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四話

 手を口元に当て、声が漏れないように塞ぐ。涙が溢れ、見てられない。


 既に死んでいるであろう生気の籠っていない瞳は天井を見上げており、父が肉を食いちぎる度に身体が揺れている。


 原因は直ぐに分かった。きっとあれだ。僕達を襲った黒い異形の怪物。あれに違いない。


 いつもと明らかに様子が違う父。血走った瞳で夢中で母だったモノを貪り食っている。母の隣に寝ていた妹はカーテンが目隠しになっており、まだ、襲われた形跡はない。だが、それもいつまで続くか分からない。母が喰い終われば次は妹かも知れない。

 そう、思うと身体の緊張は僅かではあるが緩み、恐怖が少しだけ和らいだ。


 妹を守る。その言葉が思い浮かび、脳内でどうすれば妹を助け、僕達が助かる事が出来るのかを今持てる能力をフルで使い、考えた。


 カランッ!!


「Aaaaa!!」


 妹のベッドの方から何かを落としたような大きな音が聞こえた。その音に反応して、父だったモノが音の源である妹の方に顔を向ける。その口からは母の臓物がはみ出ており、顔や身体には夥しい程の血液が付着しており、真っ赤に染まっている。


 奇妙な動きでベッドから降りようとする。しかし、上手く足を付く事が出来ず、そのまま倒れてしまった。しかし、直ぐに立ち上がろうと足を付くとベッドを掴みながらゆっくりと立ち上がる。その姿は、まるで生まれた手の動物のようだった。


 もしかして、父さんの身体を奪ったあれは、まだ身体を自由に動かす事が出来ないのではないか?

 ベッドの端を掴みゆっくりと、確実に妹のベッドの方向に近づいていく。もう、考えている暇なんてない、早くしないと叶が殺される。もしかしたら、父が正気に戻るかもしれない、そんな甘い考えは霧散した。


 点滴のスタンドを手に握りしめ、ベッドから静かに降りる、そして―――


「っ!!」


 ガンッ!! と大きく振りかぶった。鈍い音を立て、スタンドは父の頭部に命中する。

 その場に倒れる父。僕は動こうとする父の頭を何度も、何度も殴った。殴った衝撃で頭部の皮膚が割け、血が出てスタンドに纏わりつき振りかぶった衝撃で辺りに散らばる。


「キャァァァァァァァッッ!!!」


 叶の悲鳴が部屋中に響き渡った。

 僕は次第に動かなくなった父の近くでペタリと座り込む。


 やってしまった。最愛の家族に手をかけてしまった。


 今になって罪悪感が襲ってくる。震える手を抑えながら、父の骸の隣で涙を流す。そのせいで次の動きが遅れるとも知らずに......。


 父の避けた頭部の傷から黒い塊が溢れ出し、その塊は大きくなっていき、気づけばあの時みた大きさまでになっていた。


「しっあい、した。ちあら、つあいすーぎあ......おきゅうしらいお......」


 黒い塊から父の声が聞こえる。


 異形は僕に向かって飛び掛かって来る。


「グァァァァぁああぁぁっっ!!」


 右側の視界が消え、触手が腹部を貫き、左足、右腕の感覚がなくなった。


 ダメだ、ダメだ。このまま死んだら叶が殺される。


 必死にもがき、近づく塊を噛みちぎり、近くにあったペンを左手で掴むと、何度も何度も刺した。


「AAAAaaaaaa!!」


「ガァァァァァァぁあぁッ!!」


 低い唸り声に似た重低音を響かせ、身体を揺らす化け物。ブルブルと痙攣させながら、右へ左へ動き、ベッドを壊し、棚を破壊し、テレビを踏みつぶし暴れ回る。

 僕はペンを突き立てた手を力いっぱい握りしめ振り下ろされまいと踏ん張った。その間に僕は口で何度も何度も黒い身体に噛み付き持ちうる限り精一杯の力で千切り取った。母がそうされたように憎悪を込めて何度も繰り返す。

 次第には、動きが鈍くなり、そして、遂には動かなくなった。

 倒れた怪物は粘度を失ったのか、溶け出し、その身体の中から水色の球体が現れた。


 これが弱点。意識もうろうとする中でハッキリとしたその言葉が脳から身体を伝い腕に信号を飛ばし、動かす。もはや振りかぶる力もない僕はペンを球体に合わすと、身体を少し仰け反らせ頭部でペンを打ち込んだ。一度では無理だった。だから頭から血が出るまで何度も打ち込んだ。

 そうすると、球体に亀裂が走り、砕け、粒となっていく。


「AAAあああAAああ............」


 黒い液体と化した怪物が蒸発していく。


 終わった。


 自分の身体を見ると、右腕と左足がなくなっているのが分かった。目の前のこれと戦うので必死で今まで気づかなかったのだろう。右目も完全に見えなくなった殴られた衝撃で潰れたのだろうか。

 

 腹部から絶えず血液が溢れ出し、意識が遠のいていくのが分かる。


「......父さん。母さん......」


 近くに倒れていた母の骸を抱き寄せる。涙の流し、死を待った。そして、視界がぼやけていく中、叶を守れたと言う唯一の幸福に誇りを抱きながら、暗闇が辺りを支配した。


 ―――あの子みたいに動ければな......。


 名前も知らないあの少女。一瞬しか見えなかったが、桜園さんに負けず劣らずの美貌だった。その子の事を思っている内に完全に僕の意識はなくなり―――。



 死んだ。

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