこの格好は割と大き目の商会の人間か貴族くらいしかしてないだろうからな。もしかして俺が何か商売で当てて、金持ちになったとでも勘違いしたか?
ちょっと小銭を稼いだだけだ。
「詳しくは教えられねえし、答える義務もない。それに誰彼なく雇ったりはしねえぞ」
おそらくこのアリスって女は何か訳ありなんだろう。
しかしいきなり雇ってくれとはいい根性をしている。俺がどんな商売をしているのかも知らないだろうに。
今のところは普通に商会相手の堅気な商売だが、そのうち裏ごとに手を出す事になる。
「私は魔導具を作ったり、魔道具の能力を見極めたりできるわ。役に立つと思わない?」
「そいつは素晴らしい能力だが、信用しろってのは無理があるぜ。それが本当だったらこんな所で暇を持て余しちゃいない」
「本当ですよ。彼女は特殊な事情でここに居ますが、魔導具職人の一人娘だったのです」
「シスターシンシアが言うんだったら本当なんだろう。……これの能力が分かるか?」
いつも小さめのカバンに入れているマジックバッグを取り出し、アリスの目の前に突き出した。
もし仮に本当だったら、こっちがお願いしてでも手に入れたい人材だからな。
「時間経過は二十八分の一、……小型の上位。小さめの部屋くらいの収納能力でしょうか?」
「当たりだ。この情報は……」
「教えていませんよ。あなたもわかってて言っているのでしょう?」
「信用してるからな。でも、念の為に聞いとかなきゃいけないだろ?」
「本当に聞いた通りの人なんだね。慎重というか……」
能力が分かりました、すごいな~で思考停止してりゃ訳ないからな。
可能性がゼロでも一応確認位するさ。
「給料は幾ら欲しい?」
「月に二千スタシェル!! それだけあれば何とか生きていけるから」
「何とかどころか、十分すぎる額ではないですか? リューク、支払えないようでしたら断ってもいいのですよ」
「その条件で雇えるんだったら、こっちからお願いしたい位だ。ただ、雇う以上は俺の指示に従って貰うし、もし仮に裏切った時には俺は容赦しない」
大体このレベルの人間が、元の世界の基準で月二万円で雇えるのがおかしいんだよな。
この辺りの物価とか考えりゃ、十分に高給取りなんだが。
「え? ホントにいいの? 月二千スタシェルだよ?」
「問題ない。とりあえず手付として六千スタシェルほど渡しておく。早速明日から働いてもらうからな」
「こんなピカピカの銀貨……。本当にいいの?」
「成果を出せば特別ボーナスも出す。とりあえず今日は宿に泊まって行動を始めるのは明日からだ」
「……夜伽はしないよ?」
「求めてもねえよ!!」
アリスは割と美人だが、今俺がしなきゃならないのは女にうつつを抜かす事じゃない。
まずは金だ!! もっと多くの人間を抱えられるだけの金が必要なんだ。この俺の目的の為にな……。
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